039.大敗


「まじ…………かぁ…………!!」


 何の縛りもない対等な条件で行われたハクとの勝負――――。


 俺は、彼女にボッコボコにされた。


 もう容赦なく。手も足も出ないほど。


 選んだのは対戦ゲーム。やったことはなくとも動画サイトで研究している俺にも勝機があると思ったから。

 けれども彼女は俺の何枚も上をいき、何か隙のある動きをしようものならすぐ裏手を突かれて見事完封されるのであった。


 泣きの一回を何度使っただろう。

 もはや容赦もない、鬼神と蟻のような勝負だった。ここまでやられるともはやゲーム前の高笑いが黒歴史にさえ思える。


「大人しく運が主体のすごろく系にすればよかったのに。対戦ゲームなんて単純なキミに勝てるわけないじゃないか」

「いや……それでも勝てるかなって……」


 自己弁護にしかならないが、俺もこのゲームは過去作だがやったことがある。それに今作も動画で研究もしたから自信はあったし、キャラもある程度思い通りの動きをしてくれた。けれど、彼女は俺の裏をかきまくったのだ。防御をすれば投げを、上段攻撃をすれば伏せを。完璧に脳内を見られていたとしか思えない。


「ハク、俺の心読んだ?」

「残念ながらボクは普通の人間さ。 負けまくって現実にも支障をきたしたようだね……思考能力が落ちまくってるじゃないか」

「あんだけ負ければそうも思うでしょ」


 それとも思考が読めずとも未来が見えるの?

 左右の目で別の時間軸の光景が見えたり未来の様子が重なって見える的な。なにそれ生き辛そう。 


「なんだ、そのこと。 どれだけボクが毎日キミのこと想ってると思っていたんだい?」

「それは…………。 ん?それってそういう意味?ゲーム的な意味?」

「さぁね。 センの想像に任せるよ。 んっ…………!」


 彼女は電源を落としてコントローラーを放おってからうんと上に伸びをする。

 今までゲームに夢中になっていたお陰で気にしないでいられたが、彼女のその身はキャミ一枚。

 俺はベッドの上に座り、彼女はその下でベットへ寄りかかっている。だから自然と斜め下に位置する彼女を見下ろす形になるのだ。それなのに伸びをしたせいで隠すものが何もない脇があらわになり、隙間から見える柔らかそうな柔肌。更に手を下ろしたあともその大きくて柔らかそうな物体が揺れ、上から覗き込むように見える谷間に目が奪われる。


「…………」

「そんなにボクのこれが気になるかい? セン」

「えっ――――」


 当然、無言でそんな姿を見下ろしていればハクにもバレる。

 彼女がニヤつきながらの笑みで持ち上げたのはキャミの肩紐の部分。ブラすらしていないのかわずかに空いた隙間からその奥が見えそうなところで彼女の身体が大きく動き、俺の脚上へとまたがってきた。


「ふふん、キミもやっぱり男の子だね。 目がずっとそっちにいってるじゃないか」

「…………ごめん」


 その言葉で俺はハッと過去のことを思い出した。


 中学の頃、俺とハクとで談笑している時に離れた場所に居るクラスメイトの男子から聞こえてきた話題。それはこの人の胸がいい、あの人のがいいと、スマホを見ながら盛り上がっているものだった。

 きっとグラビアか何かで盛り上がっていたのだろう。話す場所はともかく話題になる気持ちはよく分かる。俺だって一介の男なのだからそういうものの興味は当時からあった。

 けれど彼女はその話題が耳に入った途端、侮蔑の目を向けていることに気がついたのだ。恐る恐る聞くと「ああやって下心ばかりで見られるのは女子にとっては気持ち悪い」と。それ以来俺は話題を意図的に避けてきた。


 けれどこうも露骨に見てしまうと彼女も気持ち悪いと思うだろう。

 俺は目を逸しながら無駄だと思いつつ謝罪の言葉を口にする。


「……………」

「わっ! …………ハク?」

「……………」


 けれど彼女は何も答えなかった。

 その代わりに行動で示したのか俺の肩を思い切り押してベッドへと倒れ込む。

 当然柔らかなマットレスの上だから痛みもないが、横になりながら見上げた彼女の瞳は何の表情も映っていなかった。再度身体を起こそうにも肩が押し付けられて上がることができない。


「…………センはさ、わかりやすいよね」

「えっ?」

「今だって、きっと胸ばっかり見てたからボクが気を悪くしたって思ってるんだろう?」

「そりゃあ。 だって前言ってたし」


 男にそんな目で見られるのが嫌なら当然そう思ってしまうだろう。


 けれど彼女は首を横に振り、光の灯った瞳でゆっくりと笑みをこちらに向ける。


「もちろん、あの下心だらけの目、最悪さ。 誰も彼ももしかしたらなんて幻想を持って。想像するだけで鳥肌が立つね」

「じゃあ――――」

「でも、キミだけは別さ。セン。 キミならボクの身体のどこを見られても、触れられたって構わない。 だって最愛の幼なじみで、彼女なんだから」


 俺の胸へ寝そべるようにし、耳元へ手を当てるハク。

 おそらく心臓の音を聞いているのか、一瞬だけ目をつむったと思いきやすぐに開いて俺を見上げてくる。


「今日だって、一大決心をしてこの格好できたんだ。 ずっと異性として見てくれなかったから、見返すためにね」


 グッと押し付ける彼女の身体は、俺の胸板の上で大きくひしゃげる。

 それは彼女の持つ大きな胸部も同様で、キャミのパッド越しではあるもののその柔らかさが、暖かさがほとんどダイレクトに伝わってくる。


 気づけば彼女の息は上がっており、その目と吐息は熱を帯びていた。

 耳に当てられた手に力がこもり段々と俺たちの距離が近づいてくる。


 そっか…………。

 俺たちはもう付き合ってるんだもんな……。付き合ってるのなら、このくらい……もしくは最後までいくのは普通なのかもしれない。


「ハク…………」

「セン…………」


 俺はゆっくりと目をつむり、彼女にその身体を委ねて――――


「お待たせぇセンちゃんっ! 時間かかってごめんねぇ、ちょうど新しいコーヒーメーカー買ったから手間取っちゃってぇ!」

「――――――――!」


 俺に覆いかぶさった彼女の唇が俺と接触する寸前、無慈悲にも開かれるのは部屋の扉。

 そして現れたのはお盆にコーヒーカップを乗せた恵理さん。そんなウキウキ笑顔で現れた彼女も、そして当然俺たちも、互いに視線を交差して固まってしまう。


「え~っと…………ごゆっくり……でいいのかしら? 琥珀、頑張ってね!初めては痛気持ちいいわよっ!」

「ちょっ……! お母さん待って! 誤解……じゃないけど待ってぇっ!!!」


 扉を閉めて去っていく恵理さんと、それを追いかけていくハク。

 俺は取り残された部屋で1人、「なんてベタな……」と悠長につぶやくのであった。

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