064.盗聴器
綺麗なプールに綺麗な屋敷。
ゆったりと寝転がれるサマーベッドと脇には美味しいフルーツジュース。
街の喧騒すらも一切縁がなく、対して聞こえるは楽しげな黄色い声。
ジュースを一口つけると口の中いっぱいに甘さと香りが広がり、ふと視線を下ろせば黄色い声の発生源、ボートに掴まりながら身体の大半を水につけて仲良く談笑している姿が目に入る。
姦しい……と言っては失礼だが、その言葉の通り女性が三人仲良く水着姿で談笑している姿を見ると、なんとなく嬉しくなってくる。
プールで思い切り遊び始めてどのくらい経っただろうか。
体感では1~2時間、正確な時間は見てないからわからない。
ひとしきり遊んでふと遊び尽くした事に早くも気づいた俺は、一足先に上がってまたもセレブ気分を味わっていた。
……なんというか、あぁやってプールを目の前にして遊ばず寝転がる気持ちが分かった気がする。
プールで遊ぶと言っても内容には限りがあるし、すぐ疲れるから早々に終わって休憩したくなるんだね。ここにタブレットあたりがあれば寝転がりながら動画みれてかなりゆっくりできそう。
そんなボーッとする俺と裏腹に、プールに漂っている彼女らも遊ぶのをそこそこにおしゃべりに夢中だ。
きっとボートによっていい感じに浮遊感を味わいながら冷たい水の中だから快適なのだろう。俺も日焼け止めを塗っていたらあっちに合流してた…………いや、絶対オモチャにされるからこっちでいいや。
姦しいの言葉にふさわしく談笑しているのは3人、ハクに溜奈さん、そして柏谷さんだ。なんだか不思議な組み合わせだが見てる感じ仲良さそうでホッとした。
そして最後の1人、怜衣さんといえば――――
「……なにしてるの?」
「クンクン…………なんでこんなに汗の匂いが良いのかしら……もっと……もっと強いところは…………」
何故か、俺を布団にするように、胸の上で寝転がっていた。
最初は俺の隣に腰掛けてただけなのに……いつの間にこうなったのやら。あと、汗の匂い探しは恥ずかしいからやめてね?
「……ってちょっと! なにしてんの!?脇はダメっ!!」
「え~! いいじゃないちょっとくらい!! ほら、少しだけ……5秒だけでいいからっ!!」
ちょっと気を抜きかけたら腕を持ち上げで顔を埋めようとするものだからホント驚いた。
5秒とか言って絶対それ以上やるつもりだよね!? いや1秒でもダメなんだけどさっ!!
「汗の匂いの何がいいんだか……」
「なんていうのかしらね……。ほら、好きな人のなら何でも嬉しいっていうとかそういうものよ。なんなら今ここであなたの足も喜んで舐めれるわ」
そう言いながら俺と視線を交わしつつ、片手で足に触れようとするのを…………サッと動かして避ける。
彼女も意図的に避けたことに気がついたのだろう。『プゥっ!』と頬を膨らませつつ、早々に諦めて胸の上に倒れ込んだ。
「別に胸の上でも良いんだけどね~。 …………んっ! やっぱり、しょっぱくて美味しいわぁ」
「~~~~! そ……それもナシ!舐めるの禁止!!」
ふと胸の上で頬釣りを始めたと思ったら、ペロリと突然舐めたのにはびっくりした。
慌ててその顔を引き剥がすと、「は~い」と素直に舌を引っ込めていく。
今日の怜衣さんは一段と甘えてくるな……。それに普段ならハクや柏谷さんが止めてくるのに、今日に限ってはチラチラこちらを見るだけで何もしてこないし。
「ふふふ……やっぱり、よかったわ。 ありがとうね」
「? なんのこと?」
「私達を許してくれたことよ。 もし許してくれなかったら……私、合わせる顔がなくって学校も辞めちゃってたわ」
胸元に顎を乗せて見上げてくる顔は、穏やかな微笑だった。
そっと手が伸びて耳元に触れるも、それ以上は何もせずにただ髪や耳の感触を確かめている。
「それは……俺も記憶がなかった時のことを無かったことにしたくなかったから……」
「優しいのね……。でも、本当にいいの?ストーカーを許しちゃって。私、重いわよ?」
「それは前にも言ったじゃん。 どんとこいだって」
記憶を取り戻した日。彼女が去っていき、また俺の家にやってきた日。
その時もこんなやり取りはした。あの時の怜衣さんは涙でぐちゃぐちゃだったけど。
「ずっと嗅ぎ回って、盗聴だってして……気持ち悪く思わないの?」
「気持ち悪いというより当時は怖かったけど…………でも正体が二人って気づいたら、今更ねぇ……」
「じゃあ、もし記憶を失わずに『私達がストーカーしてました!付き合ってください!』って言ってきたら? それでも許せた?」
ふむ、怖がってる時に自首してくるとかそんな感じかな?
それは考えてなかったな……当時の俺ならどうしてただろうか……。
「たぶん、許した上で告白は友達からって言ったと思う」
「そうなのね…………」
さっきとはあからさまにショボンと顔を落とす怜衣さん。
俺は罪悪感にチクリと苛まれながらも、そっと彼女の頬へと手を持っていく。
「でも、きっと友達からでも好きになってたと思う。ハクが修羅の如く怒るけど、今のようになってたんじゃないかな?」
たらればの話になるが、もし記憶があったら、俺とハクは未だに付き合ってなかっただろう。
きっとお互いに言いたくても言えない、これまでどおりの関係。そういう意味では2人は俺とハクをくっつけたキューピットといえなくもない。
「それに、俺だってこんな可愛くって優しい2人に好かれるなんて思ってもみなかったから。 いいの?俺で。多分別れてって言われても一生嫌って言うよ?」
2人の魅力を知った今では、別れたり断ったりなんてすることができないだろう。
それはむしろ2人にとって足枷になるのかもしれない。
「そんなの……私達もよ。もう盗聴しちゃって性癖も何もかも知っちゃったもの。責任はちゃんと取るわ」
「それは忘れてほしいんだけどなぁ…………」
記憶が戻った日に回収はしてもらったが、盗聴器はしっかりと仕掛けられてあった。
つまり、俺が一人で居た時の行動はほぼ筒抜けということ。俺が普段どういう動画を見て何が趣味だとかすべて……健全じゃない方の意味で。
「それに、さっきも言ったけど……お仕置きしてくれていいのよ?」
「……お仕置きしてほしいの?」
「是非っ!!」
その問いかけに即答するのは……もしかしなくても彼女はそういうケがあるということを確信させる。
俺はもちろん、輝かせる目に応えるように、その柔らかな頬に手を持っていく。
「――――って、そうひゃない~!」
「はいはい。 まったく、ここで俺が理性失ったらどうするんだか……」
またも柔らかな頬を上下左右に引っ張る俺。
さっきっからずっと俺の上に乗っていて、しかもお互い水に濡れて居るものだから張り付く感覚が凄い。
それでも彼女は柔らかく、そして軽い。しかも恥ずかしげもないように腹の上へ胸を乗せるものだから……ね?
「むぅ……。私は別にいいのに……」
「そう言われても……」
「だって、私の心も身体も全部あなたのものなのよ? 好きにされるのが嬉しいの。それがたとえママの前でも……」
そんなことしちゃったら絶対に殺されるね。
俺が拒否の意を示すようにワシワシと、その濡れた銀色の髪をなでていくと、彼女は不満そうな顔をしながら起き上がってその両足で立ち上がる。
「ま、今はいいわ。両想いってことも改めて聞けたし満足よ。 それじゃああなた、これからずっと……一生、よろしくね?」
彼女はそう言ってウインクを見せながらプールで談笑をしている3人のもとへ飛び込んでいってしまう。
そんな姿を見送った俺も、心の内に満ち足りた気持ちを感じつつ、すっかり温くなってしまったジュースへと口をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます