042.ベッドから落ちるのは


「おはよ~」

「ようやく起きてきたわね。 1時間もイチャイチャしちゃってまぁ……」


 階段を降りてリビングに入ると、もう何年も見慣れた母さんがコンロに向かっている姿が目に入った。

 少し辺りを見渡してみると父さんは……居ない。仕事にでも行ったのか。母さん以外は誰も居ないようだ。


「1時間?」

「7時くらいに溜奈ちゃんが来たから部屋まで案内したのよ。まさか彼女がいるって知った翌日に来るなんて……しかもこんな可愛い子!!」

「みゅぅ……えへへ…………そんなことないですよぉ」


 母さんは俺たちの前までやってきたかと思えば溜奈さんの頭を優しく撫でる。

 溜奈さんも恥ずかしがってはいるが喜んでいるようだ。頬を赤くしながらも大人しく撫でられている。


「で、通したら一時間も降りてこないんだもの。 おどろいたわぁ……まさか泉がそんなとこまで進んでるなんて……」

「なっ―――――! ち、違うっ! 俺はただずっと寝てて……!」

「ホントぉ? だってアンタ、呼びかけたら普通に起きてきてたじゃない。そこから溜奈ちゃんを抱きしめてちゅっちゅし始めちゃったから大変だったのよ? コッソリ部屋から出るの」

「!?!?!?」


 なにそれ!? 全く記憶にないんだけど!? 俺寝ぼけながらそんなことしてたの!? 

 溜奈さんをチラリと見ても頬を染めながら何も言い返そうとしないし……まさか、本当に?


「えっ……俺本当に…………?」

「まだまだ子供だと思ってたけど……気づかないうちに成長するのねぇ。 今夜はお赤飯かしら」


 嘘……俺の記憶が無いうちに、まさかそんなとこまで……?

 けど溜奈さんは反論しないし、俺は本当に知らないうちに大人の階段を登ってしまったのかもしれない。

 もしそうだとしたら…………腹をくくって責任取るしか――――。


「――――冗談よ。 ウソウソ。溜奈ちゃんを送り届けてから窓全開なのに音沙汰無いから察したわ。二人して寝てるんだって」

「えっ……? 溜奈さん……?」

「えへへ……ごめんなさい」


 後ずさりながらも腹の中で少しずつ覚悟を決めていると、さっきとは一転。肩をすくめて呆れた顔をする母さん。

 その言葉すらも疑心暗鬼になって溜奈さんを見やると、彼女も無言を解いて謝ってきた。


 ということは……さっき母さんが言ってたのは冗談?


「そもそもアンタが休日の朝早くにに起きるわけ無いじゃない。溜奈ちゃんも来た時は眠そうにしちゃって……ちょっと前にコッソリ覗いたら2人仲良く眠ってたもの」

「えへへ……」


 あー、つまり、俺は簡単に騙されたと。

 でもそうも思うじゃん。朝起きたら実家に溜奈さんが居て、隣で寝てたらそんな想像だってしてしまう。


「で、さっき上から音が響いてきたから泉がベッドから落とされたって分かったのよ。ご飯ももうできてるから座ってなさい」

「あっ、それは――――」

「いや、溜奈さん待って」


 落とされた……いや、落ちたのは溜奈さんだった。母さんはきっと勘違いしているのだろう。

 即座に訂正しようとする溜奈さんとそれを止める俺。流石に溜奈さんの名誉もあるし、俺が落ちたと言うことにしたほうが都合がいい。

 ……あと、不意とはいえ下着を見ちゃったなんて言ったら母さんに何を言われるかわからない。


 その一言で彼女も察しが付いたのか、大人しく従ってくれて俺たちはテーブルに座る。

 そこにはクロワッサンに卵焼き、コーンスープといつもと変わらぬ朝食が広がっていた。


「そういえば……怜衣さんは?」

「おねぇちゃんですか? 実はおねぇちゃんも朝弱いのでまだ寝てると思いますよ?」


 そうなんだ……怜衣さんも朝弱いのか。

 でも朝ごはんを作ってくれる時なんか率先してやってくれているというのに……休日になると糸が切れるタイプなのかな?


「あら、お姉さん? 溜奈ちゃんにはお姉さんがいるの?」


 キッチンからは3人分の飲み物を持ってきてくれた母さんが。

 コップを3つ机の上に置くと母さんも向き合うように椅子へ座る。


「はい。怜衣っていいまして、双子なんです」

「へぇ! 双子ならさぞかし溜奈ちゃんと遜色ないくらい可愛いんでしょうね!」

「いえいえそんな……。それで私たち2人とも、泉さんの恋人として仲良くさせてもらって……」

「そうなんだぁ……2人とも泉とねぇ…………。ん?」


 ゲッ。

 そこらへんの事情、母さんに言ってなかったのに……。溜奈さんにも口止めするの忘れてた。

 母さんは一瞬流しかけたものの、すぐに先程の違和感に気がついて俺の方へと視線を移す。

 俺は決して目を合わせないようにしながら溜奈さんへと視線を向けると、彼女は言ったあとでその口元を覆っている。


「えと……お母さん……これは…………」

「ううん。溜奈ちゃんはいいのよ。 泉、ちょっと」

「…………はい」


 クイッと廊下の方へ親指を立てた母さんに俺は逆らうことなぞできるはずもなく。

 立ち上がったところで溜奈さんも同時に立とうとしたがそれは止めた。そうして俺と母さんは廊下にて両者向かい合う。


「……さて、泉。どういうこと?」

「えぇと……なんというか……説明しにくいんだけど…………」

「じゃあ、質問に答えなさい。 アンタは溜奈ちゃんに加えてそのお姉さんとも付き合ってるの?」

「…………ん」


 ゆっくりと頷くと母さんのため息が聞こえてくる。


「息子が……あんな可愛くていい子をだまくらかしてそのお姉さんとも二股するなんて……」

「い……いや! 騙してない!」

「じゃあなに? 2人とも分かった上で付き合ってるというの?」

「……うん」


 俺も理解するのに非常に時間がかかったが、母さんも同様に信じられないものを見たような様子だ。

 そりゃそうだ。俺だってわからない。なぜそれでいいのかって……。このままじゃマズイことはわかるんだけどね……。


「はぁ……。 まぁ、それならとやかく言わないんだけど……。ハクちゃんは知ってるの?」

「知ってるっていうか……その、ね…………?」

「……? ――――っ!アンタまさか……ハクちゃんとも!?」


 目を丸くして詰め寄ってくる母さんに俺は頷くことしかできない。

 その様子を見た母さんは、絶句することしかできなくなってしまっていた。


「アンタ…………そのうち刺されても知らないわよ」

「もしかしたら春の事故もその刺客なのかもね――――アタッ!」

「バカ言うんじゃないわよ……あの時は本当に心配したんだから」


 スッと手が伸びてきて俺の頭で止まったかと思いきや、勢いよく発射される一本の指が俺の額にクリーンヒット。

 想像以上の痛みにその場でしゃがみ込んで堪えていると、気付いた時には母さんはリビングの扉に手を掛けていた。


「泉、アンタのことは一人の大人として見てるから口うるさく言わないけど……身の回りに気をつけなさいよ。ただでさえ……」

「?」

「……なんでもない。 この話は終わり!早く戻らないと溜奈ちゃんが心配するわよ!」


 何かを言いかけて止めた母さんは、無理矢理話題を終わらせてリビングへと戻っていく。

 慌ててついていったその先には、モキュモキュと小さな口を必死に動かして朝ごはんを堪能している溜奈さんを見るだけで、額の痛みはあっという間に癒やされるのであった。

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