目が覚めたら記憶を失っていて、銀髪双子美少女姉妹が彼女になっていたんだが

春野 安芸

第1章

001.目覚め――そして消失


 ――――――――目が覚めたら、知らない天井だった。


 ここは天国か――――。


 なんてありきたりな表現をしたが、死んだとかそういうことではない。しっかりと五感は機能しているし心臓は今もトクントクンと動いている。


 ならばどこか。

 寝起きの怠い身体に抗いながら辺りを見渡すと、そに見えるは固いベッドに頭上には様々なボタン、小さい棚に収められたテレビと冷蔵庫、そして無機質な部屋……どうやらここは病室のようだ。


 他に見えるものといえば洗面台くらいか。

 どうやら俺は病院……そして個室にいることは理解できた。

 けれどそれ以外がわからない。


 何故ここに俺が居るのか――――。

 自らの身体のことは問題なくわかる。手探りで自らの身体を触れる限りでは痛みも欠損も何一つない、至って健康体だ。


 記憶もしっかりと残っている。自分の名前、家族構成、そして数少ない友人のこともしっかりと思い出せる。

 何の問題もない。そう確信を持ちながら足元から頭までゆっくりと手で触れていくと一箇所だけ、頭に達した時点で包帯が巻き付けられているこに気がついた。

 巻かれる包帯に沿って指を動かすと、右側の側頭部に微かな痛みが走る。


 触れない限りはわからない程のピリッとする痛みだが、包帯の下になにかが貼られているような段差が感じられた。

 きっと何らかのことがあって頭を怪我し、病院まで運ばれたのだろう。


 肝心の原因となった出来事はまったく思い出せないが、きっと我ながらバカなことでもしたのだろう。

 ボール遊びに夢中になって壁に頭打ったとか、自転車で転んだとか、そういうバカなこと。

 もう数日もすれば高校生になるというのに、なんとバカなことをしたものか。

 俺は誰も居ない部屋の中、一人で自虐するように苦笑する。


「さて、どうするんだっけ……」


 とりあえず、わからないことばかりだから誰かしら呼びたい。

 えぇと、この場合ってナースコールを押せばいいんだっけ?


 …………どれだろう。いかんせん入院なんて初めてなものだから、聞きかじった知識だけで詳しいことは何もわからない。

 このオレンジの無線みたいなボタンでいいのかな……?でも表示も何もない。もしこれが変なものだったらまずいし……うぅん…………。


 無事起きたはいいが、どうすればいいかわからず押しあぐねていると、ふと扉の向こうからコツ……コツ……と、靴が床を叩く音が聞こえてきた。

 もしかして看護師が来たのだろうか。それならば都合がいい。この部屋に入ってきてくれるなら万々歳だ。

 その顔も知らぬ誰かがここに入ってくることを願いつつ、俺は徐々に近づいてくる足音を待つ。


 近づく音がすぐ扉の正面で止まり、ガラッとスライド式の扉が開くと、ショッピングバスケットを手にした中年女性が姿を表した。


「あっ…………泉…………」

「なぁんだ。 おはよう、母さん」


 泉――――

 目の前の女性……母さんが発したのは俺の名前だった。


 里見 泉さとみ いずみ、生まれたときに与えられた俺の名前。

 もう生まれて15年ちょっとも経つが、未だにフルネームで発音する時はたまに噛む。

 

 そして目の前にいるのは名を考え、産んでくれた母さん。

 そろそろ40も後半になるだろうその髪は染めて茶色にし、体型も普段からダイエットと呟いているかいもあってか余り太っている印象は受けない。


 俺が目を覚ましているとは思いもしなかったのか、そんな母さんは扉前から動かずに目を見開いたままでいたものの、すぐに瞼が閉じてハァァ…………と大きく息を吐いた。


「よかっ……たぁ…………。泉、起きたなら連絡しなさいよ。お医者様から起きるかわからないって言われて本当に心配してたのよ。何日かかるかわからないから替えの服も持ってきてたし」

「そんなだったの? さっき起きたばっかでさ…………俺、なんで入院してるの?」


 真っ先に聞きたかったのはそこだ。

 起きないかもとか言われたって実際に起きてることだし危険な状態だったという自覚は全く無い。


 直近の出来事は……どこまで覚えてるっけなぁ……。

 中学は卒業した。そして高校に入るからってことで実家から10分程度の場所で一人暮らしを始めたことも覚えてる。更には引っ越し直後、いざ春休みも後半だという事実に気がついて少ない休みにゲンナリした記憶だってある。

 事故?事件?そこらへんがまったくわからないがこうして元気だし、大事はないだろう。


「泉、覚えてないの?」

「残念ながら」

「…………そうね。その場に居なかったから聞いた話だけど、事故らしいわ。 横断歩道で左折車に巻き込まれて、ね」

「うっわ……よく生きてたね俺」


 自らの出来事なのに他人事という自覚はある。

 でもその酷さは容易に想像がついた。 

 それも少し前に見たニュースのせいだろうか。 そのニュースでは信号待ち中の学生が左折するトラックに巻き込まれたということを言っていた。テレビに映し出されるのは巻き込まれたのか原型も留めないほどグシャグシャになった自転車。巻き込まれた中学生は残念なことに助からなかったが、よもや俺も同じ目に遭うとは。


 自身に起こったなんて全くピンとこないけど、ホントによく生きてたよ。


「ホントよ。現場は血まみれだって聞くし生きた心地がしなかったわ。 頭打ったから目覚めるかわからないなんて言われたし」

「だから頭痛いのか……。 ところで今何日?俺、どれくらい寝てた?」

「一日すら経ってないわよ。今は……3月31日ね」


 31日……俺の記憶の最後もたしか31日の朝だった。

 たしか朝ごはん食べようとして無かったからコンビニでも行こうとしたんだっけ。道中で事故るとは運のない。


「検査は終わったの?どうだった?」

「いや、今起きたって言ったじゃん。人呼ぼうにもナースコールがわかんなくってさ」

「そうなの? じゃあさっさと呼んじゃいましょ」


 母さんはなんてこともなく、慣れたように俺が押しあぐねていたオレンジのボタンを押していく。

 やっぱりそれだったのか。俺も有無を言わさず押せばよかった。


 ナースコールが押されたからほどしないうちにパタパタと人が駆け寄ってくる音が聞こえてきて、白い服に身を包んだ女性が開かれた扉から顔を出した。


「あら、里見さん起きられたんですね。 今先生を呼んで来ますので少々お待ち下さい」


 柔和な微笑みを残して来た道を引き返していく女性。

 まぁ、ちょっと頭が痛いくらいだし今日中に……もしくは検査を含めても明日には帰ることが出来るだろう。

 一晩くらいならスマホでもつついて適当に過ごせばいい。そんな帰るまでのプランを立て、俺はベッドへと横になる。


「それにしてもよかったわねぇ春休みで。これが学校ある日だったら色々と面倒な事になってたわよ」

「だねぇ。しかも入学前なのも不幸中の幸いだったかな。この程度の怪我なら入学式にも出れそうだし」

「……………………えっ」

「ん?」


 隣から変な声が聞こえてきて俺も思わず首を傾ける。

 そこには母さんがありえない物を見たかのような表情をしていた。目は見開き、言葉を発しようにもうまく声を出すことができない。その手は震え、何とか伸びた手が俺の肩を力いっぱい握りしめた。


「母さん……?」

「泉…………アンタどこまで覚えてる? 今は何日?」

「えっ……さっき自分で言ってたじゃん。3月31日だって……」

「じゃあ、それは何年の? アンタ今何歳?」

「えと……高校入学だから……15歳かな。来年度には16になる」


 揺れ動きながらもしっかりと俺を捉える瞳は次第に閉じられ、肩を掴んでいた手が離れていく。

 そして母さんは何も言わなくなってしまった。目を伏せてうつむき、肩を大きく上下させて深呼吸しているようにも見える。


「母さん……?」


 次第に伝搬して不安になった俺が呼ぶと、母さんは口から大きく息を吸って吐き、ゆっくりと目を開いていく。


「泉…………よく聞きなさい」

「うん……」

「泉は今16歳よ。 そして今のアンタは高校1年生。明日には2年生になるの」

「……………………はっ?」


 今度は俺が、ありえない物を見た顔をした。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「記憶喪失……ねぇ…………」


 案の定というべきか何というべきか、結局俺に異常はあったわけだ。

 医者から告げられたのは当然のごとく記憶喪失。それもこの1年の記憶がスッポリと抜け落ちているのだ。

 思い出そうにも何の取っ掛かりすら得られなくて、逆に俺はすんなりと受け入れられた。

 記憶はなくても1年くらい。確かに高校の1年間は大事だが、ここまで盛大になくなっていると他人事のように感じられて何とかなるとしか思わない。


 そんな一大事に見舞われたが、退院は明日とのことだ。

 午前中は検査して、午後には退院。それも失った記憶以外はほぼ完全に残っていて生活を送ることは問題無いとのことらしい。

 願わくば一刻も早く日常に戻って記憶を取り戻す取っ掛かりを見つけることが大事だとか。


 俺からすれば1年間問題なく一人暮らしできたことが驚きだ。

 スキルも忘れているのにまた一人での生活ができるかということと、2年からの授業についていけるかということが目下の悩みだ。



 そんな誰も居ない部屋で一人、悩みを誤魔化すようにため息を吐いて外を見る。


 現在は夜。窓からは暗闇しか見えない。立ち上がって見下ろせば街頭の灯りくらいは目にできるかもしれないが、そこまで行くのも面倒くさい。

 スマホで時刻を確認するともう日付が変わる頃だった。大人しく寝ようかとも思ったが日中随分と寝ていたせいで全く眠くない。むしろ目が冴えて一番頭が回る予感さえする。


 このスマホも体感では1年だが、2年も使っている事となる。

 いざ写真やSNSに記憶の手がかりでも無いかと探してみたが夕焼けや桜の写真さえあれど人物などそれといったものは一切見つけることができなかった。

 こんな時写真を撮る癖がなかったことを恨めしく思う。もっとクラスメイトの写真とかあれば参考にもなったのに。


「暇ぁ……」


 どうやら1年経っても巡回するサイトとかはあまり変わっていないようだ。

 ブログなどが一気に更新されていることには驚いたが、段々と読み進めることにも飽きてきた。と、いうことで目が冴えている上にすることが無い。

 これが『病院の暇』という名の悪魔か。おそるべし。一晩でもしんどいのに何日も入院する人はどうやって暇を潰しているのだろうか。


「――――ちゃぁん……――――よぉ」

「シッ! ―――――わよ!」

「…………ん?」



 ベッドに身体を放り投げてボーッとしていると、ふと扉の向こうから何者かの声が聞こえてきた。

 声的に二人、それも女性の声だ。こんな時間に歩き回るなんて看護師さんだろうか。夜遅くまでお疲れさまです。


 仕事中の看護師さんといえど会話の盗み聞きはマナー違反だろう。そう思って話し声をスルーしようとしたが、一つ違和感を覚えてしまって耳をすます。

 さっきの小さな声以降、話し声が一切聞こえなくなったものの、足音だけはしっかりと聞こえているのだ。

 普通に歩いているだけかもしれないがどうにも音のする間隔が長い。まるで慎重に進んでいるような、何かから隠れているような、そんな予感のさせる音だった。


 統一性の無い音が段々とこちらに近づいて来るような気がして身震いをする。

 夕方トイレに行く時気づいたが、この部屋は建物の中でも端っこに位置していた。

 このフロアに看護師の待機場は無く、個室のみで構成されている。更にほぼすべての入院者は集団部屋又は別のフロアの個室を使っており、このフロアを使用しているのは俺のみという、期せずしてVIP待遇となっていたのだ。


 つまり、日中でもここに人が来るのは俺の関係者か看護師医者しか居ない。しかしこの重い足取りは病院関係者とは考えにくい。あと考えられるのは…………幽霊?



 …………いやいやまさか。

 もしも幽霊なら音なんて全くしないはずだし。

 いや、まてよ。中学の頃の友人が言っていた。霊感が強い人は霊も人間も違いが分からないくらい鮮明な状態で見えると。そこに音に関する情報はなかったが、もし音も聞こえるのだとしたら。そして病院という出やすそうな環境を考えると……。


 俺は段々と大きくなるカツ、カツという足音に生唾を呑む。

 さっきのやり取り以外一切聞こえなくなった話し声と、確実に聞こえる足音。


 それは、最も来てほしくない場所で止まった。この部屋と廊下を遮る扉の向こう。そこに今、幽霊かもしれない何者かがいる。

 なにか対抗できるものが無いかと辺りを見渡すも、手元にはスマホしか無い。

 そもそも病室、モノなんて無いようなものだし母さんも服しか持ってきてくれなかった。

 つまり俺の身ひとつで何とかするしか無い。俺は身を構えながら扉を注視する。



 カララ…………と。ゆっくり、ゆっくりと音を立てないよう努めているのか扉がゆっくりと開いていく。

 亀よりも遅い、気を遣いすぎた開き方。その速度の落とさに、次第に構えていた警戒が解け、気づけば俺も肩の力を抜いてその姿が現れるのを待っていた。


「お邪魔しま~す……って、起きてる!?」



 ――――ゆっくりと姿を表したのは、少女だった。


 背丈は150台といったところだろうか。俺が通っている学校の制服に身を包み、少し目元が上がった瞳がこちらを捉えて驚いている。


 俺も、彼女の姿を見て驚きを隠せなかった。

 下ろせば肩甲骨まである長いプラチナブロンドの髪をサイドテールにし、通った鼻筋と光沢のある唇。更に人目を惹きつける大きなサファイアのような瞳。まるで物語から飛び出したかのような美少女がそこに居た。

 彼女は驚いたのも束の間、すぐに平静を取り戻したようで、目元が上がって活発と捉えられるような瞳を伏せ、すぐ廊下の方へと振り返った。


「まさか起きてるなんて思わなかったわ……どうしましょ……」

「だから言ったよおねぇちゃぁん……起きてたときのこと考えようってぇ……」

「でも、今だから大丈夫じゃない! このチャンス逃したらどうするのよ」

「でもぉ…………」


 コソコソとなにか話しているがこちらまで届かない。

 向こうに……誰かいるのだろうか。こちらから見ようとしても扉が死角になっているようだ。


「えっと……?」

「あら、ごめんなさい。 ほら、溜奈るな!こっち来なさい!」

「ふぇぇぇ……おねぇちゃぁん」


 溜奈――――。


 そう呼ばれた少女が引っ張られるように出てきた。

 お姉ちゃん。そう呼ばれたように妹だろうか。身体を縮こませ、うつむきがちに見てくる彼女はまるで小動物のようだった。

 先程の少女とは対称的に、すこし目元が下がった大きくてクリクリっとした丸くて蒼い瞳に通った鼻筋。そして彼女も同じくプラチナブロンドの美しい髪を持ち、下ろせば最初の少女と同様の長さになりそうな髪をまとめてポニーテールにする、姉同様物語から飛び出してきたかのような少女だった。


「えっと……ごめんね? こんな夜遅くに、突然……」

「いや、それはいいけど……二人は一体……誰?」


 これほどまでの美人姉妹は俺の知り合いリストに存在しない。

 居たとしたら忘れることなんてないだろう。でも事実、記憶喪失で忘れているのだが。


 俺の問いに姉妹は互いに顔を向けあってゆっくりとうなずく。そして最初の少女が溜奈と呼ばれる少女の肩を持って前に出た。


「や……やっぱり忘れてるのね」

「やっぱり? じゃあ、その服からして二人は高校の?」

「えぇ、そのとおりよ」


 その問いに頷くことから高校の関係で知り合ったようだ。

 何故この二人を忘れるのだろう。今の俺ならばたとえ記憶喪失になろうとも忘れないのに。


「やっぱりそうなんだ。 ごめん、1年の頃の記憶全部忘れててさ」

「いいのよ、それでも。 これからまた一緒になればいいんだし」

「一緒って……?」


 よくわからない言葉につい問い返す。

 一緒ってなんだろう。なにかグループ活動でもしていたのだろうか。


「それさえも忘れてるのね……。 いいわ、教えてあげる。私たちはね――――」


 彼女はそこまで区切って大きく深呼吸する。

 そして真っ白の肌を持つ顔が、いつの間にか真っ赤に変貌していて彼女はそれでも口を開いた。


「あなた、泉はね……。私、怜衣れいと妹の溜奈の二人と、正式に付き合っているのよ!!」

「…………付き合う……。なるほど付き合うね! そっかぁ!!」


 なるほど、俺は二人と付き合っていたのか。

 そうだとしたら俺のことを案じるのも納得だ。だって付き合ってるんだし――――。


「…………って付き合う!?えぇぇぇぇ!!!!!」


 深夜の病室に一人の叫び声が響き渡る。

 それはこのフロア全てに鳴り響いていた――――。

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