074.幕間3.5
「ねぇ~、セン~! こっちであってるのぉ~!?」
「そう……だと思…………そのはずっ! だってこっちだって聞いたもんっ!!」
まだまだ小さな子供が2人、まるでけもの道のような道を歩んでいく。
正確には整備しきれていない道。もともと細く、そして周りに雑草が生えやすい道だ。
整備する人が怠ったのか当時はきちんと整備されたであろう道も、今となってはほとんどが膝にまで達する草が生い茂り、私達の行く手を阻んでいた。
もう人が通らなくなって久しいこの道を、私達は息を乱しながら歩いていく。
繋いでいた手は細道だからということで自然と離れ、私の目の前には彼の背中が映っていた。
「ホントに合ってるのかなぁ……」
「あってるって! 昨日の夜パソコンで調べてもらったもん!」
私達が踏み入れているのは家から遠く離れた、名も知らぬ山。
家を出て1時間……いや、2時間弱くらい経っただろうか。ようやくたどり着いたその目的地も完全に山の入り口で、入ると同時に太陽のお陰で明るかった道が一気に暗くなってしまっていた。
まるで夜に切り替わったような、暗い道。天を見上げると微かに見える木漏れ日がまだ昼だということを告げているが、草葉で遮られていてしまい、ここにたどり着く光なんてごく少量だ。
こんな道の先に本当に滑り台なんてあるんだろうか。
けれど彼が言うのならば間違いない。事前に調べたらしいのだから、私はただ信じるほかない。
「はぁ……はぁ……さむっ! ハクは寒くない……?」
「私は……ちゃんと服着てるから全然……。 センはズボンがね……」
後ろからでもわかりやすい身震いをしたセンは、歩きながらその身を抱きしめる。
今の格好は短パンに長袖ジャージだ。季節も秋といえども冬が近い。そんな時期にこんな暗い山の中で短パンは辛いだろう。
「えへへ……大丈夫大丈夫! 運動すればすぐにあったかく――――うわぁっ!!」
「セン!?!?」
軽く駆けようとしたのか、センが前に足を踏み込むと同時に、驚くような声とともに身体がいきなり視界から消え去ってしまう。
突然その姿が見えなくなったことに一瞬パニックになりかけたものの、よくよく辺りを見渡すと、彼は濡れ葉で滑ったようでその場で盛大に尻もちを付いていた。
「うえ~……あしグチョグチョ~」
「だ……大丈夫……?」
苦い顔をしながら立ち上がった短パンはお尻の部分がくっきりと濡れ、その露出した脚は葉っぱが幾つも付いていた。
彼はそれを一枚一枚剥がしつつ、こちらに問題ないと告げてくる。
「もう……帰る? 私は別に無理して行きたいわけじゃ……」
「ダメッ! 絶対に今日じゃないと…………」
ようやく葉を落としおえた彼は、まっすぐ行き先を向いて再度進み出す。
そこまで滑り台で遊びたいのだろうか……でも、今日にこだわる理由って……?しばらく来れないとか?これからしばらく雨だっけ?
それからしばらく、山の中の進行は進んでいった。
幸いにもセンはそれ以上転けることなく、私もしっかりとした足取りで進むことができている。
「ハク、もうちょっとだよ……」
無言の進行の中ふと呟いた彼の言葉に目を向けると、光が差し込んでいた。
まっすぐ進み、たまに階段らしきものを登っていって、その辛うじて見える道を2人で歩いて、ようやくゴールという名の光が見えたのだ。
逆光のせいかその先まではよく見えないが確かな光。それはこの暗闇の終わりを意味しているのだという直感を覚える。
「やっと……終わったぁ…………わぷっ!」
「――――まって、ハク」
終わりのわからない山道で、普段以上に体力が消費していると気づいて肩の力を抜き始めると、突然立ち止まったセンの背中にぶつかってしまった。
彼の後頭部に当たった鼻をさすりながらその様子を見ると、センはただまっすぐ光の方を見ているようだった。
「セン?もうちょっとなんだからこんなところで立ち止まらなくっても――――」
「ハク、まっすぐ……その下を………」
「下…………? ――――!!」
その言葉に従ってまっすぐ、そして下……光と闇の境目には、細い、紐状の物があった。
まるで門番のように、この先の行く手を阻むように待ち構えるは――――蛇。
種類こそわからないが、もうゴールだというところで……。
その蛇は私達の存在に気がついたようでその身体を起こし睨みつける。
「ね……ねぇハク、あれ、毒ある……?」
「わ、わかんない……。あったら……どうしよう」
残念なことに私は、学校の勉強こそできはすれ蛇の種類なんて、てんでわからない。
あの睨んでいる蛇が有毒なのか、無毒なのかすらわからない。もし有毒ならば……噛まれたらどうしよう。
「どうしよぉ………っ!!」
私の内心がパニックになるのを隠しきれないでいると、それを察知したかのように蛇は尻尾を叩きつけるかのように細かく震えさせる。
あの行動は…………どこかで調べた事がある。……そう、威嚇行動だ。私達を敵だと認識した証拠。
どうする……!?このまま進んだら絶対に噛まれる。もし毒があれば……センが……センが……!
「ハク…………下」
「したぁ?」
「下……見れる?」
バッと私の行く手を遮るように手を伸ばした彼は、蛇から目を離さないようにしつつ下を見るよう促す。
下には…………整備された跡すらない急な坂があった。その先にはこの道以上に舗装されていないけもの道がゴールまで伸びている。
「道が……」
「うん。 そこまで降りれる?」
「えぇ!?」
ここから下まで!?坂になってるとはいえ5メートルは下だよ!?
ちょっと足を踏み外したりすれば大怪我をするかもしれない。
「ボクも……手をつなぐから」
「で、でも怖い……」
「お願い……。 そうじゃないと……叔母さんに言われた……ハクを守ることができない」
こちらを見ずに差し出した手は、震えていた。
彼も怖いのだ。きっとセン一人ならば走って逃げることも可能だろう。しかしそれをしないのは私がいるから。そして、守るよう言われたから。
私は目の前の恐怖で狭まった思考を払うように首をふると、その震えている手をキュッと硬く握る。
「それじゃあ、いくよ……。いち……に――――」
さんっ!!
その大きな声とともに、私達は揃って坂を滑り落ちていった。
ズザザザザ……と草の分ける音がする中ひたすらゴールであるけもの道を視界に収める。
彼の手が痛いくらいに握られ、私も痛いくらいに握る。
坂に生えている草が幾度となく私達を遅い、この身にぶつかってくる。たまに固い茎に当たって痛みを感じるがそんなことかまっていられない。ただただ目的地に向かって下っていく。
その繋がれた手とともにけもの道まで滑り落ちた私達は、足周りが泥だらけになりながらもなんとか辿り着くことができた。
「蛇は!?」
つんざくようなセンの声に見上げた先は、こちらを見下す蛇が興味を失ったようにそっぽを向いて上の方へと向かっていくのが見て取れた。
…………助かった?
「ハク、大丈夫? 怪我してない?」
「え? あ、うん……全然……」
いつもの感情的で奔放な彼はどこに行ったのか、冷静そのものといった様子で、喜ぶ間もなく私のことを心配してくれる。
私はちょっと服が汚れただけで何も問題はない。その様を確認すると彼はホッとしたかのように息を吐いた。
「よかったぁ。 ごめんね?こんな事になって ボクがもっと調べていれば……」
「だ、大丈夫だよっ!。 ほら、もうちょっとだから……いこっ!」
「う、うん」
少し落ち込みかけた彼を励ますかのように話題を変えた私は目の前にした光に視線を向ける。
ここからゴールまではもう障害もない。 私達は再度手を繋いでその出口へと歩みを進めた。
「――――――――わぁ…………!」
暗闇を抜け、光にたどり着いた私に待っていたのは、一面の紫とピンクと白だった。
私達の背丈ほどもある高さで、その先になっているのは色とりどりのコスモスの数々。
そこは、まさしくコスモス畑だった。
山の一角にポッカリと空いたスペース。その全てにこれでもかというほどのコスモスが敷き詰められていた。
「ここに繋がってたんだ…………」
「センっ……これって……!?」
なにか訳知り顔のセンに顔を向けると、彼は何も言わずに上へと指を差す。
上……?
何かと思って目を向けると、その先――――5メートルほど上空にはすべり台が伸びていた。
終点がわからないほど長い、ローラーすべり台。そのスタート地点が、すぐ上にあったのだ。
「ずれちゃったけど……道間違って無かったんだ……よかったぁ…………。ハクにこれ、見せたかったんだ」
「こ……これを私に…………?」
今日はやけにこの場所に固執するなとおもったら、まさかコスモスを見せたかったのか。
震える声のまま問いかけると、彼ははにかんだ可愛い笑みを見せてくれる。
「うん……。聞いたんだけどね、今日ってボクとハクの記念日みたいなんだ」
「記念日……?」
記念日と言われたら、記憶する限り全てを把握している。今日はそんな日では無かったはずだ。
クリスマスやバレンタインはもちろん、2人の誕生日や一緒にお風呂に入った日だって。しかし今日はどれにも当てはまらない。一体なんの記念日?
「うん。今日って僕たちが初めて会った日なんだって。 赤ちゃんの時で覚えてないけど……でもお母さんがそう言ってたんだ。 だから、この景色を見せたくって」
「――――!!」
私はその優しい微笑みにえも言えぬ嬉しさが胸の奥から湧き上がる。
センが記念日を気にしてくれた。大事にしてくれた。サプライズで、こんないいものを私に見せてくれた。
私の為に……私の為に彼は身を挺して守ってくれた…………!!
「でも、ホントはすべり台で見る予定だったけど……失敗しちゃった」
「ううん……ううん、すっごく嬉しい……。 ありがとう、いずみ……!!」
おどけたように頬をかく彼に、私は涙を拭うことも忘れて彼にギュッと抱きつく。
彼は何も言うわけでもなく、ただただそっと私を受け入れてくれた――――。
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