006.眉間のシワ
「星野……姉妹…………」
放課と入学式の間に設けられた生徒たち入れ替わりの時間。
俺たち以外誰もこないと思われた食堂に、2人の人物が姿を現した。
隣のハクが小さく2人を呼ぶ。
目の前にはかの有名な、銀色の髪を揺らした美少女姉妹。
1人は食堂の扉をくぐった行く手を阻むように、もう1人はそんな姉の影に隠れるようにしてこちらを伺っている。
「その様子を見るに……2人はもうお昼食べ終わったのかしら?」
「うん、見ての通り……ね。 これから2人で何処か遊びに行こうって思ったところだよ」
「あらそう? それは残念ね。私たちもご一緒しようと思ってたところなのに」
臨戦態勢をといて不機嫌そうに受け答えするハクと、変わらずに仁王立ちをしている怜衣さん。
2人は仲が悪いのだろうか。顔を合わせてから空気がピリピリして溜奈さんなんか顔すら見えなくなってしまう。
「本当に残念。 悪いけど今日はもう食事に行く予定は無いんだ。2人もお昼抜きは辛いだろう?」
「えぇそうね。 …………ところで白鳥さんは二人っきりでお食事?いいわね、この時間静かだったでしょう?」
チラリと蒼い瞳がこちらに向けられ思わず身震いしてしまう。
……そうか!
なんだか普段のノリでハクとお昼食べてたけど、俺って姉妹と付き合ってたんだっけ!
現実味が無さすぎてうっかりしていた。きっと怒っているのだろう。
「えっと――――」
「もちろん。こんな穴場だったなんて来てびっくりしたよ。食堂を独り占めできるなんて……でもそれも今日だけだろうね」
何とか宥めようと声を発しようとしたがハクに被されてしまった。
その言葉で怜衣さんの視線もハクへと戻っていき、フッと軽く笑みをこぼす。
「確かにこんな機会を逃せば次は一年後だものね。 ……じゃあ、私たちも1年に一度の独り占めを堪能させてもらうわ」
「それが良いよ。 それじゃ、私たちはもう行くからね」
「…………ぴぇ!」
怜衣さんの後ろから聞こえる小さな悲鳴に何事かと睨み合う2人の様子を伺うと、「じゃあ」とお互いに発したにも関わらず一向に動こうとしない。
まるで犬猿の仲のように、まるで言外で争っているかのように笑みを崩さずにお互いを見つめ合う。
そんな姿に、ヒシヒシと伝わってくるプレッシャーに俺は思わず生唾を飲み込む。けれど睨み合う時間はそう長く続くことはなく……
「――――えぇ。 2人とも、放課後を楽しんで」
フッと今まで発していたプレッシャーを解くかのように肩の力を抜いた怜衣さんは横に逸れるようにして俺たちの行く道を作ってくれる。
…………助かった?
「そうさせてもらうよ。 また明日」
「……また明日」
彼女の言葉を受けてハクも同様に肩の力を抜き、互いに柔和な笑みを浮かべてその横を通り過ぎる。
けれど俺は動けないでいた。この状況、きっと彼女たちは誤解しているのだろう。せめて誤解は解いておかないと。
「……ほら、あなたも行かないのかしら? 置いてかれちゃうわよ?」
「えっと…………2人とも、ハク……琥珀は――――」
「シッ!」
彼女と俺は幼馴染だ。ここに来たのは俺の不手際かつ成り行きだがそういう関係ではない―――。
そう伝えようと口を開くと、遮るようにして彼女は自らの唇に人差し指を当ててその言葉を封じた。
思わず俺も言葉を紡ぐことを辞めその指が下がるのを待つと、彼女は1つウインクをして案内をするかのように片手を向こう側へと上げる。
「そのことはまた今度。今は白鳥さんが待ってるわ。ほら、楽しんできなさい?」
「う、うん……また明日……」
「はい、また明日」
「また、明日です……」
怜衣さんの返事と、すれ違う瞬間後ろで隠れていた溜奈さんの返事を受けて俺は少し先で待つハクに追いつく。
ようやく来たかと再び歩みを始める彼女にさっきのプレッシャーは既になく、むしろ安堵したかのようなため息が聞こえてきた。
「どうしたんだい? 来るのが遅れたみたいだけど」
「あぁ、俺も軽く二人に挨拶しただけ。また明日って言った程度だよ」
「……ふぅん」
隣から少し刺すような視線を感じつつも歩みは止めない。
2人ってなにかあったのかな?
「ねぇハク」
「なんだい?」
「さっき怜……お姉さんの方と会った時仲悪そうだったけど、何かあった?」
一瞬下の名前で呼ぼうとも思ったが、その名を出そうとした瞬間嫌な気配を感じてすぐさま呼び方を切り替えた。
これは付き合っているということも伏せておいたほうが良いのかもしれない。少なくとも関係性を把握するまでは。
「いや、クラス違ったからまともに話すのもさっきが初めてだけど……なんだろ、女の勘ってやつかな?」
「女の勘?」
「うん。比喩だけど何かを盗んでいきそうっていうか、腹の内に何かを抱えてるっていうか……うまく説明できないけど本質的に仲良くなれなさそうな感じ」
「???」
頑張って言葉を選んでくれてはいるが全くピンとこない。
本質的に仲良くなれないか……俺みたいに記憶外のところでなにかあったのかな?
「……まぁ、そもそもボクたちとは住む世界が違うんだ。あんまり心配しなくていいよ」
「心配って……俺はただ気になっただけだし……」
「なにを言ってるんだい。こんなに眉間にシワを寄せて」
「あたっ」
彼女がフッと差し出した指先は吸い込まれるようにして俺の眉間へ。
そんなに変な顔してただろうか。自ら眉間に触れてみるも今はシワが感じられない。
「そんな無用な心配は置いておいて、ほら行こ。 退院祝いだ。何かボクが奢ってやろう」
「ちょっ!奢ってくれるのは嬉しいけど、そんな引っ張っても逃げないから!」
「なに言ってるんだい! 時間は刻々と過ぎていくんだから少しでも長く楽しまないと! ほら行くよ!!」
ハクは俺の手を取って廊下を駆け出す。
その顔はさっきまでの表情とは違い、心の底から楽しんでいるような笑顔だった――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「…………星野姉妹、ねぇ」
太陽もどっぷりと沈み、開かれている窓からは小さな虫たちの演奏会が聞こえてくる。
俺は面倒だから夕食を作ることすら後回しにし、ベッドへと倒れ込む。
「ハクと……仲悪そうだったなぁ」
寝転がりながら手を掲げ、開かれた掌に収められていたのは小さな四角い物体。
俺は真っ白なそれを裏返して本来の表面を目に収める。
「こんなに……成長したなぁ……」
そこには幾つかのパターンに収められた写真たち。いわゆるプリというやつだ。
中には苦笑いばかり浮かべる俺と、可愛らしく自然な笑顔を向けるハクが。
彼女は俺が知らないうちにだいぶ成長した。
それは身体に限ったことではなく、その美人度と雰囲気も。
中学生の頃から確かに美人のケがあったが、それが随分と表に出て雰囲気も随分と大人びた。
まだある程度幼さも残ってはいるが、これは他の男子が放おってはおかないだろう。
今回の遊びだって、プリなんて長いこと一緒にいて初めて撮った。
この成長具合といい積極性といい、もしかしたら彼氏でもできて色々教えて貰ったのかもしれない。
そんな思いが頭の中を駆け巡って胸の内がチクリと痛くなる。
ずっと一緒だったハクに彼氏……なんだろう、面白くない。
「あぁ~~~~~!!!!」
写真を放おって枕に顔を埋めて思い切り感情を爆発させるように声を発する。
このよくわからない、俺自身彼女がいるみたいなのに矛盾した感情の行き場はそこしかなかった。
結局、俺と姉妹の関係については言わずじまいだ。
遊んでる時もちょと名前を出そうものなら雰囲気が一気に冷たくなる。その不機嫌さに圧されて言えずにいた。
「……付き合う、ねぇ」
『彼女がいるみたい』と表現しただけあってその実感なんて1つもない。
そもそも何で2人は俺のことが好きなんだ?この1年何があったんだ?
ばたつかせていた足も落ち着き、ハァとひとつため息をつくとセットしたご飯が炊ける音が聞こえてくる。
夕飯でも作らなきゃ。でもレパートリーなんて無いしなぁ…………そんな行きあたりばったりな行動に辟易しつつも、さてどうしようと真剣に考え始めたところでインターホンが聞こえてきた。
……誰だ?
母さん?ハク?それとも……
「はーい?」
「こ~んば~んわっ!」
何者かとドキドキしながら扉を開けると、そこにはお昼ぶりの怜衣さんと溜奈さんが。その手には鍋とお皿が握られている。
「お夕飯、持ってきたわよ。一緒に食べましょ!」
語尾に音符が付きそうな笑顔で彼女は言う。
まるで見計らっていたように現れる姉妹に、俺は苦笑いしか作ることができなかった――――。
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