第4章
076.初めてはいつか
まだまだ熱い太陽がこの地を焦がすように照りつける――――。
天から降り注ぐ熱とコンクリートの地面によって反射する熱のダブルパンチを喰らいながら、何度も通り慣れた道を歩いている。
熱い。ただひたすらに熱い。暑いではなく熱い。
もう1年と半分近くこの道を歩いてきたが、ここまでだともう歩くのも嫌になる。
春秋の倍、体力を持っていかれているんじゃないだろうか。普段なら既に目的地へと着いている体力消費なのに、まだまだ先が長い。
早く秋に……もっと涼しくなってくれないだろうか。あ、でもそこから寒くなってほしくない。暑さも寒さも嫌だから、いっそ春や秋の気候で安定して。
この暑さから少しは涼を取ろうとシャツの第一ボタンはもとより、第二ボタンすら外していく。
これで少しは涼しく…………あ、やっぱダメだ。ただの焼け石に水だこれ。
「ヴァァーーー…………」
まるでゾンビのようなうめき声を上げながら角を曲がると、俺と同じ服を来て同じ目的地へと歩いている人たちがチラホラと合流してくるのが見て取れた。
やっば、恥ずかしい。聞こえてないかな?なんだかただでさえ暑いのに更に熱を感じてきた。
今日は8月の最終週、学校の……二学期開始の最初の日だ。
何故こんな暑い日に家から出なければならないのか心底疑問だが、決められたものだから仕方ない。
俺はなんとかズレにズレまくった生活リズムを整え、今日というこの日を迎えていた。
初日ということで気が張っていたのか目覚ましが鳴るよりも遥か手前に起床し、余裕を持って家を出ることもできた。
ということで日が昇り切って暑くなる前に……そう思って早めに家を出たものも、もうダメだ。学校に着く前に溶けて死ぬ。
心の内でこの熱気と、そんな時期に始まる学校を恨んでていると、ようやく見えたのは目的地である学校。
ようやく効きが悪いが一応冷房の下に行ける……。既に一日分の体力を全て使い切った俺は、汗をダラダラ流しながら建物の中へと入っていった。
「……ぁーす」
声にならない挨拶をしながら教室に入ると、既にチラホラと登校している生徒が目に入る。
あの4人は……居ないか。まぁ仕方ない。 まだ早いしこんな時間に来る生徒など少数だ。
俺と同じく暑そうに垂れた汗を拭う生徒たちを尻目に、自らの席について持ってきたタオルで一気に汗を拭う。
あー疲れた。もう背中まで汗ビッショリだし、とっとと帰ってシャワー浴びたい。まだ朝だけど。
「お~……は~……よっ!!」
「…………?」
机に伏せりながら汗でへばり付く腕に辟易していると、ふと背中にかけられるは明るい声と同時にやってくる背中への柔らかな感触。
これは……誰かが抱きついてきた?両肩から腕が伸びてきてるし、手首に付いているシュシュが目に入る。
「えー、あー……おはよ?」
「なんだぁ里見君。 せっかく絶世の美少女である私が抱きついているのに淡白な反応だなぁ」
自分で絶世の美少女と申すか。
彼女はクラス委員長の……えっと……その…………誰だっけ。名前飛んだ。仕方ない、このまま押し通すか。
「……それで、なにかあったの?」
「む~、淡白~。 そんな反応してたら3人の彼女さんたちに嫌われちゃうぞ~! ほら、笑顔笑顔っ!」
「…………」
自分でもここまで冷静なのは驚きだ。きっと暑さにやられてるのと、更にこの夏休みに彼女たちから色々と攻勢を受けてきたから耐性がついたのだろう。
肩から伸ばされた腕が曲がって少し色の濃くなった手が俺の頬に。
そのまま口元を触れて俺の広角が上がるように引っ張っていく。
「ま、来る時ゾンビみたいになってたし仕方ないかぁ。『ぐわ~!』って変な声出してたしね~」
「っ!?!?」
耳に飛び込んでくる思わぬ事実に俺の身体は大きく震える。
なんだと!?
まさかあのうめき声を聞いていたというのか!!あの時見渡しても姿なんて見えなかったのに……一体どこから!?
動揺で俺の身体は震えるも彼女は全く気にしていないのか、ゾンビのように腕を熊手にして見せつけた。
「だからぁ……こうやって力を分け与えて人間に戻して上げてるのだよっ! 感謝したまへ!!」
そんな謎の押し付けの言葉を発した彼女は、ギュッと抱きつく力を強くさせる。さっきまでとの肩に腕を乗せているのとは違い、距離がゼロになってしまったものだから、彼女の柔らかな胸部の感触が…………ほんのりと背中に当たる柔らかな…………まぁ、うん、ほんのちょっと控えめかな?
