013.着痩せ


「本当にいいのかい? 別にボクは怒ってなんかいないんだよ?」


 カフェでの出来事を終えてから――――

 もうそろそろ良い時間だということで店を出ると、太陽がそろそろ沈む頃になっていた。


 解散をして最寄り駅までやってきたはいいが、俺の家とハクの家は反対側。俺は怜衣さんたちに一言行ってからハクを送るために2人、青暗くなった空の下を歩いていた。


「さっきも言ったじゃん。俺だって実家に夕飯があるんだからついでだって」

「でも、それオバサマにはちゃんと言ったのかい?」

「それは…………」


 痛いところを突かれた俺は言いよどんでしまう。

 もちろん、母さんに連絡なんて入れてない。でも、今日一日ずっと考え事をしていたハクを残して一人のうのうと帰ることははばかられたのだ。

 それが邪魔であっても、理解できなくっても、長年一緒にいた友人として悩む時間くらいは分かち合いたい。そう思ったのだ。


「ほ……ほら!今の俺は貧乏苦学生だからさ! 定期的に家に帰らないと食費すらままならないのよ!!」

「オバサマから聞いてるよ?仕送り料。 あの額だと相当遊び呆けない限りは苦労しないと思うけど」

「…………」


 母さん……なんでそこまで話しちゃうかなぁ。

 確かにお金には余裕がある。そもそも新学期になったばかりでもうお金が枯渇したなんてあり得ない。

 でも、貧乏苦学生なのはほんとうだ。できるだけお金を使いたくない。何に使うわけでもないのに。そんな気持ちが普段の生活を形つくっていた。

 あと家事が非常にメンドイ。家事なんて放り捨ててのんびりスマホいじっていたい。


「アレだろう? 毎日の料理が面倒で甘えたいんだろう?」

「……バレたか」

「もちろん。何年一緒に居ると思ってるのさ」


 どうやら全てお見通しのようだ。

 彼女はクスクスと微笑みながら俺のすぐ隣を歩く。


 歩いているから互いに身体は揺れ、たまに肩がぶつかってしまうほどの距離。

 俺と双子のどちらかがこの距離感だと赤面待ったなしだが、俺とハクにとってはこれが普通の距離だった。

 たまにトンッと俺の腕に彼女の肩が触れるたび、お互いの心の歩幅さえも同じのように思えるのだ。


「ところで、今日はどうだったかい?」

「今日?普通に楽しかったけど……あとハクが怖かった」

「それはごめんって。ボクだって色々真剣に考え事をしてたんだから。 ……って、楽しい云々じゃなくってだね」

「?」


 彼女もそこを突かれると弱いのか、苦い表情をしながらも話を進める。

 正確には怖いじゃなくて心配だけどね。何をそんなに考えてるんだろうと。


「ほら、記憶のことさ。 何か思い出したかい?」

「あ~……ごめん、全然」


 そういえばすっかり忘れていた。そんな理由であそこに行ったんだっけ。

 記憶に関しての収穫は一切と言っていいほど無かった。ホント、無さすぎて忘れるレベル。


「まぁわかってたさ。そう簡単に解決するとも思ってないしね」

「俺も。ノンビリ見つけていくよ。 それでも思い出さなかったら…………」

「思い出さなかったら?」


 思い出さなかったら、どうしよう。

 現状、勉強も問題ないし困っていることといえばハクとの思い出話や怜衣さんたちとの馴れ初めくらいだ。

 3人がもしもこれでいいのなら、俺自身は記憶がなくたって別に………


「……まぁ、そのときは無くしたまま過ごしていくだけだね」

「そうだね。その時は、一生かけてでもサポートしてくよ」

「一生ねぇ……。そこまでこの縁が続くかどうか」

「きっと続いていくよ。形は変わるかもだけどね」


 彼女が空を見上げるのにつられて俺も視線を上へ向けると、雲ひとつ無い空に月が綺麗に光り輝いている。


 今日は、満月か。

 一つの欠けもない、完璧な月。それは記憶を失った俺とは対称的に、向こうは全てを有しているようなそんな感じがした。


「センはさ、星野姉妹のことどう思ってるの?」

「あの2人?」

「うん」


 ふとした問いに彼女の顔を見れば、いつの間にか空を見上げているのを止めてまっすぐ前を向いていた。

 星野姉妹……怜衣さんと溜奈さんねぇ……。


「悪い人じゃ無いと思うよ」

「そりゃあそうだけど……他には?」

「他にはって……俺、記憶の範囲じゃ数える程度しか会ってないんだけど」


 そんな短時間でそれ以上の答えを出すのは少し難しい。

 彼女もそのことに気がついたのか「そっか」と小さく声を漏らして静寂が訪れる。




「――――着いちゃったね」

「あ、あぁ。そうだね」


 無言でどれほど歩いただろうか。気づけば目の前にはハクの家が。

 俺が記憶しているのと、ほとんど変わらない様相の家。なんだか昔と変わらないだけでホッとしてしまう。


「センも……上がってくかい? またいつかのように泊まる?」

