012.怒りの源泉


 静かな店内に邪魔にならないジャズの音が聞こえてくる。


 今の時代としては珍しく窓が少なく、光源が蛍光色のペンダントライトのみで照らされた少し暗めの店内。

 もはやその明るさは店内全体すら見渡せない上に、ワザと入り組むように設置されたパーティションのおかげで明るさよりも暗さが殆どを占めている。


 フラッとやってくる新規の客を相手にしていないのか店自体も街の奥まったところにあり、そのせいか見渡してみても客は俺たちの他には誰も居ない。

 まさに利益度外視とも取れるような店。俺たちはどうやってやりくりしているのかわからない店の最奥で一つの机を囲んでいた。


「…………」

「…………」


 放課後のちょっとしたカフェでの雑談。そんな楽しい時間になるはずだった。

 けれど、その場に流れるのは静寂。もはや会話を邪魔しない程度に流れている音楽のみが耳に入ってくるという事態と相成っていた。





 俺とハク、2人で以前行ったという喫茶店。そこへと足を伸ばそうとしたその時、銀の髪を持つ少女が2人、俺たちの間に入ってきた。

 彼女たち……怜衣さんと溜奈さんに難色を示すハクも、最初は物凄く複雑な表情をしていたものの二言、三言と会話を重ねることで諦めたのか同行を認めたのだ。


 その様子は敵視……ほどではないが警戒? なんとなく「仕方ない」といった空気に少し俺も気まずさを覚えていた。


 そんな非常に気まずい雰囲気で街を奥へ奥へと入っていった先に、目的の店は見つかった。

 案内されるがままに最奥のテーブルへと着いたはいいものの会話が…………会話が生まれない…………!!


 ハクは真剣に目の前の怜衣さんに視線をやってるし、対する怜衣さんも腕を組んだまま真剣な表情でその視線に対抗してる。

 ほら、溜奈さんったら怖がってるじゃん。手を膝に乗せながらずっと下を向いちゃってるじゃん。


 もはや詰んでる。この空気をどうにかしない限り平穏は生まれない。……つまりこの空気は壊すのは俺しかいないと。 怖いなぁ……睨まれたりしないかなぁ……。



「ね……ねぇハク」

「……なんだい?」


 ピリッとするような空気の中思い切って話しかけると、隣に座る少しご機嫌斜めのハクが視線を動かさず返答してくれる。

 よかった。会話はできそうだ。


「そのぅ……ハクってば怒ってる……?」

「怒ってないけど、どうして?」

「……すっごい怜衣さんを睨んでるよ?」

「えっ…………? あっ……!  もしかしてボク……感じ悪かった?」


 一瞬だけの疑問。そしてすぐに気がついたのか目を丸くして驚きの表情を見せる。

 すっごく機嫌悪そうだったけど……もしや自覚無かった!?


「うん」

「…………そっかぁ……ボク、怒ってたかぁ……」


 彼女は自らの顔をムニムニと動かして百面相をしだす。

 それと同時に今までピリついていた空気がウソかのように霧散された。


「自覚なかったの?」

「うん……ちょっと考えに没頭してて……ごめんね、セン。……星野さんも」


 申し訳無さそうに彼女は俺と、正面に座る怜衣さんと溜奈さんへと語りかける。

 彼女たちはテーブルに置かれた紅茶に一切手を付けることなく、今までの真剣な様子から表情を柔らかくさせ首を横に振った。


「いえ、私こそごめんなさい。ついつい睨んでくるものだから対抗しちゃってたわ」

「それは……その……ごめん」

「いいのよ。無自覚なんでしょう。 随分と真剣に考え込んでたわね」


 謝るハクを受け止めつつ、ようやく目の前の紅茶に手を付けた怜衣さんは胸ポケットから一枚の紙を取り出してテーブルの上へと乗せる。それをそのままハクの目の前へ。


「これは?」

「お近づきの印……と言っては聞こえが良すぎるわね。私の連絡先よ。 さっきも言ったじゃない、貴方と友達になりたいって」

「…………それは、マラソンの件と関係が?」


 ふと、ハクは今まで軟化させた雰囲気が今一度引き締まって開きかけた紙に力が入る。

 マラソンの件?何か2人話してたの?


「マラソンの件ってなにかしら?」

「……最後に言ったこと。その為にボクに近づいたのかい?」

「…………」


 再度軟化していた空気が引き締まり店に静寂が訪れる。

 今度は勘違いではなく、明確な警戒心。一体怜衣さんは何を言ったんだ。ハクがこんなに警戒してるのなんて始めて見たんだけど。


「そうって言ったら?」

「二度と僕たちに近づかせないようにする」

「あら?本人の意思は無視?」

「無視じゃないさ。きっとわかってくれる」


 なになになになに!?

 怖いんだけど!?ここだけ高次元のバトルが繰り広げられてるんだけど!!

 マラソンの最後って!?近づかせないって一体2人は何話したの!?確実に地雷踏んでるよね怜衣さん!!