でも肩に顎を乗せるように頬と頬をくっつけているものだから、彼女の仄かな香りが俺の鼻孔をくすぐっていく。
って、この距離は俺の散々かいた汗の匂いも感じるんじゃ……。
「ねぇ、ちょっと、もうちょっと距離を…………」
「え~。なんで~?」
「あ、汗の匂いが……!」
「私は気にしないよ~? それとも私のほうが臭うかな?」
「いや……」
むしろ俺と同じように暑い中この学校に来たのに、汗臭くないのが不思議だ。
みんな、汗かいてるはずなのに誰も臭いとは思えないんだよね。女の子って不思議。
「でも、里見君も凄いねぇ」
「?」
「だってこんなに密着してるのに全然動揺してないんだもん。私今すっごい恥ずかしいの我慢してるんだよ? これがハーレムの実力なのかなぁ……それとも、もしかしてこの夏休みにヤることヤっちゃったり?」
「!? そ、それは全然…………!」
彼女の口から思わぬ問いかけた出たことに動揺して振り向くと、彼女は軽い身のこなしで俺から離れて向かい合う。
見上げた彼女の顔はムフフと手を抑えつつ笑みを堪えている様子だ。
「ふ~ん……あんな可愛い子たちみんな彼女にしてるのに、未だ経験ないんだぁ……」
「まっ……まだ早いでしょそういうのは…………」
ニヤニヤと笑いながら小声で告げてくる危ない発言。もし万が一なんてことがあれば一大事だ。
彼女たちは喜ぶだろうが俺はどう責任を取ればいいのかわからないし、まだ退学はしたくない。
「そうかなぁ? そんなものなのかなぁ?」
「そういうものだよ……少なくとも俺は。 もしかして、もう彼氏と……?」
そう問いかけると疑問の表情を浮かべていた彼女はニヤリと俺に笑みを見せつける。
「ふふんっ、どう思う?」
「まぁ……そんな男慣れしてる様子なら、一人どころじゃない……とか?」
俺の予想に彼女は何も答えずゆっくりと瞳を閉じる。
それってもしかして、肯定?
まじか……もしかして彼女はもう……!?
俺の考えって古いの? そんな早いのが今のトレンドなの!?
「もちろんっ! ――――って言いたいところだけど、残念ながらまだなんだよね~。彼氏もいたことないよっ!」
「ならなんでそんな知ったような……」
「それはもちろん、私は女の子代表だからだよっ。 私は絶世の美少女でありながら全女の子の代弁者だからっ!」
絶世のなんとかに加え、また新たな属性が追加されてるよ……。
全女の子の代弁って……インフルエンサーかなにか?
「てかさっき里見君に抱きつくのが恥ずかしいって言ってたのに、なんで経験豊富って思うかなぁ。心外だなぁ」
「だって付き合ってないんだし。 ただのクラスメイトじゃん?そこまで他人を気にしないでしょ」
「え~!? 私が前言ってたこと忘れてるの~!?」
え、俺なにか言われたっけ?
告白…………はあの3人以外されたことないし、それ以外でキス……は柏谷さんだけだ。
おっかしいなぁ。心当たりが一個もないぞ。
「ほらっ! 私もハーレムに立候補するって言ったじゃん! 考えてくれた?」
「………………あー」
そういや、柏谷さんが転入してきた日にそんなやり取りあったような無かったような。
あれ結局怜衣さんらと止められてたし。立候補しきってないじゃん。
「む~!忘れてたな~! ふんっ!まぁいいよ~だっ!これから私が抱きついて怜衣ちゃんや白鳥さんに見せつけてやるんだからっ!!」
「えっ!? それはちょっと…………!」
そんなの見られちゃ色々とマズイ!
俺はともかくとして彼女がマズイ!
「問答無用! え~いっ…………あれ?」
「っ――――! …………?」
手を大に広げて駆け出した彼女は、俺に抱きつく直前で静止する。
倒れ込むようにこちらに迫ってきているはずなのに、重力に逆らうかのように身体が斜めになりながらも倒れ込んでこない。
なぜかと思ってその後ろに視線を動かすと、首元で支えるように手が伸びているのが見て取れた。
「柏谷……さん?」
「アンタ……一人でいたらほんっと危なっかしいわね。 なにやってんのよ」
飛び込んでくる彼女の首を捕まえて止めたのは、柏谷さんだった。
彼女は持ち前の力を使い、片手だけで飛びかかろうとしている身体を抑えている。
「亜由美ちゃんっ! 止めないでっ!これは私の大事な勝負なんだからっ!」
「はいはい。バカ言ってないでさっさと席戻る。 こんなバカなんか放っといて瀬川さんは私とおしゃべりタイムよ」
「里見くぅ~んっ! 私はいつでもオッケーだからねぇ~~!!」
悔しそうな顔を浮かべた彼女は、柏谷さんにより引きずられて女子グループへと入っていく。
俺はそんな姿を見送りつつ、ホッとしたような惜しむような複雑な気持ちを抱えて、あの3人の登校を待つのであった。
…………そうだった。彼女の名前は瀬川さんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます