071.高校生で……?

「いずみっ! はい、あ~んっ!」

「んしょっ……んしょっ……いずみさんっ! どうですか?気持ちいいですか?」

「…………」


 目の前に差し出されたものを、俺は無言で口に入れる。

 んぐんぐ……これは……ぶどうか。季節的にもうほんのちょっとの筈なのに十分熟れてて美味しい。


 そして俺が口を動かすのをジッと近くで眺めていた、フォークを差し出したままの少女――怜衣さんはパァッと嬉しそうな表情に変わって俺のすぐ横に飛び込んでくる。

 彼女はそのまま肩に手を添えて身体をこちらに寄りかからせた。


「んしょっ……んしょっ…………」


 そしてもうひとり、溜奈さんは最初から俺の隣……つまり怜衣さんとは逆側にて腕を取りながら掌や前腕を指圧してくれている。

 普段から体育の苦手な彼女だ。その指圧も俺自らやるよりずっと可愛らしく押されていて、その弱さが逆に心地よさを誘ってくる。


 そして自覚しているのか、はたまたしていないのかは不明だが、自らの手元に持っていきながら指圧しているものだから、彼女の柔らかな胸の感触がさっきから俺の二の腕に触れていてついついそちらに意識を持っていかれてしまう。

 この感覚……もしかして下着とか付けてないのかな…………?


「はぁ……はぁ……」

「……溜奈さん、もう十分気持ちよくなったよ。疲れたでしょ?」

「はぁ……すみま……せん。 私が強くないばっかりに……ふにゅう…………」


 しかし、こちらが気持ちよくても指圧する方は段々と疲れてくる。

 彼女の息遣いがだんだん辛そうなものに変わっていき、満足したと告げると彼女も俺の肩へと寄りかかってきた。



 つまり、今この状態は長椅子の両脇に銀髪美少女の2人が、揃って俺に寄りかかって来ているのだ。

 更に目の前には美味しそうなフルーツが並べられて……ここにお酒さえあれば酒池肉林と言っても過言ではない状況。ここは天国か?


「ど~ぉ?あなたに満足してもらうために考えてきたのよ?」

「どうって…………王様みたいでなんか恥ずかしい……」


 隣を見れば可愛らしい少女にマッサージされ、更にもう隣からは目の前のフルーツやジュースを差し出されて俺はそれを享受するだけ。

 その献身のさまは、まさに俺が王様になったみたいだ。


「あら、本当に王様なんだから別にいいんじゃない?」

「何の!?」

「ハーレムの王様よ」

「…………」


 それを言われちゃ黙るほかない。

 いやね、結果的にそうなっただけであって俺が望んでそうするように仕向けたわけじゃ…………


「それが嫌ならご主人様なんてどう? 私達はその奴隷ってことで……。ふふっ、どんな仕打ちをされるか楽しみね」

「普通に対等の関係でお願いします……」


 ハーレムの主もご主人様も、そんなの俺に務まるわけがない。

 勉強だって4人……主にハク教えられてばかりなのだ。何も俺が上に立つ要素なんてない。


「でも、泉さんはパパ相手で普通に挨拶してましたよ? ご主人さまもハーレムも行けると思いますよ?」

「そうね。 パパ相手だとみんな萎縮しちゃうもの。挨拶できただけで凄いのよ?何なら跡継ぎになる?」

「~~~~~!!」


 その言葉に慌てて首を横に振る。

 あの人の跡継ぎなんて絶対ムリでしょ!勉強も何もできなくって、ただ頑張って挨拶しただけなのに!


「ぷ~。泉さんならできると思うんですけど……」

「溜奈さん……もし跡継いじゃったら忙殺されて俺家に帰ってこれなくなっちゃう……」

「あ!そうでしたね! やっぱりその話忘れてください!」

「そうね! やっぱりダーリンが帰れないのは死活問題だもの!」


 さっきとは一転して跡継ぎの話が無くなってしまった。

 俺も興味ないことは無いけど、さすがに触れて大やけどするのは目に見えてるから。


「わかってくれて何より。 それじゃあちょっとお風呂貸してくれる?俺そろそろシャワー浴びたい――――」

「ダメよ」

「…………えっ?」


 2人の抱きしめる力が弱くなった隙にスッと立ち上がって、持ってきた着替えセットを手に取ろうとしたものの、スッとバッグを滑らせる怜衣さんによって防がれてしまう。

 彼女はまたも俺の腕を抱きしめ直し、溜奈さんのほうに視線を移した。


「泉、今日あなたのシャワーは無しよ。 溜奈っ!」

「うんっ!!」


 叫ぶように呼びかけた溜奈さんもソファーから立ち上がって俺の腕へ。まるでさっき抱きついていたように、しかし座っているのと違って今回は立ちながら両脇から腕を取られていた。


「はい、じゃあこっち行きましょうか!」

「えっ!? ちょっと!?2人とも!?」

「泉さんは付いてきてくださいね~」


 何!? 何事?


