075.幕間3.75


「セン! 次はどっち!?」

「えっと…………そのまま真っすぐ! ハク急いで!!」


 私達はあっちこっち言いながら舗装されたコンクリートの道を駆けていく。

 まるで自転車に追いつくような速度で走っていき、信号で止められては息を整え、青になった瞬間再度全力ダッシュを繰り返す。

 それほどまでに急いでいても繋がれた手は離すことはない。汗にまみれたその手は力が抜ける感覚はあるが、私がギュッとして絶対に離すまいと強く握りしめる。


 走る2人の影はそれぞれの身長を追い越し、その長さが陽の落ち具合を表していた。


 もう夕方とも言えるほどの、太陽の傾き。

 色もだんだんと削ぎ落とされて赤々とした光になっていくのは、私達の門限が近いということを表していた。



 冬も近づき日の出の時間も短くなり、今日から門限が短くなったことをすっかり失念していた私は、いつものように長々とあの山で遊んでいしまっていた。

 ポッカリと空いたコスモス畑から太陽の光が隠れてしまい、時間を確認しようと下山したところで気付く現在の時刻。

 帰りは新たに見つけたキチンと舗装された道で下りれたはいいが、確認できた時刻は新しく設定された門限近くになっていた。


 ここから家まで1時間弱。もはや全力で走らないと間に合わないという時間。

 その深刻さを共有した私達は、帰り道をただひたすら全力で走っていた。


「ハク……そろそろ手を……。走りにくくない?」

「ヤダ。離さない」


 信号で止まったタイミングで、恐る恐る聞いてくるセンを私はバッサリ切り捨てる。

 別にこうじゃないとセンが迷子になるとか、そんな高尚な理由ではない。ただ記念日にあんないいものを見せてくれた彼と、一瞬たりとも離れたくないだけ。

 だから汗をかいていても、走りにくくても関係ない。こんな状況でも私が大好きな彼とこうやって繋がっていたいのだ。


「でも間に合うかな……?まだまだ家まで遠いからもしかしたら――――」

「ちょっとまってセン。 ここってなんだか見覚えが…………」


 信号で立ち止まり一息ついた私はふと既視感を覚えて辺りを見渡す。

 なにか覚えのある光景……たしか、お母さんとここに来たときは…………


「そうだっ! 思い出した! セン、こっちのほうが近い!!」

「え!? あ、ちょっと!!」


 ようやく既視感の正体を突き止めた私は繋がれた手を引っ張って青になっていた歩道を渡っていく。


 そうだ、思い出した。ここらへんはちょっと遠めの散歩をお母さんとした時に通った道だ。

 たしかあのときはこっちの道を曲がって家に帰った気がする。


「ホントにこっちなの!?」

「大丈夫! 任せて!!」


 私は記憶の道を頼りにひたすらルートをなぞっていく。




 右に曲がり、まっすぐ行って、更に右…………。

 もう帰り道もわからないほどクネクネと進んでいった私達は、ふとその場に立ち止まる。


「あれ…………ここ、どこ…………?」

「えぇ!?」


 思わず出た言葉にセンの驚くような声が聞こえてくる。

 さっきまで記憶のとおりに進んでいった筈。でもこの景色は覚えてない。ここからどう行けばいいかわからない。


「じゃ……じゃあ……ちょっと戻って…………」

「…………」


 戻る……。ここまで一心不乱に駆けてきたから、どう来たのかなんて忘れてしまった。

 どう戻れば?どう進めば?どうすれば家に帰れる……?


「もしかして……迷子?」

「…………うん」


 彼の息を呑む音が聞こえてきた。


 迷子――――。

 やってしまった。まさか一瞬たりとも逃せないこの時になってしまうだなんて。

 もう夜も近い。どうすれば家に変えればいいのか……。戻るか、進むか……。


 その場で立ち止まった私は後悔に襲われる。

 近道だからと、無理矢理引っ張ったのにこの結果。センも失望するだろう。


「そ、そうだ! 携帯! ハクって携帯持ってたよね!取り敢えず連絡すれば……!」

「ごめん……家に、忘れてきた…………。 ごめん…………」


 そう、センは持っていないが私は携帯を与えられていた。

 しかし今日は急いで出かけたこともあって部屋に置いてきてしまった。

 だから助けを求めようにも連絡を取ることができない。


「そ、それじゃあ……ボクたちは迷子のまま…………」

「…………」


 唖然としたセンに申し訳無さしか感じない。

 あの時近道を提案せずに元の道をたどっていれば。そうしたら多少遅れどもちゃんと家に帰れたはずなのに。


 もはやいつ帰れるかもわからない私達は当てもない道を突き進もうとしたところで、ふと道の脇に車が停まるのを目の端に捉えた。


「あれぇ? こんな時間に2人でどうしたのぉ?」

「――――瀬川さん」


 窓が開いて姿を表したのは、小学校の友人、瀬川さんだった――――。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「そっかぁ……。ちょうどいいところに私が来たんだねぇ!」


 子供3人が連なって座る車内。この静かな空間で一人の少女が明るく声を発する。

 運転席には大人の女性。彼女のお母さんだ。私は側面にある扉に身体を預けながら窓へと視線を移す。


 窓の向こうは目まぐるしく変わる景色の数々。

 あれから小学校友人である瀬川さんが気を利かせてくれ、私達を乗せて家まで向かってくれていた。

 真ん中で事情を説明したセンが瀬川さんの相手をしている。なんだか彼女の輝かせている目が……嫌な感じがした。


「うん。ありがとね、瀬川さん」

「全然全然! むしろ里見君もおっちょこちょいな所あるんだね!知らなかったよ!」

「あはは……」


 彼は経緯を説明するにあたって、迷子になった原因を全て自らのせいだと言ったのだ。

 私が否定しようと口を開くもそれは許されず、2人の会話は仲良く続いている。

 いつの間にかずっと繋いでいた手は解けており、つまらなくなった私は外へと視線を向けていた。


「お母さんもありがとうございます」

「いいのいいの! …………ほら、もう見えたよ」

「え!? ほんとだ……こんな早く……」


 その言葉に身を乗り出したセンは覚えのある道を目にして安堵する。

 私はとっくに気づいていたけど…………。


 しかし、迷子になった地点から家まではあまり離れていなかった。

 車にして5分もかかっていない。殆ど通らない道だったから見覚えがなかっただけで、私達は確かに家へと近づいていたのだ。


「はい、着きましたよ~」

「あ、ありがとうございます。 ほら、ハク」

「…………ん。ありぁと……ございます」

「里見君またね~! 今度一緒に遊ぼうね~!」


 大きく手をふる彼女に応えるよう、彼は笑みを浮かべつつ手を返す。

 もう門限は過ぎてしまったが無事帰ることができた。しかし自らの失敗と、その私以外の女の子に見せている笑顔が、自らの機嫌をどんどん損ねている。


 あの子……センのことしか見てなかった。センにしか、話しかけていなかった。


「それじゃあハク、入ろっか」

「………うん」


 彼に手を引かれながら、私の家の扉を開けていく。

 ガチャッと音を立てて開いた扉で顔を上げると、そこには腕を組んで仁王立ちしているセンのお母さんの姿が。


「えっと、ただいま……」

「…………遅いっ!今何時だと思ってるの!!」


 苦笑いをしながら挨拶をしたセンに投げかけられたのは、怒鳴るような大声。

 その迫力に私も思わず目を瞑るも、その怒りは彼に向けられていた。


「……ごめん」

「ごめんじゃないでしょう! いつまでハクちゃんを連れ回してるの!!」

「いや、おばさま……これは――――」

「まって」


 私が遅れた原因だということを説明しようとしたものの、さっきの車内と同じようにセンによって遮られる。

 彼は行く手を阻むように私に手を伸ばし、困ったような笑みを向けておばさまと向かい合う。


「……泉、何か言うことはあるかしら?」

「ごめん。 ボクが夢中になってたせいで遅れて。 恵理さんにも謝ってくる」

「その前に謝る相手がいるでしょう」

「…………うん。 ごめん、ハク」

「えっ……あっ…………」


 私が何かを言う前にリビングへと向かってしまうセン。

 なぜ、彼が謝るのか。私のせいなのに。私が余計なことして迷ったのが原因なのに。


「ふぅ…………。 ごめんね、ハクちゃん。あの子とこんな遅くまで」

「い、いえ……その……今回のことは…………」


 もう話はおわってしまったが、せめて真実を。

 そう思ったものの、親子らしくおばさまは、腰を下ろしながらながら私の口に指を立てて言葉を発するのを止めてきた。


「きっと、ハクちゃんにも非があったんでしょうね。 でもあの子が男を見せてハクちゃんを庇ってくれたのだから、そこを汲んであげて? もうこの事で怒ることはしないし、帰ったらあの子の好きなプリン買ってあるから」

「…………」


 優しい笑みで私を撫でたおばさまは、「よしっ!」と声を上げて立ち上がる。


「それじゃ、みんなでご飯食べましょ? きっと罰と称してあの子、お皿並べてくれるはずだから」

「…………はい」


 笑顔のままリビング入っていくおばさまを見送った私はその場で立ち尽くす。


 彼のことが大好きなのに……彼に守られた。

 本当なら彼を私が喜ばせたいのに、完全に真逆だった。


 私は彼のことが大好きだ。でも、彼が私のことを好きかどうかはわからない。怖い。聞けない。


 しかし、私は彼のことを守りたいのだ。大好きな人を、この手で守って、愛されたいのだ。


「ハクー?」


 私が来ないことにしびれを切らしたのか彼が廊下に出てきて私を呼んでくる。

 彼はどう思ってるんだろう。私のことが、好きなのだろうか


「夕飯、できてるよ? 食べないの?」

「セン」

「んー?」

「センはさ、私のことどう思ってる?」


 心臓が高鳴る。

 怖い。キライって言われたらどうしよう。どうでもいいなんて言われたら、これから何を支えに生きていこう。


「ん~……いつも宿題を見せてくれるし、こうやって遊んでくれるし……。 す……す……親友?みたいに思ってるよ」

「親……友……?」


 一瞬何かいいかけたと思ったが、出てきた言葉は親友というもの。


「うん。 いつも親友として、助けてもらって感謝してるよ」

「――――」


 そっか。

 親友。感謝……か。


「そっか。 わかったよ、セン」

「? そんな答えで良かったのかな?」

「…………。 うん。”ボク”にとっては、十分な答えだったよ」


 親友。最も仲のいい友達。

 今はそれでいいだろう。キミがそれを望むなら、全てを叶えるボクはそれに準じてみせよう。


「さ、行こっか、セン。 ボクもお腹空いたよ」

「? うん。いこっか」


 ボクが手を差し伸べると、彼はその手を取って歩み始める。

 今は親友のままでも、いつかきっと、それ以上の存在へと変えてみせよう。


 キミにとっての理想になることこそ、キミに全てを捧げる、ボクの唯一の存在意義なのだから――――。

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