 机を挟みながらも正面切って対峙する2人に、俺と溜奈さんはその場で身を震えさす。


 けれど、それも長くは続かなかった。永遠にも思えたのは10秒ほど。別次元で争っている2人は……というよりも怜衣さんはなんてこと無いように肩をすくめる。


「――――冗談よ。 そのことに関係なく貴方とは仲良くなれると思ったのよ」

「……今、こんなに険悪なのに?」

「だからなの。 マラソンでも言ったけど私が欲しいのはイエスマンじゃない、喧嘩しながらも仲良くなれる友達よ。 ね、仲良くしましょ?」


 怜衣さんはほほえみながら、力がこもっているハクの手を解いて連絡先の書かれた紙を優しく握らせる。

 その様子を見守っていたハクも、一つため息をついてその紙をポケットへとしまい込んだ。


「……まぁボクも2人のことは気になってたし、後で登録しておくよ」

「よかった! 今晩絶対連絡してね!」

「でも! 最後のアレは認められないからね!」

「えぇ、そこは自分の力でどうにかするわ」


 ようやく、今度こそ終わったのだろうか。

 隣と斜め前に座る少女2人は互いのコップを傾けながらほほえみ合う。

 ……なんとなく怖いけど、これで終わったと信じたい。


 俺もせっかくコーヒーを頼んだけど、この雰囲気だと無糖じゃなくて甘みがほしい。何処か癒やしが欲しい。

 えぇと砂糖はっと…………


「あ、溜奈さん。 それいい?」

「?」

「それそれ」


 俺は緊張がほどけたのか机に倒れ込んでいる溜奈さんの隣、角砂糖の器を指差す。

 彼女も幾つか入れたのだろうか。来たときよりも砂糖がだいぶなくなっていた。


 溜奈さんは一瞬だけ何のことだという表情を見せたものの、すぐに理解したのか身体を起こし、席を立ってテコテコと小さな身体を揺らしながらこちらへと歩いてくる。

 あれ?別に砂糖のカップだけこっちに移してくれたらよかったんだけど…………っていうか肝心の器、持ってなくない?



「んっ!」

「…………はれ?」


 思わず、その不可解な行動に変な声が出てしまった。

 テコテコと俺の目の前まで歩いてきた彼女は、何を思ったのかしゃがみ込んでから俺の手を取って自らの顎を掌に乗せる。

 それはまるで、犬の芸でいう『あご』そのものだった。


「違い……ました?」


 俺の声に疑問を持ったのか、顎を乗せながらも上目遣いでクリクリっとした蒼い瞳をする彼女は、コテンと顔を傾ける。

 柔らかな、まるで赤子のようにプニプニとする溜奈さんの頬の感触。出来物なんて一つもなく真っ白な肌が俺の手の上に。

 本当に疑問に思っているのか、無垢な瞳がこちらに向けられて小動物のような可愛さとともに庇護欲に襲われる。


「え……えっと……欲しいのは近くにあった砂糖だったんだけど……」

「ふぇ? …………あっ!!ご、ごめんなさい!私ったら……つい……」

「いや……」


 ようやく今の状況に気がついたのか、慌てて飛び退いて顔を真っ赤に染める溜奈さん。

 彼女は手で顔を仰ぎながら自らの席に戻って俯きつつ砂糖の器を寄せてくれる。


「すみません……ウチの犬によくするので……泉……さんの掌を見て……てっきりそうかと……」

「いや、気にしないで……砂糖、ありがと」


 つられて顔が赤くなるのを感じながら砂糖を数個、コーヒーに入れていく。

 なんだろう。さっきのやり取りでやっぱり砂糖要らなくなったような気もする。


 いくらペットにするとはいえ、自らしようとは思わないはずだが……。

 溜奈さんは積極的なのか消極的なのかわからない。


「イテッ!」


 甘くなりきったコーヒーを傾けつつ火照った顔が冷めるのを待っていると、ふと脇腹にキュッとした鋭い痛みが走る。

 何事かと痛みのした方へ視線を移すとそこには知らん顔して手を伸ばしているハクの姿が。


「……ハク?」

「なんだい?親友」

「さっき、つねった?」

「いやいや、我が最大の親友が目を離した隙にだらしない顔してたから、引き締めるためにね」


 そんなだらしない顔してたかなぁ?むしろしないように気をつけてたと思うんだけど……


「でも、一方的に抓るのは悪かったね。キミのボクの脇腹を抓るかい?」

「………………やめとく」


 彼女は自らつねられるのを促すようにセーラー服を軽く捲くって下に来ている黒いシャツが姿を表す。

 セーラー服に隠れていつもは見えない腰周りが姿を表す。確実に細い、スタイルの良い腰回り。俺はそんな誘いにつられそうになったが、2人の手前何とか拒否することに成功する。


「そうかい? ま、ボクとしては何でもいいんだけどね~」

「やっぱり怒ってるよね!?」

「怒ってないよ~だ」


 気づけば正面に座る怜衣さんと溜奈さんはそんな様子を見て笑っているようだ。

 俺は妙に機嫌を悪くした彼女に、デザートを奢って事なきを得るのであった。

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