078.偽心からの言葉


「あなた…………こんな時間に呼び出して…………どうしたの?」


 暗く日も落ちた世界の片隅で。

 俺はいつもと変わらぬ笑顔を浮かべる怜衣さんと向かい合う。


 普段より光量が少なくなって暗さを感じる俺の部屋。そんな中でベッドに腰掛ける俺に向かった彼女は立ち止まったまま問いかけた。


「…………」

「? あっ!もしかしてお腹空いたとか!? 待ってて!すぐなにか軽く食べれるものでも作――――」

「……ねぇ」


 ふと思いついたように柏手を打った彼女は少し慌てた様子で振り返ってキッチンに向かおうとする。

 しかし俺が小さく彼女を呼びかけるとその動きも止まり、ゆっくりとした動作でこちらに向き直った。


「な……なにかしら……?」

「…………」

「黙ってたんじゃわからないわよ……? 何かあったの?」


 何も答えない俺に彼女は少し不安を滲ませて再度問いかける。

 手を合わせ、少し前かがみになりながら聞いてくる怜衣さん。

 その怯えながらも俺の動きを見逃さないとする様子は、なんだか俺の言わんとしていることを察しているような気がした。


「ねぇ……あなた…………」

「俺たち………別れよう」

「えっ――――」


 俺の言葉が彼女に届き、その瞳が大きく見開く。

 蒼い、輝くように蒼い美しい瞳。その瞳が大きく揺れ動き瞬きすら忘れてこちらを見つめる。

 その合わせていた手が自然と解けこちらに伸ばされるが、すぐに引っ込めて自らの身体を抱きしめる。


「ど……どうして……?」

「…………」

「なんで答えてくれないの……。 どうして……そんな事言うの……?」


 俯いてきれいな銀色の髪が垂れ、そこから覗かせる顔は歪んでいた。

 瞳からには涙がどんどん溜まっていき今にも決壊しそうなほど。


「やっぱり……妹が…………あの子がいいの……」

「それは…………」

「いいの……わかってる……。私はあの子の代わりだって……あなたは私を通してあの子を見てるんだって…………」

「………」


 ヘナヘナと崩れ落ちる彼女は、取り乱すことなく呟くように言葉を漏らす。

 そんな彼女に向き合うように俺も目の前でしゃがむと、彼女の手が俺の手首を握りしめた。


「……嫌。 あなたのことを諦めたくない……!一番じゃなっくて二番でもいいから……私のこと捨てないで……!」

「でも…………」

「お願い…………」


 縋るように見上げた彼女は涙でクシャクシャになっていた。

 俺もそんな彼女を突き放すことなんて嫌だ。


「2番でも……私のことを捨てないでくれるなら……お願い…………」


 逡巡した一瞬の隙を突いた彼女は、俺の首に手を回してそっと自らへと引き寄せる。

 それに抵抗する気すら起きなかった俺も、されるがままのように目をつむる彼女の唇へと自らの唇を――――




「はいストーップ!!」


 俺たちの距離がゼロになる直前、突然横から入ってきた声によって近づく距離が静止した。

 お互いの離れて声の方向を向くと、ベッドの隅で腕組みをしながらこちらに丸めたノートを突き出す柏谷さんの姿があった。


「アンタねぇ……なに全然予定と違うことしてんのよ」

「あー……ごめん?」

「怜衣ちゃんもよ。 受け入れる予定なのに引き下がってるじゃない」

「あ……ははは…………」


 呆れた顔をする彼女に俺たちは苦笑いで答えることしかできない。

 ふと怜衣さんを見るとその瞳の端に付いた涙を拭いながら困ったような笑顔を浮かべている。


「怜衣ちゃん、あなたが演技をしてみたいって言いだしたんだから、しっかりしてよね」

「ごめん亜由美。ちょっと……衝撃が強くてつい、ね」


 わかりやすくため息をつく柏谷さんに素直に謝る怜衣さん。




 家に戻った俺たちは、早速文化祭で何がしたいかという話し合いをしていた。

 飲食店やお化け屋敷など、様々な意見が出る中ふと怜衣さんが口に出した、「演劇をしてみたい」との声。

 しかしやる気の出ない柏谷さんと中立の溜奈さん。意見は平行線となってしまって話が進まなくなってしまった。


 そこで折衷案として出たのが実際に、お試しでやってみるということ。

 その案を出した溜奈さんが適当な短編をストーリーを作り、演技を怜衣さんと俺がやってみるということになったのだ。


 しかし実際にやってみると、大きく台本から逸れてしまう筋書き。本来ならば怜衣さんが素直に別れを受け入れるところ、泣き出して流されて、俺もキスをしかける始末。柏谷さんが止めるのも納得だ。




 俺は再びベッドに座り込んで辺りを見渡す。

 ハクは一足先に家に帰り、溜奈さんはいつの間にか居ない。そして柏谷さんに呆れられている怜衣さん。

 彼女の拭う瞳からは未だとめどなく涙が溢れ出しており、止まる気配はない。これって…………


「怜衣さん……もしかして、ホントに泣いてる?」

「だって……あなたが別れるって言うから……」


 えっ……だって台本にそう書いてあったし……。怜衣さんもそれで了承してたのに。


「いくら演技ってわかってても、あなたに別れるって言われるのがこんなに辛いとは思わなかったわ……」


 あぁ、そっか。

 いくら頭でわかってても確かに辛いもんな。俺だってみんなに嫌われたら、たとえ演技だとしても辛くなる。


「大丈夫だよ、怜衣さん」

「いずみ…………」

「俺は怜衣さんのことが大好きだから。別れるなんて言わないよ」

「…………うん」


 目の前でしゃがんでその髪を撫でると、されるがままの彼女は大人しくその身体を預けてくれた。

 色素の薄い、プラチナブロンドの髪。その透き通る髪はサラサラと俺の指の間を滑っていく。

 甘えるようにその頭を俺の胸元にこすりつけた彼女は、ふと何かを思い出したかのように「あっ」と声を上げて伏せた顔を上げる。


「そういえば溜奈は? あの子……自分だけちゃっかり泉に愛される台本作ってたわ」

「…………たしかに」


 彼女が作った台本はあの別れのシーンのみだったが、しっかりと妹に惹かれる男というように描いていた。

 それは自らのことなのか定かではないが、なかなかに狙ったところを指定すると思ったものだ。


「ただいま~! 泉さ~んっ、夕飯持ってきたのでみんなで食べましょ~!」


 噂をすれば影を差すように、俺達が彼女の話題を出した途端扉が開いて明るい彼女が顔を出す。

 何してるかと思えば夕飯持ってきてくれたのか。確かに気づけはもうそんな時間。また4人で狭いが、今日はココで夕飯らしい。


「溜奈……あなたね……」

「へっ?」


 俺と同様、彼女の帰還に気づいた怜衣さんも、フラリと立ち上がって近づいていく。


「あなた……ちゃっかり自分が報われるストーリー作ってたわね……」

「えっ……あっ……。 あれはねおねぇちゃん……」

「あれは……?」

「えっと……私もたまには泉さんを独り占めしたいなって思って……」

「…………そう」


 なるほど、やはり意識して作ったものだったのか。

 俺としては演技という前提があるから好きにしていいのだが、怜衣さんはそうでもなかったようでお鍋を退避させて溜奈さんの両肩を掴む。


「お……おねぇちゃん?」

「溜奈……あなたもあの台本で演技してもらいましょうか」

「……私も?」

「えぇ。 もちろん、ちょっと改変するわ。 具体的には妹のところを姉にしてね」


 ゆっくりと顔を上げて溜奈さんと目を合わせた怜衣さんは笑顔。その目の奥にはちょっぴりの怒り。


「おねぇちゃん……まって……!」

「ほら! それをやってから夕飯にしましょっ! 泉!お願い!!」


 溜奈さんの背中に回り込んだ怜衣さんは、背後から押すようにして俺と向かい合わせる。

 そうして無理矢理始まった唐突な演技アクト2。その結果は当然ながら、溜奈さんが大泣きして演技どころじゃなくなるのであった――――

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