038.無謀な戦い


「あらあらあら~! センちゃん!! 久しぶりね~!元気だったぁ!?」

「お、お久しぶりです……恵理さん」


 ハクが俺の手を引いて学校を出てから数十分。俺たちは彼女の家へとたどり着いた。

 彼女の家は一軒家。庭こそないものの最近の家らしくオール電化の上、床暖房、ウォークインクローゼット、完全LED化などの流行りを完全に取り揃えている羨ましい家だ。

 リフォームする時に琥珀の父親が理想の限りを詰め込んだと聞くが、必要最低限しか揃っていない俺のアパートと比べたら雲泥の差。本当に羨ましい。


 そんな家に一歩踏み入れた途端、彼女の母親が姿を現した。


 白鳥 恵理さん。

 20の時ハクを産んだと聞くからか、彼女のその若々しさは未だ全盛と言ってもいいだろう。

 ジーンズの上からでもわかるスラリと伸びた脚におっとりとした顔つき。身長も150前半でハクより小さく、2人並べば妹して扱われることもあるだろう。

 そんな彼女がパタパタとスリッパを鳴らしながらこちらに歩いてきたと思ったら、ムギュッと俺を抱きしめてくる。


「もふっ!!」

「恵理さんだなんて他人行儀じゃないっ! 前も言ったように叔母さんでもママでもいいのよっ!!」

「~~~~!!」


 玄関と廊下には段差がある上、後頭部を押さえて引き込んでくるものだから俺の顔は彼女の胸部へ一直線。

 低い身長ながら長い脚にその胸部。絵里さんの大きさは今のハクと同じくらいあるだろう。もしかしたら体格が小さいぶんハクよりもバストサイズは大きくなるのかもしれない。

 俺はそんな胸に埋もれてしまい何も言葉を発せなくなってしまう。


 あぁ……暖かさもさることながら抱擁感も凄い。この胸に包まれてしまえばもう全てがどうでも良くなってくるような気がする。


「むっ。 ちょっとお母さん、今のセンはボクのものなんだから勝手に抱きしめるのはナシだよ!」

「わっ……!」


 グイッと肩を掴まれて引き剥がされたと思いきや、今度は後ろの柔らかな何かにぶつかって俺の顔は再度埋もれてしまった。

 これは……ハクの胸か。俺を背中から抱きしめるような形になった彼女は後頭部を自らの胸へと埋もれさせて首周りをギュッと抱きしめる。


「あら、いいじゃない。センちゃんも叔母さんに抱きしめられて悪い気はしないわよね~?」

「え……えっと……」


 確かに悪い気なんてしなかったが、ここで『はい』と言ってしまえばただでさえムッとしてるハクの怒りが爆発してしまうだろう。

 でも、こうやってギュッと抱きしめられながら取り合ってくれるって……すっごい良い。幸せ。


「ダメッ! 今はボクの彼氏なんだからたとえお母さんでもあげないよ?」

「言うわねぇ。この1年で成長したから自信もついたのかしら?」


 ハクの1年前といえばそのスタイルがストンと一直線に降りていた頃だ。

 クビレも少なく寸胴と言ってもいい体型。だからこそ俺も男友達といった感覚で見ていた面が強かったが、今みたいに起伏が大きくなってそこらのモデル顔負けになるほどとは思いもしなかった。

 けれど母親である恵理さんもスタイルはかなりいい。だから冷静に考えれば成長と同時にハクにも同様に見られることは容易に想像ができただろう。



「それにセンちゃんったら聞いてくれる? ちょっと前の話だけどすっごい上機嫌で帰ってきたと思ったら「ようやくセンと付き合えるようになった」って抱きついてきたのよ~。あの時の笑顔を写真に撮っておけばよかったわぁ」

