062.アーニャ
普段寝泊まりしている一人暮らしのアパート。
そこから一歩外に出て見えるのは向こう側がよく見えないほど高く、そして左右に伸びた塀が広がっている。
どんな人物が住んでいるか、どんな金持ちかと疑問に思ったのももう遠い過去の話。
そこには銀髪の双子姉妹、怜衣さんと溜奈さんが住まう住宅だった。本宅よりも広いと言われる、サッカーができそうなほど長く伸びた塀に囲まれたその建物。
俺は今日、ついに塀の向こうへと足を踏み入れた。
「ほぅ……これが住宅……。 なんというか……施設って言ったほうが適切みたいだね」
夏の日差しが降り注ぐ中、門を通りすぎるやいなや隣のハクが驚いたように声を漏らす。
それもそのはず。目の前にあるのは、もはや家ではなかったのだから。
すぐ正面に広がるは俺の知っている『家』とは程遠い、白い壁でできた2階建ての建物だった。
家ではあるが中に入る扉は見当たらず、代わりに黒塗りのガレージシャッターのようなものが構えられている。
シャッターの隣には門のおかげで外からの視線をシャットアウトしているからか、ガラス張りで内側の部屋までしっかりと見える大きな窓が。ガラスの内側にはシンプルに観葉植物と電気スタンド、そして小さなテーブルと二つの椅子という、応接室のようなシンプルな部屋だ。
そして視線を上にやれば、シャッターと同じくらいの大きなガラスが見える。部屋の内装までは見えないが、物があまり見えないことから察するにシンプルな部屋なのだろう。けれど天井は高い。きっと4メートルくらいはあるだろうか。
サイズ感的には正面だけでガレージ4つ分程度。これだけならばちょっと豪華なお宅くらいにはなるだろう。
けれど問題はその周り。
その比較的小さな家の周りには、贅沢にもテニスコートやバスケットコート、そしてそれらの移動用かバイクまで見える。
この日本離れした施設……まさしく豪邸と言って過言でない。これが別邸なのだから末恐ろしい。
「あたしも始めて来たけど、随分と向こうの家と毛並みが違うのね……父親の趣味?」
「いえ、パパは殆ど口を出してないわ。これはママの趣味。 でも……作ったはいいけど遊び相手がいなくて本末転倒よね」
なにそれ。もし俺がここに住めるんだったら毎日でも友達呼んでバスケやテニスを…………って、そういや俺も遊ぶほどの友達いなかったや。
「これを……何人で住んでるのかい?」
「4人よ。私達にママ、あとは使用人をしてくれてる田宮さんって人」
「……お父さんは?」
「パパは仕事人間で滅多に来ないわ。……まぁ来るとしても年1回ってとこね」
へぇ……年1回か。
あれ?この家が出来上がったのって俺の取り戻した記憶上昨年の夏だし、もしかしてそれから1度しか来てないってこと?
「泉さん泉さんっ!」
「溜奈さん?」
キョロキョロと綺麗に揃えられた木々に目を配らせていると、ふと近寄ってきていた溜奈さんが俺の手をギュッと握ってくる。
彼女の今の格好は怜衣さんとお揃いで、白色のワンピース。その銀の髪と共に太陽に照らされて輝き、まさしく妖精のようだ。
「外は暑いですし、早く中入りましょっ! こっちです!」
「え? あっ!ちょっと!」
俺は握られた手に引っ張られるようにして家の方へと向かっていく。
その扉の無い家のどこから入るかと思いきや……ガレージと応接室の間にある、まるで隠し通路のように狭い隙間。
その横幅1メートルほどの通路をなんてことなく駆ける彼女は一直線に突き当たりにある扉を開け放つ。
「ただいまっ!!」
入ってすぐに目に入ったのは、薄茶色のフローリングと白い壁、そして奥へと続く広い部屋だった。
左には2階へと続く階段が見受けられ、廊下らしい廊下など見当たらない。広い部屋と部屋が重なったかのように続くそれは建物の最奥まで続き、行き止まりには一面のガラスとその先にある木でできた壁が見える。
壁どころかガラスの方が多い、外からの光を取り込んで明るさに包まれた、まさしく豪邸。別荘のような絢爛さだった。
ふと物音のしたほうを見ると、溜奈さんの元気な声に反応したのかゆっくりと何者かが降りてくるのが見えてきた。
「おかえりなさい。溜奈、怜衣。 そして……ダブロー パジャーラヴァチ!いらっしゃい!みなさん!!」
一瞬、何語さえもわからなかった言葉を発した女性は、満面の笑みを浮かべてバッと大きく手を広げる。
「紹介するわ。この人はアンナ・ルキーニシュナ・星野 。私達のママよ」
「アーニャでいいわよ。よろしくね、皆さん!」
笑顔で挨拶するその姿は、まさしく2人の血筋だった。
肩まで伸びたプラチナブロンドの髪をストレートに垂らし、通った鼻筋と蒼色の瞳。
少し目が上がったところは怜衣さん似だろうか。俺よりも数センチ背の低いであろう彼女はまさしく2人の成長した姿だった。
更には黒のロングスカートと深緑のノースリーブセーターを身に着け、ハクや柏谷さんほどではないが、その出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイルの良さは昨日見た溜奈さんのよう。
「ママ。 亜由美ちゃんはいいとして、この2人は泉と白鳥さん。前話したでしょう?」
「まぁ! この子達があのっ!?」
オーバーリアクションのように口を手で覆って驚いた彼女は、再度手を大きく広げてこちらに近づいてくる。
その満面の笑顔で近づいてくる綺麗な姿に、思わず見とれてしまい気がついたときには直ぐ側まで迫ってきていて…………。
「この子が2人の運命の人なのねっ! 可愛らしい子じゃない!!」
「~~~~!」
突然のことに反応の遅れた俺は、そのまま力いっぱい彼女に抱きしめられてしまう。
まるで全力を込めたかのように抱きしめた彼女は背中をポンポンと叩きながら俺の肩に顎を乗せる。
どうして女性はこんなにいい香りがするのだろう。
直ぐ側に見える透き通るような銀色の髪からはふわりと甘い香りが漂ってきて、ギュッと抱きしめてくるものだから柔らかな身体が目一杯感じられる。
俺が抱きしめ返そうかとその手を上げたり下ろしたりして迷っていると、フッと離れて今度はハクへと抱きしめに行く。
「あなたが白鳥さんね! ん~!思ってたよりずっと綺麗な子じゃないっ!スタイルも良くって嫉妬しちゃうわっ!!」
「ははは……どうも…………」
戸惑いながらも抱きしめられるハクは困惑の表情を見せながら俺へと視線を配る。
ごめん……さすがに俺に助けを求められてもどうすることができないよ。
「亜由美ちゃんも久しぶりね。 元気だった?」
「はい。おかげさまで」
俺と同じくらい強くハクを抱きしめた彼女は、今度は柏谷さんともハグをする。
もしかしてこういう文化なのだろうか。正直、すっごく驚いたけど悪くなかった。
「あの……怜衣さん、さっき言ってた運命の人ってのは……」
「それね。 ママには全部伝えてるのよ。私達の関係も何もかも」
あぁ、つまり付き合っているということは知られていると。
……でも、付き合ってるイコール運命の人ってなるのかな?
「えぇ。 泉ちゃんは娘2人と結婚するのよね?」
「…………えっ?」
ふとハグを終えた彼女が話に入ってきて、思わず聞き返してしまった。
結婚!?俺が!?2人と!?
「? 違うの?」
「え……え~っと……」
「あ~! 取り敢えずその話は後でっ! ママ!もうプール使えるのよね!?」
俺がなんとも言えずに言葉を濁していると、突然割り込んできた怜衣さんが俺を引っ張ってその身に寄せる。
……同じシャンプーを使ってるのだろうか。さっき抱きしめられたときと同じ香りがする。
「もちろん。朝から田宮さんが頑張ってくれてたわ」
「今度お礼言わないとね……。 泉!いくわよっ!プールは待ってくれないんだからっ!!」
「う、うんっ……!」
今度は怜衣さんに引っ張られて俺たちはズンズンと奥へと歩いていく。
手を引かれながらも考えるのはさっきのこと。今という歪な関係から、いつかは考えなきゃならない時が来ると、釘を刺されたような気がした――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます