045.トドメは任せて
リビングには、静寂が場を占める。いつの間にかテレビは消え、生活音の一つもない部屋と化していた。
ここには俺と父さん、2人も居るというのに、冷蔵庫の駆動音しか聞こえない、全くの無音が続いていた。
それもそのハズ。父さんがありえないことを聞いてきたからだ。
こちらからは背もたれに隠れてその顔が見えやしない。一体何を思っているのだろう。
何を考えて、父さんは俺にお見合いの打診をしてきたのだろう。
「父さん? 俺昨日言ったよね? 彼女いるって」
「あぁ……そうだな……」
昨日俺は確かに言った。父さんも覚えてくれていた。彼女がいるって。仮だが。
ともかく、だからこそ、何故お見合いなのだ。
あれは彼女持ちが行くにはおかしい代物だろう。そもそも時代錯誤過ぎる!!
「ならなんで? そもそも行ったところで意味ないじゃん」
「それがだな…………少しつまらない話になるがいいか?」
「まぁ、うん。 全然いいけど」
父さんはそれまで動かしていたスマホを置いて、コホンと小さく咳払いをする。
するとふと視線を感じて俺はテレビへと視線を移す。
そこには真っ暗なテレビ。しかし、だからこそ反射して鏡のようにリビングの景色が見えるようになっていた。だからこそ気づく、父さんは俺をテレビ越しに見ていると。その事に気がついた俺も思わず背筋をピンと伸ばした。
「父さんにはな、高校時代……一人の親友がいたんだ。 大人になっても、ジジイになっても仲が続くと思った親友が。
父さんもアイツも、この関係は不滅だと信じていた。だが、そんな仲も大学に進み、就職するとだんだん細くなっていってな……。それでもなんとか連絡を取り続けていたんだが、ふと向こうの家庭が慌ただしくとか何とかで以降連絡が取れなくなったんだ。それ以降数十年、音沙汰なしだ」
「まぁ……そういうこともあるよね……」
学校という繋がりがなくなれば、よっぽどのことがなければ連絡を取り続けるのは難しいだろう。
俺だってそうだ。小中の友達で継続している人なんていやしない。ハク以外は。
「しかし最近、久しぶりにソイツと会ってな。もう25年ぶりくらいになるだろうか……姿もそこそこ変わっていたがすぐに気付いたよ。あぁ、アイツだって」
「…………」
「で、もちろんアイツも気付いて軽く昔話や近況でも話し合ったさ。そんな時、高校を卒業するタイミングで一つの約束をしたことを二人して思い出したわけだ」
「……へぇ」
25年ぶりに親友と出会えるってすごい。そんな昔は俺が生まれているわけもないし、下手すれば小学校の友達と今会っても俺はわからないかもしれない。
――――って、あれ?なんかその話既視感がすごい。
どこだっけ……かなり最近聞き覚えあるような気もするんだよなぁ……。
「その約束が……お互い子供ができたら紹介しあうってやつだ。で、話を進めていくうちに向こうは同い年の娘さんって言うからせっかくだしお見合いってことになってな…………。ははっ、いっつも突然で言ってくるから飽きないやつだよ。あの――――柏谷 誠は」
「……んん?」
なんて言った?
なんかぶっ飛んだお見合いのプロセスも気になったけど……まず気になったのは名前だ。
柏谷 誠? ……柏谷?
「あぁ、もちろん泉に彼女が居るってことも知ってる。その上で向こうに話したが、もう一昨日からセッティングしてしまったから断る前提でも是非会ってくれって今日言われてな……」
「おっ……おぉ…………」
「でだ。 そのお見合いが明日なんだが……いいよな? お見合いって言っても2人で飯食うだけだ。美味いモン食って丁重にお断りして帰る。簡単だろ?」
確かにそれだけ聞くと簡単だ。
でも、何故だろう。冷や汗が止まらなすぎる。
「まぁ、もう話が進んでる以上断ることなんてできないんだが……。 そういうことだ。俺は風呂入る」
「…………えっ? あっ!父さんっ!!」
俺がさっきの話を咀嚼していると、もう話は終わりだというようにリビングを出ていく父さん。
えぇ…………ただでさえお見合いなんてこの時代現存するとは思えなかったイベントに、まさかの名字…………。
でも!日本は広いんだ!名字なんて偶然だろう!昼間似たような話を聞いてしまったから俺が勝手に結びつけてるだけに決まっている!!
「あら、泉、話はもう終わったの?」
「母さん…………。俺、お見合いすることになった」
父さんと入れ替わるように入ってきたのは母さん。俺の言葉に驚いたのかその目が軽く見開く。……聞いてなかったのか。
「お見合い!? でも泉には今朝の溜奈ちゃんやハクちゃんがいるわよね!?」
「昔の親友との約束とか何とか。断る前提でいいって」
「昔の…………あぁ、あれね…………」
それを聞くとさっきとは一転、何か心当たりが会った様子を見せる。何か聞いていたのだろうか。
俺は心当たりがありすぎて冷や汗が止まらないけどね。
「泉、もしハクちゃんに言われたら母さんからもフォローするから行ってあげてくれる? もう十数年も言い続けてたのよ……あの人」
「そんなに…………」
「下手すればおじいちゃんになっても、死んでも気にするほどだもの。さすがに泉の前では出さなかったけどね。
父さんにとっては、一種の心残りだったのだろうか。
それが最近ようやく会えて解消できると。そんなのズルい。行かないなんてできないじゃないか。
「まぁ……行くだけ行ってみるよ。行ってゴメンナサイするだけだし」
そこまで頼まれちゃ仕方ない。多少の罵声くらいは許容しよう。
……罵声に加えて強烈な眼光とフルパワーの右手もセットで付いてきそうだな。
「お願い。そうしてあげて。 きっとお父さんも喜ぶわ」
「うん……。 あっでも、服って準備してないんだけど、どうすんの?」
「そんなの制服でいいじゃない。あんまり気負わなくても学生はあの万能服で十分よ」
それもそうか。
学生服って冠婚葬祭全てに対応するって聞くし、こういうとこでも問題ないだろう。
それに、向こうも俺のことを聞いてるだろうし、気負う必要ないからって同じようにしてくるはず。
前向きに考えたら、降って湧いたご馳走が食べられる機会だ。
父さんもそんな感じでいいって言ってたし、期待していいだろう。
「わかった。 でもホントに頼むよ。ハクへの説明」
「もちろんよ。アンタがいない間どれだけここでお茶したと思ってるの」
え、なにそれ知らない。
俺が家を出た結果そんな事になってるの?
「お茶って言ってもフラッと立ち寄る程度で1時間もいないわよ。でも…………ふふっ、泉ったら愛されてるわねぇ~。ハクちゃんったら口開けたらアンタのことばっかり話すのよ」
「俺のこと!?なんで!?」
「なんでってアンタが自分のこと話さないからじゃない。小テストの結果とか、毎回宿題を見せてもらってることとか色々聞いてるわよ」
げっ。
宿題の件も筒抜けなのか。
「もう泉ったらハクちゃんに依存しっぱなしねぇ。だからこそ2人付き合ってると思ってたけど……現実はもっと多いとか……はぁ……」
「それは……色々と事情が……」
「前に聞いたわよ。とりあえず今はうるさく言わないけど……ちゃんとこれからのことも考えなさいよね」
「……ん」
俺の小さな返事が母さんに届いたのか、一つ頷いて夕飯の鍋を温め始める。
……あぁ、そうだった。昨日のご馳走に頭が行き過ぎて今日の夕飯のことがすっぽり抜けていた。お腹すいた。
「まぁ、まだ若いんだしたまには転んで世の中を覚えなさい。トドメはちゃんと刺してあげるから」
「そこは起こしてよ……」
俺は夕飯の準備をしてくれる母さんに甘えつつ、棚からお皿をいくつか取り出していく。
そうして母さんの手伝いをしつつも、頭の中は明日のことでずっと占めていた。
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