070.ライトの下で
ハクによる突然の宿泊があった翌日の夜――――
鈴虫の鳴く静かな世界の中、俺は一人で家の目の前にある屋敷……怜衣さん溜奈さんの家へと足を踏み入れていた。
「相変わらず…………広い屋敷だなぁ…………」
その門の内側は、家単体だけならシンプルに通常サイズなものの敷地が一般家庭のそれを凌駕している。
今は使われていない為照明は落とされて見えにくいが、たしかあっちの方にテニスコートとかあったんだよな。目を凝らすと防音壁に覆われているのが見えるが、整備でもしているのだろうか。
そんな一般と乖離した風景から視線をもとに戻した正面、街灯のように照らされた庭の先に目的の建物はあった。
以前プールで遊ぶときにもお邪魔した、まるで別荘のような建物。
壁よりも窓のほうが多い建物で、日中ならばふんだんに光を取り込める設計。夜は中から漏れる光が優しく辺りを照らし、まるで虫のように俺もそちらへ吸い寄せられる。
……そいえば以前来た時も今も、家の周りには虫の気配が無かったな。何か細工でもしてあるのだろうか。
「あっ! いずみ~!待ってたわ~!!」
フラフラしながらなんとか家の方へと歩いていると、家の手前にある光の下、そこに二つの人影が見えた。
こちらに呼びかけながら手を振るのはスカートとシャツに身を包んだ怜衣さんと、その隣で小さく手を上げている溜奈さんだった。
俺が彼女らの近くまでたどり着くと、彼女らは小走りでやってくる。
「泉さんっ! いらっしゃいです!」
「こんな時間だけどお邪魔するね? 夜なんだから外で待ってなくてもよかったのに」
「ウチの敷地内なんだから外も中も変わらないわよ。 でも、楽しんでたのに呼び出しちゃってごめんなさいね」
「いやぁ…………正直、助かったと言うかなんというか…………」
彼女らから目を逸らしながら頬を掻く。
俺は昨日、ハクを泊めてから連日で怜衣さんらの家にお泊りにやってきていた。
それもこれも暗躍したのは柏谷さん。彼女はあの後2人に連絡したようで、「今度は私達の家に泊まりに来て」とのお達しが俺の元にやってきたから早速やってきたというわけだ。
もちろん、ハクも了承済み。
むしろ俺がこうやって泊まりに行くからかは定かでないが、昨晩から夕方まで丸一日ずっと彼女がベッタリくっついてきたものだから嬉し恥ずかしでだいぶ疲れた。
トイレ以外はずっと、ご飯を作る時も食べる時も、そしてそれ以外はずっとベッドで抱きつかれて色々と…………色々と大変だった。
もちろん一線は越えていない。俺の片隅に残った良心や責任感など、なんとか鉄の意志を用いて彼女の攻勢を1日乗り切った。
そのおかげで夜になる頃には気疲れして満身創痍。ここまで来るのに疲れた……。
「そんなに疲れた顔じゃ楽しめないわよっ! ほら、行くわよ!」
「マ……マッサージしますからっ! 行きましょっ!!」
そんな俺とは正反対にテンションの高い銀の髪を持つ2人は俺の手を持って家へと向かう。
お風呂上がりなのかな……?ほんのりいつもと違う甘い香りが…………。
「――――あら、みなさんお揃いで」
「あっ、田宮さん」
「ん?」
あと家まで数歩といった距離。ふと声のする方に俺たちが注目すると、ふとテニスコートのほうから一人の女性が顔を出してきた。
年は40後半……いや前半だろうか。垂れた目にふんわり笑うように上がった口。なんだか柔らかい雰囲気を持つ人だ。
なんだか普通の服……ジーンズにシャツを着ているはずなのにその雰囲気からか割烹着が似合いそうな空気を醸し出している。
「田宮さんはこれから自宅? 今日金曜だっけ?」
「えぇ、今日は娘が帰ってきますの。美味しいもの作ってあげたいので。 そしてそちらの子があの…………」
柔和に微笑んだ彼女は俺へと視線を向ける。
「あぁうん。 私達の大好きな彼氏、泉よ。 そして泉、この人は田宮さん。殆ど泊まり込みで身の回りを世話してくれている人よ」
「えっと、里見 泉です。 よろしくおねがいします」
怜衣さんに促された俺はシンプルに挨拶をして頭を下げる。
そういえば以前来た時、一瞬だけ話題に上がっていたような……。
「よろしくおねがいします。 ……それじゃあ、私はこれで」
「はぁい~。 田宮さんまたねぇ~!」
軽く会釈だけした田宮さんはその場をそっと離れ、溜奈さんがその後姿に手を振る。
なんだろう……普通の女性のはずなのに、底しれぬ何かがあるような気がした。言うなれば2人の父親と対峙している時のような……。
「…………ま、普段は私達とママ、そしてあの田宮さんの4人で暮らしてるのよ。 行きましょ。今日はママも実家だから私達でノンビリできるわ」
「…………えっ?」
「? どうしたんです?泉さん」
ふと何ともないように言った彼女の言葉に俺は思わず歩みを止める。
アーニャさんも居ない……?じゃあ、今日泊まるのはこの3人だけ…………?
…………いや待てよ?そもそもアーニャさんが居たらむしろ2人の攻める力が上がるだけじゃない?
うまいこと焚き付けられて俺があたふたして……。それならばまだこのメンバーのほうがゆっくりできるか。うん、そう考えよう。そうじゃないとやっていけない。
「いや、なんでもない。 入ろっか家に」
「ふっふ~んっ! 今日は私達だけの愛の巣ねっ! 存分にイチャイチャしましょっ!」
「いや、なんで言い直したの。普通にゆっくりするだけだからね?」
引いていた手をほどいて腕に抱きついた怜衣さんは気持ちようさそうに腕に頬ずりをしながら上目遣いでこちらを見る。
そんな可愛い顔したってイチャイチャはほどほどにします!理性が持たないからっ!!
「でも泉さ~ん、昼間は白鳥さんとイチャイチャしてたんですよね? じゃあ私達ともいいんじゃないですかぁ?」
溜奈さん!?なんでそれを!?
確かに間違いではないけれど今日一日外には出なかったしそれが外に漏れることはない……はず!
盗聴器も回収してもらったし情報収集する術などないと思うのだが。
「えっと……それは…………」
「ぁっはぁ! ホントだったんですねっ! じゃあ私達とも一緒のことしましょっ!」
そう言って一段と声の高くなった溜奈さんも俺の腕に飛びついてくる。
しまった!カマかけられたのか!!
……って溜奈さん、いくら半袖だからって腕ハムハムするのはやめてもらえませんかね?ちょっとこそばゆいです。
「本当に嫌なら引っ叩いてくれてもいいのよ? むしろ私的にはそっちのほうが…………」
「……そうだね。じゃああとで怜衣さんの頬伸ばそっか」
「むぅ……頬引っ張るんじゃなくって叩いてくれて構わないのに…………」
せっかくの綺麗な顔を叩いて傷物にするなんて俺ができません。
頬引っ張るのも楽しいんだから。柔らかくてモチモチしてて……なんだかおなかすいてたら食べちゃいそう。
「泉さん! 私には何かないんですか!?」
「!? 俺そんな羨ましいようなこと言ってた!?」
「言ってましたよぉ! 私にも何かしてくれないんですか!?」
ハムハムしていた腕が不意に引っ張られて溜奈さんの抗議の声がする。
ただ頬引っ張る話しかしてないんだけどなー。
でもその怒ったように頬を膨らませているのも可愛い。でもそうだなぁ……何か……何か……。
「おっ、じゃあ腕解いて俺の前に横向きに立って」
「? こうですか?」
「そうそう。 じゃあ……ちょっとごめんね――――」
「――――!」
俺は軽く屈みながら横を向いている彼女の頬へ軽くキスをする。
触れるだけの、簡単なもの。昨日これでちょっとゴタゴタがあったが、俺たちは付き合ってるのだし何の問題もない。
途中で何をされるか察したであろう彼女は、大人しくそれを受け止めて触れた頬の箇所をそっと手で触れる。
「泉さん……。ありがとうこざぃますぅ……」
頬を紅く染めながら頬に手を添えて喜んでくれる姿に心が暖かくなる。
なるほど、こうやると喜んでくれるのか。何だかんだ柏谷さんは自分の練習って言ってたけど、俺にも学ぶところがあったとは。
「あっ!ズルい泉! 私にも今すぐお願い!!」
「今!? また家入ってからでも……」
「あなたったら部屋入ったらゆっくりしちゃうじゃない! ほら、ん~~!」
「…………横だからね、怜衣さん」
彼女は俺の正面に立ちつつもつま先立ちになってその唇を尖らせる。
その唇に優しく触れると今度は溜奈さんがまたも言い出し、結局家に入ることができたのはそれから10分の後のことだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます