077.女子会と駆け落ち
「ま~た、始まっちゃったわねぇ……毎日続く学校が」
ここはお昼休みの食堂の一角。
ざわめく生徒たちの言葉を右から左へと流しつつその声に目を向けると、正面に座る怜衣さんが頬杖をつきながら紙パックのストローに口をつける。
普段は少しだけ釣り上がりつつも大きくて蒼色を携えた瞳が今は半開きになっており、その整った顔を横向けてどこでもないどこかを見つめていた。
傍目からは憂いの表情にも見えるが、その実とてもつまらなさそう。
「おや、怜衣さんは学校がキライなのかい?」
そんな様子を眺めていたハクは、対して楽しそうな口調で問いかける。
ハクってば学校好きなんだ。
俺は毎朝早くに起きるのが辛くて面倒だから怜衣さん派だけど。
もはやずっと夏休みでいてほしい。でも宿題はナシの方向で。
「……琥珀さんは嬉しそうね」
「そりゃそうさ。朝からずっとセンを見てられるからね。たとえ背中だって楽しいものだよ」
隣に座るハクはフフンと鼻を鳴らして俺の肩へと頭を預けてきた。
俺なんか見てても楽しくも何ともないと思うんだけどなぁ。背中越しなんて特に。
だって授業中の俺って机に突っ伏して寝てるか、黒板の文字を写すフリしながら寝るか、腕を組んで考え事をしながら寝るくらいしかしてないよ?
……あれ?俺寝てばっかりじゃない?
「すぐ後ろの席っていいわねぇ……。不意に抱きついたりすることもできるじゃない。羨ましいわ」
「……さすがにそれは人前だし、机に遮られてるからボクでもしないよ…………」
怜衣さんの言葉にハクは呆れ顔。もはやその二つが解消されたら抱きつく気満々だ。
ただでさえ今もハーレムだ何だとからかわれているのに……教室で抱きつかれちゃ俺の肩身がさらに狭くなるじゃないか。
いやね、からかわれてることに何一つ虚偽なんてないんだけどね。
「怜衣さんだって移動教室では隣を確保してるじゃないか。今のボクたちみたいにずっと肩を並べられるのは羨ましいよ」
「頻度が少ないのよ。 もっと移動教室の授業増えないかしら」
ハァ……とため息をつきつつ窓から外を眺める怜衣さん。
そいや、いつの間にか2人とも下の名前で呼び合ってるね。
今まで「お姉さん」呼びと「白鳥さん」呼びだったし、こっちのほうが呼びやすいのだろう。
「まぁ、ボクもできればハクの家で一日中イチャイチャしていたいけどね」
「でしょう? あの日のお泊りが楽しかったから余計に……。 ねぇあなた、また泊まりに来ない?」
あまりにも俺を意識してない女子会トークだったから俺の存在が消えてるかと思ったけど、ちゃんと認識されているようだ。
でも頻繁に泊まりに行くのはアーニャさんにも悪いし俺の精神にも悪い。
それとなく首を横にふると、彼女はわかっていたかのように肩をすくめる。
「こういう時間も後からは貴重に思えるものさ」
「そうなのかしらねぇ……」
「きっとさ。 少なくとも、勉強はしておいて損はないよ。センを養うためにもね」
え?俺養われるの?
普通に大学行って普通に就職でも考えてたけど、まさかの主夫コース。
主夫って養われるに入るのかな……ちゃんと俺の仕事あるよね?ただ居るだけなんて肩身の狭いこと言わないよね?
「それくらい私達がなんとかするわよ。 あの家に住んだっていいし」
「選択肢があるのはいいけれど……平気なのかい? あの家もお金も元を辿ればあのお父さんのなんだから、仲直りするべきじゃ?」
確かに。いくら彼女の家がお金持ちといってもそれは全て両親のお陰だ。
もし俺たちが……その、一緒になるのならば多少なりとも自立が求められるだろう。そこで親の金を使うのは難しくなるはず。
「別に喧嘩してるわけじゃないけれど……それもそうね。 はぁ……あの私達に興味がないパパとねぇ……」
またもため息をついて、最初に戻ったかのように頬杖をついてストローに口をつける。
彼女は色々と悩みの多そうだ。お金の問題はみんなでどうにかすれば良いと思うんだけど。人手は多いわけだし。
「ただいまおねぇちゃん。 ため息なんてついて何の話してたの?」
「溜奈……。 ちょっとした泣き言よ。泉を養うにもパパと話さないとなって」
お手洗いから戻ってきた溜奈さんが怜衣さんの隣に腰を下ろす。
あ、これ俺が何言っても養われる結論は変わらないパターンだ。
今はいいさ。今後は長いんだし軌道修正なんて容易だろう。
「パパと? どうして?」
「それはもちろん泉を養うためよ。 あと一応親だしね。泉が18になった瞬間結婚ためにはサインが必要じゃない」
……ちょっとそれは気が早すぎませんかね?
俺は逃げないから、もうちょっとゆっくりしてくれてもいいのよ?
「私は別に駆け落ちでも良いんだけどなぁ……。お金はみんなで働けば泉さん一人くらいは養えると思うし」
「さすがに駆け落ちはよくないわよ……。ママにも会いにくくなっちゃうわ」
なんてことないように突拍子もないことを言い出す溜奈さんと、それをたしなめる怜衣さん。
俺も駆け落ちは嫌かなぁ……いずれ現実を突きつけられるわけだし、反対されてるわけじゃないし。
「そっかぁ……。 じゃあパパとちゃんと話せるようにならないとねっ!」
「そうよねぇ。気が重いわ」
もう一度深くため息をつく怜衣さんを見て、俺はあの日の夜のことを思い出す――――
『娘を頼む』と告げられたあの日。
彼は本当に短く、それだけしか言わなかったがその真意とは一体なんだろうか。
俺たちの交際を認められたのか、それとももっと先のことまで認めてくれたのか……どちらにせよ、2人同時だというのにあの驚きも怒りもしない淡白な様子は俺も気にかかる。
「何にせよ、今は毎日の学校を着実に通っていかないとね。なんなら早々に退学して大検でも取るかい?ボクが勉強教えてもいいよ?」
「遠慮しておくわ。 そしたら文化祭とか楽しい行事も楽しめなくなっちゃう」
文化祭かぁ……。
今年も当然あるんだよな。この2学期に。
去年は何やったっけ…………俺が怖がっていた時期で曖昧だけど、焼き鳥だったか焼きそばだったかの出店だったっけ?
「文化祭っ! そうだよおねぇちゃん!」
ふと昔のことに思いを馳せていると、何かを思いついたように溜奈さんが立ち上がる。
「いきなりどうしたのよ、溜奈」
「文化祭にパパを呼んだらどうかな!?」
「パパを?なんで?」
「パパに今の私達を見てもらってから……私達とこれからのことを話すのっ!」
文化祭に……あの人を!?
下手すれば日本の要人にもなりかねないあの人を……。なんだか文化祭の雰囲気が変わりそう。
「あんなに忙しいのに来るかしら……」
「そう言って中学までは呼ばなかったけど、もしかしたら来るかもしれないよっ!」
「ふむ……案外いい考えかもしれないね。 怜衣さん、どうだい?」
「琥珀さんまで……」
意外とハクまで乗り気だ。
大丈夫?
来た結果大衆の面前で俺殴られない?
「まぁ……聞くだけ聞いてみるわよ。 それでダメならもちろん諦めるわ」
「うんっ! もちろんママにもねっ!」
「はいはい」
怜衣さんが抱きついてくる溜奈さんの頭をなでていると、ふと鳴り響くは昼休みの終了を告げる予鈴の音。
さて、2学期一発目の学校も後半戦だ。
俺たちはそれぞれ机に広げていた食器等を片付けるため席を立つ。
文化祭まであと1ヶ月と半分ほど。
俺は今年なにをしようと、午後の授業そっちのけで考え始め、そして寝るのであった。
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