「わ~!わ~~! なんて事言うんだお母さんはっ!! ほら、セン行くよ!お母さんの話は聞かないでっ!!」

「ちょ……ちょっとハク!?」


 放り投げるように靴を脱いだ彼女は俺の腕を掴んでズンズンと階段の方へ歩みを進めていく。

 「後で飲み物持っていくわねぇ~」と後ろからかけられる声に手を振りながら俺も2階へと足を踏み入れた。





「ふぅ……。お母さんってば記憶をなくしてることも気にせず話すんだから……」

「ま……まぁ特に変わり無いようで安心したよ。 俺からしたら1年ぶりだし」


 こちらの感覚からすれば恵理さんと会うのも約1年……中学の卒業式以来だ。

 さっきの呼び方の話題から察するに記憶を失っている時期にも会っていたのだろう。それでも俺は呼び方を変えなかったと思うが。


「それでも歳を考えてほしいよ。いくら面倒を見てきたとはいえ娘の彼氏を誘惑するなんて」

「…………」


 一瞬でもほだされそうになった俺には何も言えない。

 だって母性の塊に包み込まれたら……ねぇ。 まだまだ恵理さんも美人だし、男の俺からしたらあんないい香りと柔らかさが顔いっぱいに広がったら……。


「それも何とかなったからいいさ。 それじゃあボクはちょっと着替えてくるから部屋で寛いでて」

「りょーかい」


 廊下にて彼女が下に降りていったのを確認した俺は彼女の部屋の前で立ち止まる。


 階段を上がって最奥右側の部屋。何度も何度も訪れたハクの部屋。

 それは1年記憶が無くなったって変化することはないだろう。そのドアノブに手をかけてネームプレートなど何も掛かれていないその扉を開け放つ。



 ――――そこはいつもと変わらぬ、ハクの部屋だった。

 水色のカバーがかかったベッドに姿鏡、扉の閉まったウォークインクローゼットにノートパソコンのみが置かれた机。

 小物以外は俺の覚えている彼女の部屋そのものだ。他に変わりなんて……あ、新しいゲーム機あるじゃん。いいなぁ。俺も持ってないのに。


 持ってるソフトは…………あれ?なんかパーティープレイ用のものばかりじゃない?

 複数人でできる話題作はいくつかあれど、1人プレイ又はオンラインに主体を置いたゲームは一つもない。正直そっちに俺のやってみたいゲームがいくつかあったんだけどな。


でもこれはこれで面白そうなラインナップだ。

 レースにゴルフにテニス、バトル物もちゃんと網羅してる。さて、ハクが戻ってくるまで暇だしちょっと軽く手慣らしを…………


「さて、キミはここへ何をしに来たんだったかな?」

「!!」


 ゲームを起動したところで聞こえてくるのはハクの声。

 しまった!早すぎる!!


「え~っと……これはですね……」

「これは?」

「……………すみません」


 当然お勉強をしに来たのにゲームを触っている現行犯を捉えられると何も言い訳ができやしない。

 俺は素直に手にしていたコントローラーを捧げると彼女は肩をすくめてそれを受け取る。


「はぁ……ちょっとだけだよ」

「ぇ……いいの!?」


 その言葉に驚愕しながら勢いよく下げていた頭を上げるとそこに彼女の姿はなく、俺の後方でモニターに向かっている気配が。


「ボクだって鬼じゃないんだ。まだテストまで余裕はあるし、これはキミと遊ぶために買ったものだからね」

「ありがとうハクさ―――――!?」


 彼女の慈悲の心に感謝しながら振り返ると、思わぬ光景を目にして言葉が詰まってしまった。


 モニターに向かって操作をしているその出で立ちは、下はダメージジーンズのホットパンツで、上はあろうことかキャミソール一枚だけだった。

 彼女は恵理さんの血を引いているからか相当スタイルがいい。ホットパンツの下に見えるのは傷やシミなんて一つも見当たらない真っ白な生足を惜しげもなく晒していて正座をする太ももが柔らかそうに乗っている。

 上は普段の体型が出にくいセーラー服とは一線を画する水色のキャミ。俺の推定F上位に位置しかねないその胸部は彼女のおとなしい雰囲気から反するように自己主張しており胸下は引き締まるタイプなのか、ウエストの細さもしっかりと浮き出している。

 けれど彼女はそんなことを気にする素振りも見せずベッドの側面に背中を預け、ベッドの上をポンポンと軽く叩く。


「ほら、センもこっち来なよ。もしボクに勝てたら……特製のテスト問題を渡そうじゃないか」

「!! それは、俺も負けられないな…………」


 彼女の作るテスト問題…………それは出題率8割を誇る驚異の出題予想集だ。

 単純計算、暗記さえすれば80点を狙える代物。流石に現実は配点が分散するためそこまではいかずとも、それ一枚でなかなかの点数が狙えてしまう。


 ふっふっふ。それを出すとは愚か者め。

 毎晩動画サイトでそのゲームの必勝法を勉強している俺に勝てるはずもあろうものか!!


 俺は内心から溢れる高笑いを抑えつつ彼女のすぐ斜め上、ベッドの端へと腰掛ける。

 目の前のモニターには動画サイトで見慣れたロゴがデカデカと。俺とハクの真剣勝負が、今火蓋を切られるのであった。

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