048.記憶
「今日は娘を見てくれてありがとう」
大人組と合流した俺たちは、そのまま解散するらしく流れるように店の入口へと集まっていた。
お礼を言ってくれるのはスーツをしっかりと着こなした誠さん。彼は柔和な笑みを浮かべて俺に握手を促してくる。
「いえ……。こちらこそ、こんないいところに連れてきてもらってありがとうございます」
「娘は随分とじゃじゃ馬だったろう? キミのこと相当嫌ってるみたいだしね」
「パパ!? 知ってたの!?」
どうやら彼には俺たちの学校の動向が筒抜けのようだ。
一体どこからそんな情報を得ているんだろうか……これが金持ちの力?
「偶然ひょんなことから、あの学校に通う娘さんを持つ人と知り合いになってね。色々と話が舞い込んでくるんだよ」
「偶然……ねぇ…………」
なんてこと無く説明をする誠さんに訝しげな目を向ける柏谷さん。
これが壁に耳ありとかなんとかか。こっわ。
「それと……泉君。ちょっといいかい?」
「はい? 何でしょう……」
彼のその情報収集能力に恐怖すら覚えていると、ふと手招きをするように自らの口を手元にやってきていた。
これは内緒話というやつだろうか。俺も従うように耳をそちらに持っていく。
「口ではあーだこーだ言ってるけど、何だかんだいって亜由美は君のこと気に入ってるみたいだ。これからもよろしく頼むよ」
「へ……? いやいや、それはないでしょう。 今日も何回睨まれたことか」
「我が娘ながら素直じゃ無いからね。 これからおいおい分かっていくと思うよ」
「? はぁ…………」
それだけを言いたかったのか、俺が混乱してるにも関わらず耳に近づいた顔を戻していく。
素直じゃない、ねぇ……直接『嫌い』って言われてるのだからいまいちわからない。好かれる要素すら自分のことながら見当たらないし。
「まぁ、星野さんところの姉妹にもう1人、計3人と付き合ってるんだからわからないのも当然かもしれないけどね! はっはっは!」
「そのことも知ってたのパパ!?」
皆に聞こえるように大声で笑うのに最も早く反応したのは柏谷さん。
……え?知ってたの? 知ってた上でこのお見合いを?
「君たちの周りを探ったら当然、そのことも耳に入ってきたよ。その上で泉君の事が気になったのさ。 彼が親友の息子って知ったのは偶然だよ?都合よく亜由美と仲がいいって聞いたからお見合いをセッティングしたってわけだよ」
「仲なんてよくない! まったく……私はコイツのこと嫌いなんだから、そこだけは絶対変わらないわよ」
そう言って柏谷さんは腕組をしたまま何処か遠くを向いてしまった。
俺も、あの三人と奇妙な関係を続けている以上、仲良くなれるなんて思ってやない。でも……なんだか今回のことで彼女の可愛らしさは分かった気がする。
「はいはい。頑固だなぁ亜由美は」
「パパに比べたら全然よ」
「そうかい? ……でも、当然のことだけど彼の周りの関係性、僕が知ってるということは星野さんの耳にも入ってるから、そのつもりでね?」
「――――!! そう……。わかったわ」
柏谷さんは一瞬だけ目を大きく見開いたものの、すぐに閉じて了承の言葉を口にする。
星野さん……?怜衣さんや溜奈さんの名字ってことはわかるけど、誰だろう?
「まぁそこらへんはいいさ! 泉君、本当に今日はありがとう。また何かあれば僕に言うといいよ。娘からでも父親からでも」
「あ、ありがとうございます……」
その父さんとは正反対な快活とした正確に、もうずっと圧倒されっぱなしだ。
人の上に立つというのはこういう感じだといいのだろうか。
「それじゃあ僕たちはこれで。 またいつか会おうね」
「は、はい! ありがとうございましたっ!」
彼のその言葉で、柏谷さんらはいつの間にか店につけていた車に乗って、街中へと消えていってしまう。
なんだか夢のような時間だった。……でも、これお見合いというかただの食事会じゃない?
「すごかったわねぇ……。 あんないいお肉食べたの披露宴以来だわ」
「母さん……」
「またいつか食べに来たいわね。 宝くじでも当てて」
……それ、絶対来れないやつだよ。母さん。
来るとするなら……うぅん……俺の初任給とかで来れるだろうか。
「ねぇお父さん。 またきたいわよね?」
「…………」
「お父さん?」
「……なぁ泉」
父さんはさっきまでずっと静かだった。不自然なくらいに。
それは母さんの言葉も聞こえていなかったのか、真っ先に俺へと話しかけてくる。
「ん?」
「お前……さっきアイツが言ってたこと本当なのか? 3人と付き合ってるって」
「…………げっ」
やっば。
そういえば父さんにそのこと言ってなかったっけ。母さんも口元に手を当ててまさしく「しまった!」と言っているよう。
あー……なんて説明しよ。
「と……取り敢えず歩きながら説明するからまず帰ろっ! ねっ!」
俺はその背中を押して暑い世界へと足を踏み出す。
父さんへの説明は、帰りの道中すべて使って、ようやく理解してもらうのであった――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ん~~~!! ようやくおわったぁ!!」
柏谷さんとのお見……お食事会を終えてから1週間とちょっと。
俺はざわつく教室の中で1人伸びをする。
ようやく終わったのだ。全てが。この苦しい日々からようやく……開放される。
「おつかれ、セン。 ようやく夏休みだね」
「ん~! ほんっと。疲れたよぉ……」
俺は1週間みっちりとハクによる辛く厳しい試練の日々を超え、テストと終業式を終えたのだ。
あぁ、辛かった……。あの何処で用意したのかわからない自作問題集の数々。休み無く出されるそれには、思わず俺もハクに泣き言を言うところだった。
ごめん嘘。ハクはむしろかばってくれてた。容赦なかったのは柏谷さんだ。
彼女は何故か食事会を終えて以降、勉強を教える手が俺にまで及び、2人の教師による授業が毎日行われた。
柏谷さんの教え方はまさにスパルタ。ハクが天使に思えるほどの。でも、そのお陰なのか俺の点数は普段よりも高い位置で着地することができた。だから本人に恨み節は言えない。
「でも、宿題もあるんだからね。 たまにはボクに頼るんじゃなく自分でやること」
「うぇ~~い…………」
宿題なんて言わないでぇ……テンション下がるじゃないかぁ。
今俺のバッグの中には大量の紙の束が。あれ全部夏休みの一ヶ月でやれなんて、この学校も柏谷さん並の鬼畜なんじゃないだろうか。
「泉っ! 夏休みよ!! 遊びましょっ!!」
「泉さん……何します……?」
そんな嬉しさと悲しみがごっちゃになったところでやってくるのは怜衣さんと溜奈さんだ。
2人とも夏休みが待ち遠しかったのかその表情は明るい。俺よりテストもよかったみたいだし、羨ましいよ。
「2人とも、まずは宿題をどう進めるか計画をたてないと……」
「なに言ってるのよ白鳥さんっ! 夏休みは遊ばないと損でしょっ!夏休みなんてちゃちゃっとやれば7月中に終わるじゃないっ!」
ナヌ!?
まさか……2人は剛の者か!?
実在したとは……
「確かにその気になれば終わるけど……でもセンが……」
「大丈夫よっ!私が代わりにやってあげるから!」
怜衣さんは神か!!
ぜひともやってください!そして俺にも幸せの夏休みを!
「ダメだよ。それだとセンの為にならない。 今後が困るじゃないか」
「あら? その時は私が養うからいいわよ? 白鳥さんだってそうでしょ?」
「そ……そうだけど……。 でもせめてセンが後ろめたくならないくらいには……」
後ろめたく……ねぇ。 確かにずっとヒモとかだと申し訳なくなってくるかも。
勉強……しないとなのかなぁ。
「はいはい。そこらへんでいいでしょ?」
「亜由美……」
そんな2人に入ってきたのは柏谷さん。
彼女も荷物を全てまとめたようでバッグを抱えながらやってくる。
「宿題はまた考えればいいじゃない。今日のところはお疲れ様会も兼ねてゆっくりしない?」
まさかの。
彼女がそんなことを言ってくるのは予想外だった。テスト期間中はスパルタだったのに……これがアメとムチ?
「そう……だね。初日までうるさく言うのは違うか」
「決まりね。 それじゃああなた、今日はみんなで遊びに行きましょっ!」
俺は怜衣さんの声に従って教室を出る。
今日くらいはいいだろう。先週あんなに頑張ったんだ。今日は甘えさせてもらおう。
「でも、どこに行くんだい?アテでも?」
学校を出てしばらく歩いたところでふとハクが声をかける。
そうだ。どこに行くか決めてなかった。取り敢えず街の方へと向かってるけど、どこ行こうか。
「それならいい場所があるわ。 最近アミューズメント施設がオープンしたのよ。ボウリングとかカラオケとかあるからそこにしない?」
「ふむ……いいね。 今日くらいは盛大に遊ぼうか」
怜衣さんの提案にハクが乗ったことで今日の方針は決まった。
ボウリングやカラオケ……あぁ、あそこか。俺もダーツとかビリヤードができるって聞いて気になってた。いや、ルールすら知らないけどね。
でも、そうだとするなら道がちょっと違うな。 ここまっすぐじゃなくって曲がって行ったほうが早く着く。
「ねぇ、そこならこの道じゃなくってあっちのルートのほうが早いよ」
「そうかい? ならそっちルートにしよう――――危ないっ!!!」
きっと、白線すらない住宅街の小道だったから俺も油断していたのだろう。
ふと4人の様子を伺いながら先行するように道路を突っ切ろうとしたところ、ハクの言葉で後方へと目を向ける。
そこにはまさか俺が飛び出すとは思っていなかったのか、徐行することなくノンストップで近づいてくるキャラバンが――――。
「――――っ!!」
俺は目の前に迫ってくるそれをみて、何もできなかった。
前にも後ろにも、どちらにも動くことができず、ただただボーッと迫ってくる車を見ていた。
これが、身体が固まるというものか。
身体が動いてくれないものの、うるさいくらいに頭の中で警笛が鳴っている。次第に脳内がもうだめだと判断し目をつむったところで…………俺の身体は後方へと動かされた。
「…………? あれ…………?」
「ったく、危ないわね。 アンタ、本当に死ぬところだったわよ?」
ギュッと痛いくらいにまで握られた肩に気づけば、頭上には冷や汗を垂らしている柏谷さんの姿が。
あぁ……助けてくれたのか…………。
「あ……ありが……と」
「ホント、何回あたしはアンタを助けるんでしょうね。……でもまぁ、当たらなくてよかったわ」
彼女の呆れ顔が頼もしく思えてくると、慌てて近寄ってくるハクの姿が。
そんな顔しなくても大丈夫だって。掠りすらしなかったし。
「泉! 大丈夫!?」
「泉さんっ……!!」
1番前に居て、最後に気がついた2人がこちらに駆け寄ってくることで、俺はふと違和感を覚えた。
この顔…………どこかで…………
「泉…………?」
「っ――――! 痛っ……つぅ…………!」
「セン!?」
彼女らの顔に疑問を感じた途端、突如としてやってくる頭痛に悶えるよう地面へと倒れ込む。
痛い……いたイ……イタイ……!!
なんダこの痛みハ……!! まるで無理矢理脳内を……かき乱しテいるヨウな…………!!
「泉!? ……亜由美!?これは!?」
「し……知らないわっ! 当たってなかったはずだし尻もちついただけで……!」
まるではるか遠くから聞こえるような、慌てた声が聞こえてくる。
そんな声に返事をする余裕がないほど、この謎の頭痛に苛まれる。
「セン……セン………泉っ!!」
「――――っ!!」
何度もかけられる声によるものなのか、突如としてその痛みが嘘のように消え去っていた。
目をギュッとつむっていた俺も、突然のことに混乱しながら目を開く。それは真っ黒なアスファルトの地面。そして頭痛よりもダイレクトに感じる、地面からの熱――――。
「あっつぅっ!!」
「セン!?」
そのアスファルトの熱に耐えかねて飛び退くように身体を起こすと、見事ハクの身体にぶつかってしまった。
地に膝をついて抱きとめている体勢のハク。俺はそんな彼女に抱きとめられてすぐ目の前にある顔を見つめる。
「大丈夫……なのかい?」
「あぁ……うん。 なんだったんだろ……今の」
今の状態は頭痛なんて一切ない。それよりも腕がアスファルトに直で当たっていたせいで痛い。これ、やけどしてない?
「そう……よかった……」
「泉! 大丈夫なの!?」
「うん。 全然大丈――――」
俺は心配そうな顔でハクの隣にでしゃがみ込む銀髪の少女を、見た。 見てしまった。
一度見たら忘れられないほど綺麗な髪に、お人形さんのように整った顔。
そうだ。なんで忘れていたのだろう。俺は、あの日…………事故に遭った日。
あの日はデートに行こうとしてたんじゃない。朝食を買いに行こうとして、行く途中に追いかけられたのだ。
そう、あの日俺は、彼女らに追われて、事故に遭ってしまったんだ――――。
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