050.出した結論
最初は、ちょっとした奇妙な感覚だった。
ふと誰かに見られているような、大したことのない視線。
背中に刺さる奇妙な感覚に振り向いてもその正体なんてわからない。当然だ。そこは人がひしめく教室なのだから。
「セン?」と目の前の少女が気にかけてくれるがなんでもないと返す。だって俺にさえ気のせいだと思ったのだから。
それが確信に変わったのは、2学期に入って冬を目の前にした頃だった。
ようやく一人暮らしにも慣れ、自分のことは自分でやるという習慣が身につき始めた頃。
料理をしているとふと人影が通ったような気がしたのだ。最初は子供かと思ったがそんな気配なんてどこにもない。ドアを開けてみれば、目の前にはこの夏休みに建った豪邸しか見えてこなかった。
最初は気のせいと片付けても何度も続けば確信へと変わるもの。
教室や帰り道、はたまた買い物中でも感じる視線に、俺は自分でも気づかないうちに気をすり減らしていった。
何度もハクに心配をされたが、こんな確信すら持てないもの、言えるわけがない。
俺は何度も気のせいだと頭を振り払って目の前の料理に集中していった。
そして、ついにあの日が訪れる。
それは春休みに入って3月も最後だという日。運悪く朝のパンを切らしてしまった俺は、仕方ないとコンビニにでかけた時のことだった。
気づけば背後に誰かが居る。
けれど振り返っても何も見えない。しかし、確実に足音と気配は感じ取れていた。
思い切って走ると背後の人物も駆ける音がする。…………いる。確実に。
俺は一心不乱にコンビニへと駆けていった。せめてそこなら安全だろうと。
そうしてコンビニを目の前に着いたことで、安心して道路へと足を踏み出したその時だった。
ここらは住宅地のど真ん中でコンビニの前であれど信号というものは存在しない。俺は背後の人物にばかり気を取られて道路を見ていなかったのだ。
気づけば、すぐ横に迫ってくる車の姿。あまりに突然の出来事で俺の身体は動けずとも、その目の端で見えてしまったのだ。
今まで隠れていたことを忘れてしまったのかのように、一心不乱に髪を振り乱してこちらに近づいてくる、2人の銀髪の少女が――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ごめ……んなさい――――!!」
「っ――! おねぇちゃんっ!!」
俺があの時見えた人物を差すことで、その少女は後ずさりをして、どこかへ駆けていってしまった。
後を追うようにその妹はこちらに一礼して去っていってしまう。
夏の道路にセミの声が聞こえてくる。
住宅街の一角であれどここには俺たち以外誰も居ない。俺と、抱きしめてくれるハクと、その様子を見守っている柏谷さん以外は。
「セン……あの2人に悩まされてたって、本当なのかい?」
「――――」
俺はその問いかけに頷きをもって返す。
最後の最後に見えた、あの髪は間違えようがない。俺は会っていたのだ。彼女らと。
たしかに、今考えれば1番理にかなった答えだ。
付き合っていたというのは記憶を失った俺に教えたデタラメだろう。
そしてハクは彼女らと話したことがないと言っていた。俺とハクは学校の内外問わず殆どの期間を一緒に過ごしていたのだから、一切話さないだなんて考えにくい。
もしかしたら心のどこかでその矛盾に気付いていたのかもしれない。
けれど俺は認めたくなかったのだ。俺のことを好いてくれている2人がそうだなんて。
「取り敢えず……行くわよ」
俺がハクの胸に埋もれているとふとかけられる平坦な言葉。
……柏谷さんだ。彼女は静かにそう告げる
「行く? どこへ……?」
「遊びになんて行ける雰囲気じゃないし……ここからなら里見、アンタの家が近いわよね? そこへ行くわよ。タクシー呼んだから」
キッ!と音を立ててゆっくり停まるのは見慣れたタクシーの姿。
俺はハクに支えられながら立ち上がり、ゆっくりと車に乗り込む。冷静に行き先を告げる柏谷さんとは反対に、俺は一つも言葉を出せずうつむいたままだった。
もう4ヶ月……いや、1年と4ヶ月ほど住まいにした、俺のアパート。その最奥にあるベッドに俺は腰掛けていた。
床には静かに座って俺が落ち着くのを待ってくれている2人の姿が。その表情は心配そうだ。
「……大丈夫。もう落ち着いたから」
「セン……。でも、さっき言ってたのは……」
「うん。全部記憶戻った。 ハクが俺のことずっと心配してくれてたことも、俺が変だったことも」
今は変だったと自信を持って言えるが、去年は切羽詰まっていた。
だって正体不明の何かに付け狙われていたのだ。おかしくもなるだろう。
「それがあの姉妹の仕業だってことは、本当なのかい……?」
「そう、だと思う。 始まった原因……というか理由はさっぱりだけど」
確かに俺はあの2人に付け狙われていた。けれどその理由までは記憶が戻ってもわからない。
当時のクラスは別だったし、すれ違うことはあっても会話どころか目が合うことすら無かったのだから。
「じゃあ、今は……今は怖い?」
「うぅん……正直、あんまり。 あの時はわからなくって怖かったけど、いざ正体が判明した今は特には。もう人となりも知っちゃたしね」
