005.点数評価


 星野姉妹――――。


 姉は怜衣、妹は溜奈の双子姉妹。

 2人はともに銀髪――プラチナブロンドの髪と蒼い瞳を持ち、そのお人形さんのような可愛らしさで入学当初からの有名人だった。

 出身は近くのお嬢様学校で、高校になってこちらに来た理由は不明。

 人柄もよく成績優秀、運動は……姉の怜衣はできるが妹の溜奈は不得手。更に成績も優秀とあれど若干怜衣のほうが優秀だからか、怜衣は少し勝ち気の性格をして溜奈はオドオドとした印象が目立っている。


 そんな完璧超人さから告白する者が後を絶たないが、現時点で受けた情報は無し。

 誰が調べたのかわからないが1年の秋に入る頃には親がとある上場企業の社長だと判明し、これまで既に高嶺の花だった存在が更に上がって今では神格化されるほどに。

 けれど怜衣が人を引っ張っていく性格だからか孤立することもなく女子グループでは中心的な存在をキープしている。



「――――とまぁ、ボクが知る情報はこんなものかな」


 お昼。

 俺とハクは食堂で食事をしながら失った記憶の補完に努めていた。


 俺の目の前には食べ終わったラーメンの器が、彼女の前にはサンドイッチの袋が転がっている。

 ハクは紙パックのレモンティーに口を付けながらジト目でこちらを睨んでいた。


「っていうか、どうして真っ先に聞くのがあの2人の情報なのかな?他に聞くべき事があるんじゃない?」

「あー……えっと、そりゃあ気になるでしょ。あんな登場してたら」

「まぁそうだけどさぁ……」


 あれだけざわつかせながら登校する姿を見たら誰だって気になるだろう。




 朝、クラス中の視線を受けながら姉妹が教室に入った瞬間、時刻を告げるチャイムが鳴った。

 予鈴にも関わらず早々に入ってくる担任と大人しく席に座っていく生徒たち。


 始業式も滞りなく終え、さぁ帰ろうかとしたところでハクにお昼ご飯を打診された。親友に誘われたとあっては、当然断る理由の無い俺はともにお昼と相成ったのだ。

 その間、俺の恋人らしい姉妹のことをチラチラと見ていたが何の動きもなかった。主に姉妹で会話してたまにクラスの女子と話すばかりで、今は何してるかはわからない。放課後になった途端ハクが来たから。


「センは他に何か聞く予定とかあるんじゃないの?」

「……例えば?」

「ほら……ボクのこととかさ!」


 ハクのこと?

 確かに身体はこの1年で随分と成長したし美人さにも磨きがかかった。あと聞くことと言えば……


「そうだなぁ……そいや中学の頃、結構成績良かったじゃん?今どんな感じ?」

「お、まずそれを聞くかい? いいねぇ、それはね…………三学期の模試で全国一桁を記録したさ!」

「全国一桁!?」

「ふふん!」


 中学の頃から頭良いとは常々思っていたが、まさかそこまで勉強ができたとは!!

 彼女が見せつけてきたスマホには模試の結果であろう写真が。確かに順位は『9』と書かれている。まじか……。


「だからわからない問題があれば何でも聞き給え。 あの姉妹よりも頭いいんだからね」

「すっごぃ……勉強は……勉強はどうなんだろ俺……」


 俺の成績は一体どうなるのだろう。

 ここ1年の記憶がないということは、勉強の記憶すら無いということ。

 まだ授業すら始まっていないが、1年分勉強し直しの可能性がかなり高い。


「そこはボクがちゃんとつきっきりで教えるから安心するといいさ。 放課後は毎日フリーだしね」

「いいの!? 助かる!!」

「もちろんさ。 休み時間でもいつだっていいよ」

「それは嬉し――――あっ! でも……」

「? どうしたんだい?」


 ふと言葉を漏らした俺に彼女は首を傾ける。

 毎日フリーなのは知ってる。でも、それだったら、それ故に起こる不具合もあるのでは……


「ハクもほかに友達居るでしょ? あんまり俺が独占してそっちが疎かになるのもどうかって思って」

「…………あぁ、その事」


 ちょっとした心配を告げると、彼女は困ったような笑みを浮かべて遠くの景色に視線を移す。


「平気さ。 ボクにはよく話す友達は居ないから」

「えっ……。 でも、それは寂しいんじゃ……」

「いいのさ。 ボクに不都合はないし、こうして話せる親友が居るからね」

「ハク……」


 ストレートに話せる親友と言ってくれて胸の内が暖かくなる。

 でも、それでも周りはハクのことをほっとかないんじゃ?