 そのまま俺の腕を抱きしめた2人は自然と息のあったタイミングで階段の方へ。

 その姿はまるで警察に連行される罪人のよう。


 王様から一転罪人になった俺は、されるがままの状態で階段を登っていく。

 そして登りきってすぐ近くの扉を開け放つと、そこはかなり大きい……キングサイズのベッドが中央に鎮座する部屋だった。


「はい、ドーン!」

「ど~ん!」

「おわぁっ!!」


 2人によって押された俺は見事ベッドの中心へと一気にダイブ。

 柔らかい……まるで雲の上かのような錯覚をするスプリング。それは一度埋もれればウチのベッドが敷き藁にしか思えないほどだった。

 当然不意を突かれて飛び込んでも痛みなど一切無い。一瞬にして眠りに誘われそうな心地よさに抗いながら慌てて振り返ると、そこには俺と同じく宙へと浮いている少女が2人。


「い・ず・み・さ~んっ!」

「あなたっ!!」


 俺のことを呼びながら勢いよく飛びつき、その綺麗な銀髪が光に照らされて思わず目を奪われた。

 キラキラと蛍光灯の光なのに幻想的に輝く、2人の髪。


 両者がぶつかる直前にようやく今の状況を理解すると、反射で2人の身体を抱きとめる。


「ふふふ~。 泉さんなら受け止めてくれると思ってました~」

「こうやって2人一緒にギュッとしてもらうのって初めてかしらね……悪くないわ……」


 2人同時に飛び込んで来たお陰でスプリングが大きく形を変えたものの、すぐに元の形へと戻ったベッドは今も柔らかな感触を俺たちに与えながら3人一緒に包み込む。

 俺の胸の上には2人が揃って顔をうずめている。……夏だし、お風呂入ってないから臭いと思うんだけどな。


「えと……お風呂入らせてほしいんだけど?」

「ダメよっ!これがメインだもの! いっぱい汗のかいたあなたの香りを今日一日楽しむ……クンクン……好きな人のだからかしら……一生嗅いでられるわ」

「おねぇちゃんもそう思うよねぇ。 泉さん、今日はすみませんがこのままでいてもらえませんか?」


 まさかの目的。

 突然泊まりの誘いが来たから何か裏があるかなとは思ったけど、まさかこれが理由だったなんて……。


 多分言い出しっぺは怜衣さんだろう。プールの日も俺の上に乗りながら色々やってたし。


「さすがに恥ずかしいからそれは勘弁願いたいんだけど……?」

「そうね。あなただけ恥ずかしい思いするのは違うものね……」


 お、わかってくれる?

 さすが怜衣さん。正直ダメ元だったけどそう言ってくれると俺も嬉し――――


「だから、すっごく恥ずかしいけど、私達も服を脱ぐわ。 そしたら一緒ね」

「ちょっ――――ちょっとまってっ!!」


 一旦離れた彼女らは何を思ったのか、その服を手に持って一気に持ち上げようとしたところを慌てて押さえる。

 服を脱ぐ!?普通そこは諦めるんじゃないの!?


「? あなただけ汗の匂い嗅がれるのが嫌なんでしょ? 私達はもうお風呂入っちゃったけど……でも服を脱げば恥ずかしさではいいんじゃない?」

「そうですよぉ。 どこを触ってもいいですよ……? 泉さんなら……許します」

「そ……そうじゃなくってっ!!」


 まさかの提案をする2人に俺は抑える力を強めていく。

 これ柏谷さんがいなくてよかった。あの人が脱ごうとすれば絶対力じゃ叶わなかった。そもそもあの人がこんな事するとは思えないけど。


 でも、これ詰んでない?2人は目的にしてただけあって諦める気は無いみたいだし、俺は俺でまだそういう事早いと思ってるが……


「むふふ……観念したほうがいいわよ……」

「私達に身を委ねたら……絶対幸せにしてあげますよ……」


 2人が下から這い上がるように、ヘソから上に手を這っていく。

 その暖かく、そしてどう動くか予想のつかない感触にくすぐったいような気持ちいいような、そんなゾクゾクした感覚に襲われてしまう。


 これは……身を委ねてしまっていいのだろうか。

 でも、そしたらこの先―――――


「お……俺…………ちょっとトイレ言ってくるっ!!」

「あっ! ちょっと!!」


 最終的に俺が選んだ結論は――――その場から逃げることだった。


 たとえ問題の先延ばしでも、それでも今逃れられるならそれでいい。

 もう首元まで到達していた手ごと2人を押しのけてベッドから飛び降りた俺は、飛び出すように彼女らの部屋から出ていく。





 ――――が、そんな急造した計画も、出ていってすぐ頓挫してしまった。


「危ない危ない。 このままじゃ高校生で父親になるとこ……あたっ!!」


 誰も居ないからと、後方ばかり気にして階段を降りきると、ふと何かにぶつかったようで俺の身体は倒れ込む。

 壁にでもぶつかったかと思ってチラリと前方に視線を送ると、そこには黒いスーツに身を包んだ身体の大きな男性が…………。


「高校生で……父親…………」

「ぁ…………」


 俺を見下ろしながらさっき言っていた言葉を復唱するのは、夏祭りの日に会った男性だった。


 大きな身体に圧のある表情。

 俺は期せずして、彼女らの父親と再び相対してしまったのだ――――。

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