「冗談。泊まるって前は小学校の頃でしょ。 今送り狼なんてなったら母さんに一生ネタにされるから」

「ふふっ。 確かに、そうだね」


 ハクは一人玄関の扉に手をかけてからそんな冗談を漏らす。

 最後に泊まったのって……小学校の4年とかそこらだったような。それ以降は勉強とかで入ることはあっても夜泊まるなんてことは無かったはずだ。


「……それじゃあ、おやすみ。 オバサマにもよろしくね?」

「あぁ、おやすみ」


 その姿が家へと消えていくのを見送ってから、俺も家へと歩いていく。

 突然やってきた俺に待っていた夕飯は当然、冷凍食品のチャーハンだった――――。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「…………あれ?」


 実家にてお腹を満たし、ようやく家に帰ってきたところに待っていたのは2つの人影だった。

 街灯もない場所でわずかに揺れ動く人影。チラチラと身体の影から見えるスマホらしき光のお陰で俺もその存在に気がついた。

 あの体格はまさか…………。


「怜衣さん?溜奈さん?」

「おかえりなさい。 やっと帰ってきたわね」


 俺の呼びかけに振り返ってたのは間違いなく、怜衣さんと溜奈さんだった。

 彼女たちは一度帰ったのかその身は軽装に包まれている。お揃いのシャツに怜衣さんは短パン、溜奈さんはロングスカートと明らかに私服の様子だ。


「どうしたの? こんな所で。危ないよ?」

「大丈夫よ。家はすぐ目の前だしここには監視カメラがあるもの」


 そう言って塀を指差すも暗くてどこにカメラがあるかわからない。きっと何処かに設置されているのだろう。

 でも、いくらそうだとしても何かあってからは遅いだろうに。


「俺待ち……だよね?」

「えぇ」

「そっかぁ……もうちょっと早く戻ってくればよかったかな?」

「そんなことないわよ。私たちも今さっき出てきたばかりだもの。角にもカメラがあってそれを見て、ね」


 再び指を指すのは遠い遠い塀の角の方向。当然見えやしない。

 なるほど。俺の姿を確認してから出てきたと。それならまだホッとした。

 けど、待ってまで何か用があるのだろうか。


「あっ……あの! 泉さん!」

「うん?」

「その……これ!!」


 溜奈さんが一歩踏みよって渡して来たのは一枚の紙切れ。

 これは…………?自らのスマホを取り出して明かりを頼りに中身を確認すると、幾つかの英数字が見て取れた。


「これは……連絡先?」

「は、はい! その……泉さんには渡し忘れていたいたもので……」


 たしかに、彼女らの連絡先を知らなかった。でもわざわざ帰ってくるのを待たなくったって……


「溜奈がどうしても早い内がいいって聞かなくってね。それに、お休みも言っておきたかったもの」

「そっか……。ありがと、溜奈さん」

「えへへ……」


 その表情は暗くてわからないが、頭を掻いていることからきっと喜んでいるのだろう。

 俺はバッグに紙をしまって同時に鍵を取り出す。


「それじゃあ俺はこれで……。2人も早いとこ中に――――うわっ!」


 あまり外に居るのもよろしくないし、早いところ帰す為にも俺が先に家に入ろうとした途端、怜衣さんが思い切り近づいてきて俺との距離を詰める。

 その距離およそ数センチ。もはや抱きつくほどの距離感で近づいてきた彼女は俺の肩に体重を掛けて耳を貸すように促してくる。


「なにやってるの!そのまま溜奈を抱きしめなきゃっ!」

「な……怜衣さんこそ何を! さすがにそれは早すぎるでしょ!泣かれる!」

「喜びの泣きはあっても拒絶されることはないわ! それに私しか知らないヒミツだけど、溜奈ってばちょっと……いや、かなり着痩せするのよね。しかも小さく見せる用のブラまで買ってるし…………抱きしめたら柔らかいわよ?」

「っ――――!!」


 その言葉に思わず溜奈さんの方へと視線を動かしてしまう。

 あまり体型が出ない服の上に影でほとんどわからないから真実はわかりようがないが、もしも本当なら…………思わず変な想像をして生唾を飲み込む。


「あらぁ……想像しちゃった?」

「べ……別にそんなんじゃ……」

「おねぇちゃん?」

「ほ、ほら!溜奈さんが呼んでるよ!! 俺はもう入るから2人も早くね!! じゃあおやすみ!!」


 俺は2人の返事を待つことなく怜衣さんから離れて自らの家に入っていく。


 心臓がバクバクいってる……これは何のドキドキなのかはわからないが、しばらく玄関から動けない。

 心を落ち着かせるためにもしばらくその場でじっとしていると、扉の向こうから「おやすみ」と2人の声が。そうして去っていく足跡が聞こえくると次第に心が落ち着いてきて、荷物を持って部屋の奥へと歩いていった。

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