「でもさ、ハクは美人だしさ」

「っ――――!」

「ハク?」

「い、いいや。 なんでもないよ。続けて」

「? だからさ、ハクだってモテるだろうし告白……は、いかずとも誰か話しかけてくる人いるんじゃない?」


 ハクだって星野姉妹とはベクトルは違うが相当モテるほうだろう。

 頭もいいし顔だってかなり美人だ。性格だって俺と何気ない会話に付き合ってくれるくらいには良い。中学だってだいぶ告白されていた。


「あぁ、たしかにいるね。 でもボクが興味ないのさ」

「どうして?」

「ボクだって彼氏はもちろん、友達だって選びたいんだ。 自慢じゃないがボクは頭がいいから、なんとなく相手が何を求めてるかってのは察することはできる。下心や嫉妬心満載なのはちょっとね……」


 やれやれと肩をすくめるハクに俺は「あぁ」と音を吐き出す。


 それを言われちゃ無理強いなんてできない。

 でも、その理論だと俺は選ばれたってことでいいのかな?それはなんだか嬉しい。


「そっか……。じゃあさ、今回のクラスの面々はハクから見てどんな感じ?」

「というと?」

「ほら……えぇと、どこにやったかな…………あった」


 俺は自らのバッグから配られたプリントを机に広げる。

 それはクラス全員の名前が書かれたプリント。顔写真もあればよかったがこればっかりは仕方がない。


「えぇと……じゃあ、この吉田って人は? ハクから見てどう思う?」

「彼か……」


 さっき行われた自己紹介を思い出しながら名前を指す。

 確かこの男子は野球部の次期エースとか言われていた。気さくな様子だったし人気なのだろう。


「そうだね…………。顔は確かに良い、30点。たしか野球も上手だったんだね、20点」

「ほうほう」


 点数制か。確かにそれはわかりやすい。

 彼女も頑張って思い出そうとしているのだろう。ところどころ言葉に詰まりながら指折り数えてく。


「勉強はまぁまぁらしいから15点。気さくな性格を加味して30点――――」

「もう95点じゃん。合格確定じゃないの?」

「――――1度話しかけられたけど、私と話が合わなかった。マイナス500点」

「マイナスエグい!?」


 何そのマイナス評価!?

 100点届きそうだったのに一気にマイナス400ちょっとになったよ!?


「とまぁ、私からしたら論外かな」

「じゃ……じゃあじゃあ!この上原って人は!?」

「ふむ…………」


 確か上原って男子は2年にしてバスケ部の部長って言ってた。顔もかなり良くって壇上に上がる時には黄色い声も上がっていたから相当モテる人だろう。


「顔は良い、30点。部長も努めてるんだってね、20点」

「ここまでは一緒か」

「勉強も上位みたいだし、20点。性格も良いって聞くから30点――――」

「さぁ、ここからか」


 今回はさっきと違って100点。

 後はマイナス要素がどう働くか……。


「でも、彼はモテるがゆえに彼女をとっかえひっかえしてるみたいだね。マイナス1000点」

「さっきより酷くなった…………」


 マイナス900はトンデモだよ。救いの欠片もないじゃん。


「もう良いかい? どうでも良いことに思考を割くのは面倒なんだけど」

「次が最後! 最後に俺は何点!?」

「…………ふむ」


 呆れ顔を浮かべる彼女に俺は最後の問いかけをする。

 すると彼女は少し目を細め、ジッとこちらを見つめてきた。その茶色の瞳が俺を捉えて離さないように、俺は視線を逸らせず軽く頬が赤くなるのを感じる。


「顔は……まぁ悪くはないね、30点。 幼馴染ということで20点」

「…………50」

「勉強はボクに教わるという頑張りを評価して20点。性格も……こうして無駄話に付き合ってくれてるんだし30点」

「それで、マイナス評価は…………」


 きっと最大100点なのだろう。オマケしてもらえた感が半端ないが、ここまでは同じ100点。あとはマイナスがどう働くか……


「マイナスは……………………いや、いいや」

「はい?」

「やっぱりこうして人を点数評価するのは間違ってると思うんだよね。 だからやっぱなしで」

「えぇ!?」


 最後の最後まで溜めた彼女は振り払うように首を振って自ら席を立つ。

 そんな唐突な!?自分で点数評価し始めたんじゃん!?


「最後だしお願い!俺はマイナス何百点なの!?」

「それは言えないね。 ほら、さっさと片付けて帰るよ!」

「ずっるい!!」


 彼女は自らのゴミと一緒に俺のラーメンの器を持って片付けに行く。

 生殺しだよそんなの!


「マイナスなんて……あるはずがないじゃん」

「うん? なんか言った?」

「何も。 もう片付けは済んだかい?」


 ポツリと何かを零した気もしたが、顔を逸らしてあまりに小さかったせいで俺の耳には届かなかった。

 明らかに独り言みたいな雰囲気だったしあんまり深堀りするものでもないか。


 片付けって言ってもラーメン片してくれたし、荷物を持つ以外何もすることがない。


「俺は準備オッケーよ」

「そっか、じゃあ帰ろっか。 帰りに何処か寄ってく? 今日は気分もいいしどこでも付き合うよ?」

「そうだねぇ……今日は――――」

「――――あら、お二人じゃない」

「!?」


 これからどうしようかと計画を立てながら食堂を出ようとしたところで、ふと何者かに声を掛けられる。

 ハクの息を呑む音とともに正面へと視線を移すと、そこには仁王立ちするように俺たちを待ち構える怜衣さんと、その背中に隠れる溜奈さんの姿があった――――。

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