043.お勉強


「それじゃあっ! お勉強会始めるわよっ!!」


 時刻は午後。ちょうど太陽がてっぺんにやってきた頃。

 俺は実家にて少し遅めの昼食を取り、一人暮らしのアパートに戻ってきていた。


 それもこれも1週間後に控えたテストに備えるため。

 最初はハクと2人きりで勉強しようと思っていたが、朝早くからやってきた溜奈さんが今日の予定を聞くやいなや直ぐ家に帰って準備をし始めたのだ。


 今この部屋に居るのは5人。

 俺とハク、怜衣さん、溜奈さんという、いつものメンバーに加えて――――


「勉強はいいけどぉ…………なんでコイツの部屋なのよっ!!」


 何故か、柏谷さんまでやってきていた。

 この狭い狭い一人暮らし用の小さなアパートに5人……ちょっとスペースが心もとなさすぎる。俺なんて入り切らなくてベッドに座ってるし。


「何ってちゃんと聞いたじゃない。みんなで勉強するからこないかって」

「えぇ!確かに聞いたわ!! でも『みんな』にコイツが居るなんて思わないじゃないっ!あたしはてっきり女子会かと…………!」


 そう言ってチラリと目に入ったバッグから顔を覗かせるのは、チョコレートやらマカロンやら。

 一応ノートの類も見えるが他の面々と比べると随分と薄そうだ。もしや女子会が主だと思ったか。


「あら、言ってなかったかしら?」

「言ってなかったわよっ! それにこの狭い部屋……普通なら美代ちゃんたちの家にするべきでしょう! ここから1時間かかるけど今からでも…………!」


 1時間?1分じゃなくって?


「それも言い忘れてたわね。 私たちの今の家、ソコだから」

「…………そこ?」

「そ。 ここに来る時見えたでしょう?目の前のお家。あそこよ」


 そう言って玄関を指差した彼女を追うように、柏谷さんも視線を移動しながらフラフラと歩いていき扉を開ける。

 モワッと熱気が部屋に入ってくるが気にしないように見た先……そこには広い広い家の門があった。


「この…………あの家より遥かに大きい家が?」

「別宅だけどね。 本宅より安く買えたらしいわ」


 えっ!?アレ別宅なの!?この規模で!?

 1エーカー程の広さの家を、引っ越しではなく別宅で用意するなんて……どれだけお金持ちなんだ。


「そんな……前に見た時も誰の家が気になってたけど……まさか2人の家なんて……。どうしてこんなところまで…………」

「イヤね、そんなの考えるまでもないでしょう……フフッ」

「っ――――!!」

「ヒッ!!」


 怜衣さんがほんのり頬を紅く染めると同時に柏谷さんの眼光が俺を射抜く。

 怖いよぉ…………今日のお勉強が解剖実験になっちゃうよぉ…………!


「認めたくないけど……2人はコイツと付き合ってる上、家がすぐ側…………。ってことは……まさか毎晩3人で同衾!?」

「なにっ!? センそうなのかい!?」

「ハクまで!?」


 柏谷さんの見当違いの予想に何故か今まで黙っていたハクまで声を上げる。

 ハクさんや、その座った目をやめてくれないかな?すっごく怖いんだけど。


「もちろん!!……って言いたいとこだけど、残念ながら今まで一度もないわ。残念ながらね」

「…………」


 肩をすくめる怜衣さんに笑顔が固まったままの溜奈さん。

 そいや溜奈さんは今朝…………。いや、アレ同衾っていうのかな?多分ギリギリセーフだろう。何がセーフかは知らない。


「でもっ! なおのことおかしいじゃない! 3股のグループに何であたしまで……!」

「そりゃあ私たちの友達だからよ。 ちょっとは泉とも仲良くしてほしいしね?」

「別にそれは学校でも…………。 とにかくっ!あたしはコイツがいる上こんな狭いとこで勉強なんて――――!」


 彼女が拒否の言葉を発しようとしたが……それは寸前で止まった。

 溜奈さんだ。彼女はいつの間にか柏谷さんの隣に近づいてその腕を引っ張っていた。そして、その目には涙が…………。


「ダメ……なの……?」

「ウッ……! だって……あたしはコイツのこと嫌いだし…………」

「…………」

「ハァ……。分かったわよ……」


 たとえ中学からの友人である柏谷さんでも、溜奈さんの涙目には敵わなかったようだ。

 最初は抵抗の意思を見せたものの次第にその力が弱まっていき、最後には脱力させてもといた場所に戻っていく。


 溜奈さんの泣き落としは凄い。少し離れた位置……ベッドに座ってる俺も今すぐ抱きしめたくなったし。


「やるからには真面目にやるわよ。休憩って言ってダラダラするのは許さないんだからっ!」

「ダラダラって、柏谷さんのバッグの中には――――」

「そこ!うるさいっ!!」


 怒られた。

 1番女子会のつもりで来たのは柏谷さんなのになぁ……。


 そんな思いを俺も飲み込んで、テーブルが4人に占領される中ベッドに勉強道具を広げ始めるのであった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「亜由美、ここって?」

「ここはね――――」

「亜由美ちゃ~ん! ここわかんな~いっ!」

「仕方ないわねぇ……ここは――――」


 勉強を始めて3時間ほど経過しただろうか。

 俺たちは当初の予定通り真面目に勉強をしていた。


 わからなければ誰かに聞く。そんな簡単な方式。

 俺は最初、ハクは言わずもがな怜衣さんも溜奈さんも成績優秀だと聞くから、俺以外聞く者など出ないと思ったのだ。

 けれど蓋を開ければたまに姉妹から発生する柏谷さんへのヘルプコール。


 柏谷さんは医者の勉強をしてるから成績もいいと思っていたが、まさか2人のヘルプを簡単に解決するほどとは。

 俺も頻繁にハクに助けを求めているし、想像以上にはかどっている。正直30分でなぁなぁになるかと思ってた。


「随分と頑張ってるね、セン」

「ハクか……。 そりゃあ、ここまで真面目な雰囲気ならね」


 ふとページを切り替えて息を吐いたところでかけられるのはハクの声。

 その位置は俺のすぐ隣で少し驚いたものの、彼女は覗き込むようにさっきまで記入していたページを眺めている。


「ふぅむ……ここと、ここと……ここ。間違えてるよ」

「えっ? うそ?」

「全部途中式だね。 それも似たような間違い……だいぶ集中切れてるみたいだ」

「…………ホントだ」


 指さされた箇所をもう一度計算し直すとたしかに間違えていた。

 彼女の言う通り全て同じような間違い方で。ノンストップでやってたからな……知らずうちに疲労が溜まっていたのかも。


「もう3時間だしね。 ……よし、ちょっとまっててごらん」

「?」


 そう言って探り出すは自らのバッグ。取り出したのはクッキーの袋だった。

 一枚一枚小袋に包装された市販のクッキー。彼女はそれを一つ裂いて中身を差し出してくる。


「はい、あ~ん」

「えっ……いや、その……ここはちょっと……」


 ハクは中身を俺に渡すこと無く、「あ~ん」の方式で差し出してきたのだ。

 俺も2人きりならばなんてこと無く食べていただろう。けれどいまここは2人じゃない。怜衣さんに溜奈さん、そして何より柏谷さんがいるのだ。彼女に見られたらまた睨まれるに決まってる。


「別にいいじゃないか。ボクたち付き合ってるんだし。 ってことで、あ~ん……」

「えぇと…………」

「ちょっと! なに2人の世界作ってるのよっ!」


 俺が差し出されたクッキーを躊躇っていると、真っ先に気づいたであろう柏谷さんの咎めるような声が。


 ほら、やっぱり怒られた。柏谷さんの眉がかなりつり上がってるよ。


「あらあらまぁまぁ……。それじゃ、私もその後参戦しようかしらね」

「怜衣ちゃん!? 勉強は!?」


 声につられて気付いた怜衣さんは、咎めるどころか賛同するように自らのバッグを探り出す。

 これ、全員何かしらお菓子持ってきてた感じ?


「別にいいじゃない。亜由美が1番お菓子持ってきてたんだし……最初からそのつもりだったんでしょ?」

「あたしは……! そりゃあ……ソイツはいないと思ったし…………」

「一緒よ。ちょっとメンバーが違うだけ。 白鳥さんっ!次私だからっ!」

「そ……その次私で……!!」


 怜衣さんに続いて溜奈さんまでも声を上げる。

 あ、これ俺に拒否権ないやつだ。もう学んだ。


「亜由美も、ずっと教えてくれて疲れてるんだしそろそろ休みましょ?」

「あ、あたしはそんなこと……」

「ずっと見てたわよ。 亜由美、ここ30分何も動いてなかったじゃない」

「…………」


 柏谷さんも集中が切れていたのか。


 無理もない。彼女もずっと自らの勉強をしながら2人の質問に答えていたのだ。

 それは普通に勉強をしている俺よりも遥かに体力を使うだろう。毎回横やりが入れば集中も切れてしまう。


「あ~! もうっ! 仕方ないわねっ!! アンタ!それ終わったら飲み物準備しなさいっ!お菓子なら沢山持ってきたからっ!!」


 続々とお菓子片手にこちらに駆け寄ってくる姉妹と、広げたノートの上にお菓子をぶちまける柏谷さん。

 こうしてあっという間に勉強会はお菓子を囲んだパーティーに早変わりとなった――――。

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