あの時は恐怖を感じすぎて休みの日にはずっとベッドに包まって震えていたが、今となれば特に怖いという感情は存在しない。
むしろあの2人ならまぁいいかななんて感情さえも湧き上がってくる。
「でも……さっき震えてたじゃないか……」
「あれはぁ……ほら、混乱してたというかなんというか……」
確かにあの時は震えていた。その時人目をはばからずハクに抱きついたのは恥ずかしくってたまらない。
でも柔らかかったなぁ……気持ちよかったなぁ…………。
できればもう一度……ってだめだだめだ。今はそんな雰囲気じゃないし自重しないと。
「――で、これからどうすんのよ?」
さっきのことを思い出して少し顔を赤くしていると、ふと柏谷さんから声をかけられた。
その声は至って平坦に。胸下で抱えるように腕組をしなから俺を見つめる。
「どうするって……?」
「あの子達のことよ。詳しいことは知らないけど何か不味いことしちゃってたんでしょう? 付き合い解消は当然として、接触禁止でも言い渡す?」
「セン…………」
まるで冷酷に罪を言い渡すその言葉に、ハクも不安そうな表情を見せる。
あぁ……そっか。彼女も俺を心配してくれているのだ。
俺とハクの関係のように幼なじみの関係である3人。本来なら柏谷さんはあの2人を心配するはずなのに、俺の肩を持ってくれている。
声が平坦なのも意識して冷静に努めてくれているのだろう。俺はそんな優しさに感謝し、これからどうするか考える。
「…………」
「なんなら私が言ってあげてもいいわよ?乗りかかった船だもの。それくらいはしてあげる」
そんな、1番のヘイト役を買って出てくれる柏谷さん。
けれど俺の腹の中は決まった。ハクにとっては……複雑かな?
「ううん、あの時勝手に怖がってた俺の自業自得だし、関係は解消する気もないよ。…………ハクには心配かけるけどね」
「セン…………」
ハクにとっては辛い答えだろう。心配をかけさせまくったのに、最後まで振り回す形になるのだから。
「ふぅん……どうして?」
「だって、この1学期は俺も凄く楽しかったから。俺はハクのことは恋愛的にも友情的にも大好きだけど、多分、あの2人のことも好きなんだと思う。だから、勝手だけど離したくない」
……口にすると最低の発言だな。
でもいいや。この際だし好きに言っちゃってしまおう。
「…………そ。 別に私は何でも良いけどね。アンタがどんな結論を出そうが」
そういってつまらなそうに瞳を閉じるが、肩はなでおろしているようだった。
柏谷さんには迷惑をかけた。今後、これまでのことも合算して返せるのだろうか。
「柏谷さん……ありがとう。色々と心配してくれて」
「別に。心配なんてこれっぽっちもしてないわよ。 ただ医者の娘として困ってる人を助けただけ」
彼女は顔を逸らすも嬉しそうだ。少しだけ頬に赤みが灯っている。
「ボクからも、ありがとう。 亜由美さんがいなければボク1人でどうすればいいかわからなかったよ」
座ったまま身体を彼女の方へむけ、頭を下げるハク。
そんな様子を見た柏谷さんは、ふと何を思ったのかニヤリと小さく口角を上げる。
……ん? なんか嫌な予感。
「ふんっ。 気にしないで。別に…………コイツとあたしの仲だもの」
「2人の……仲?」
「えぇ。 親同士が親友でお見合いさえも済ませた仲だもの。あの時私を抱きしめてくれたし、気にかけるのは当然でしょう?」
「なぁっ――――!!」
その、今までの空気すら全てを破壊する爆弾発言に、空いた口が塞がらなかった。
た……確かに父親同士が親友でお見合いをしたけど、実質ただの食事会だったじゃないか!しかも抱きしめるって池に落ちかけたところを二人一緒に地面へ転んだだけだし!!
勢いよく振り向けられるハクの顔に俺は首を横にふることしかできない。
なんてことを言ったんだと柏谷さんを見ると、彼女は立ち上がって自らの荷物を持ち上げていた。
「じゃ、あたしはこれで失礼するわ」
「あっ!! ちょっと柏谷さん!?」
「私はあの子達の親友でもあるもの。 ちょっと様子を見て励ましてくるわ。 またね」
「待って!! 後生だからハクに説明を!!」
「しっらなぁい! じゃぁね~~!」
まるで音符がつくほどの上機嫌で俺の部屋を出ていってしまう柏谷さん。
やっばい……どうしよ…………。母さん、説明してくれてないじゃん。
「セン…………?」
「…………」
「正座」
ベッドを降りてフローリングの上に正座をする。
目の前には腕組をしていい笑顔を浮かべるハクが。
ふぇぇ……こわいよぉ。 去年の謎の人影よりこわいよぉ。
「どういうことかな?」
「えっと……きっと母さんが教えてくれるから……」
「ボクは叔母さんではなくキミからの説明を聞きたいんだ。 もちろん、教えてくれるよね?」
「…………はい」
俺はその圧力に屈してあの時あったことを全て話す。
そうして俺に下された罰は、ベッドの上で3時間耐久膝枕……をハクにされることであった――――。
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