053.幕間2.5
「はぁ…………」
春の心地よい風が私の脇を通って涼やかさを目的とした服を揺らす。
天気は快晴と言っていいほどの照り具合。日焼け対策もそこそこで十分と言えるこの季節の青空の下、私の心は曇り空だった。
手を動かしつつも、ついついため息が出てしまう。
そんな中でも私は石の隙間で見つけたプラスチック片を拾い、ビニール袋に入れていく。
「私…………なんでこんなことしてるんだろぉ……」
青々とした空を見上げて一人呟くも、返ってくる声なんていやしない。
私は一人、この河原の清掃作業を黙々と進めていた。
今日は週末の土曜日。
私はボランティア活動の為、1人現地の河原へとやってきていた。
身体を動かすからと学校指定のジャージに身を包み、意気揚々と現地に着いたはいいが、そこにいる生徒は私一人だった。
地域のボランティア活動だから大人が多いとも思ったが、辺りを見渡しても大人は部活の先生と知らない女性をの2名のみ。つまり計3人しか集まっていなかったのだ。
いくら休日のボランティアといってもこのくらいのものだろうか。
そう疑問に思って先生に問うと、他校の生徒は遅刻の連絡が入ったらしい。
遅れども来るならば問題ない。ということで開始された河原の清掃活動、私は始まって早々やる気が削がれてしまっていた。
確かに人が多いより少ないほうが気が楽。けどここまで少ないと手を休めることもできない。
いや、休み休みやってもいいのだが、私の中の真面目な部分がそれを許さなかった。まだおねぇちゃんが居たらペース配分すら引っ張ってくれただろう。
しかしここには私1人。そんな自らを律し過ぎている事に嫌気が差しつつ、仰いでいた顔を地に向け手にしていたトングを伸ばす。
「おねぇちゃん……なにしてるかなぁ……」
淡々と見かけたゴミを拾いながら考えるのはおねぇちゃんのこと。
今ならきっと、ようやく起きて朝ごはんを食べてる頃かな?おねぇちゃんは休みの日、いっつも起きてこないから朝ご飯がブランチになっちゃう。
もしここにおねぇちゃんが居たら……きっとゴミの数で競争とか言って楽しくやっていたのかも。でも、今は私1人なんだ。おねぇちゃんは今晩の準備で忙しいんだ。
「どう? 順調?」
「ひゃっ!!」
ふと寂しさで肩を落としていると、隣に人が来ている事に気づかなかった。
小さな悲鳴を上げつつその方向に目をやると、私と同じくビニール袋にトングを持った先生の姿が。
「な……なんですか……?」
「いやぁ、1人で黙々とやってるから順調かなって。 どう?体調とか大丈夫?」
「いえ……平気です…………」
「そっか。 じゃあこれ、飲み物。熱中症には気をつけてね?」
先生は近くの自販機で買ってきてくれたと見られるスポーツドリンクを手に乗せる。…………冷たい。
「ありがとう……ございます」
「いえいえ~。 あ、そろそろ向こうの学校の人が着きそうだって。よかったね、ようやく一人じゃなくなるよ?」
「はぁ……」
「じゃ、まだ序盤だけど頑張ってね。 それじゃっ」
それだけを言い残し先生はその場でゴミを拾うことなく元の場所へ戻っていった。
もしかして、熱中症を気にしてくれたのかなぁ? 私は貰った飲み物をほんの少しだけ飲んで、バッグにしまい込む。
「向こうの学校……かぁ」
先生の他に一人いた大人の人。あの人が別の学校の先生らしい。
そういえば学外で同年代の人と関わるのは初めてだ。普段こうやって課外活動なんてしたことなかったし、そもそも外に出る時はいっつもおねぇちゃんが側に居てくれたから――――
「優しい子だと……いいなぁ」
よくよく考えたら1人で外出なんてなかったし、その上で他人と話すなんて初めてだ。
亜由美ちゃんみたいに、友達になれそうな子だったら嬉しいかな。
「優しい子? 何の話?」
「ぇ…………? ひゃぁっ!!!!」
ふと漏れた言葉に反応するように、すぐ横からヒョコッと現れた人影に私は甲高い声を上げてしまった。
「わっ! ごめん。驚かせた!?」
「ぇ……ぁ……いぇ…………」
その姿に驚いた私は身体を抱きつつ数歩後ずさりをする。
そこに居たのは、男の子だった
おそらく私と同年代くらいの、男の子。
短い黒髪に私よりかは遥かに高い身長を持つ少年。
その姿に、私は自らが温室育ちだということを自覚させられた。
幼稚園の頃から女の子に囲まれ、街ですれ違うことはあっても面向かって会話なんてしたことがなかった同年代の男の子の存在。
きっと平時ならおねぇちゃんが代わりに対応してくれていただろう。けれど今日は居ない。それが私にとって何より新鮮で……怖かった。
「ごめん、遅れて。 知らないうちに目覚まし止めちゃってたみたいでさ。今日に限ってハクは委員会だし……」
『ハク』という人はわからないけど、彼が遅刻してきた生徒だということは間違いないようだ。
その手にはビニールとトングが握られて学校指定であろう体操服に身を包んでいる。バッグもちゃんと学校指定みたい。名前が刺繍されているが……揺れて見えない。
「俺もここらで拾っていい? 他の場所結構綺麗みたいだし」
「は……はぃ……どうぞ…………」
私は小声になりつつもなんとか返事をする。
自分がドライだということは自覚している。
おねぇちゃんが居ないと、自然とこうなってしまうのだ。それをおねぇちゃんに話すと、「きっと自分を守っているのでしょうね」と教えてくれた。
流石に失礼過ぎたかと彼の様子を伺うと、全く気にしていないかのようにゴミを拾っていって心の中で胸を撫で下ろす。
「ねぇ」
「ぇ? ぁ、はぃ……」
「普段からこうやってボランティアやってるの?」
「いぇ……今日が、初めてで……」
「俺も俺も。 テストでハク……親友と勝負したんだけど負けちゃってさぁ。その罰ゲームとして誰も手を挙げないこれに立候補しちゃったんだよねぇ」
罰ゲーム……私も実際のところ似たような認識だったし、あんまり乗り気じゃなかったからなんとなくわかる。
そんなに嫌なら来なければいいのに…………。 あ、もしかして今日遅れたのは……。
「それで……抵抗して遅刻したんですか?」
「え? いやいや!普通に寝坊しただけ! 休みの日って10時まで寝ちゃうからついっ!」
「へぇ…………ふふっ」
その言葉に私は気づかれない程度に小さく笑みをこぼす。
なにそれ、おねぇちゃんみたい。 おねぇちゃんも朝弱いからいっつも私が起こす事になっちゃう。今日も、ちゃんと起きれたかな?
「あ、そうだ」
「?」
「ねぇ、せっかくだし勝負しない?」
「しょう……ぶ?」
彼は何か思いついたかのように提案をしてくる。
勝負……?初めて会ったのに?いきなり?なんで?
「別に負けたらどうって話じゃないんだけどさ。 つまらないゴミ拾いにゲーム性を入れようってだけ」
「はぁ……」
「そうだねぇ…………じゃあ、今から30分、どっちが多くのゴミを入れられるかってのは?今まで拾った分はハンデで」
「――――!!」
私はその言葉と笑みに、今まで考えていた姉を幻視してしまう。
屈託なく笑う表情に優しげな雰囲気、そしてリードしてくれる安心感。私は無意識のうちにその首を縦に振っていた。
「よしっ! じゃあ時間は……30分間! 残りの1時間は頑張ったんだしちょっとくらい休んだって文句言わないでしょ! じゃあ……スタートっ!!」
「えっ!? もうっ!?」
彼はそこらにバッグを放り投げて小石の上を駆けていく。
その唐突なスタートに、私も慌ててゴミ拾いに取り掛かるのであった――――。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「…………マジ?」
彼は、ハァハァと息を切らしながら目の前の光景に目を丸くしている。
手にしていた袋をも落とし、信じられないと言った様子だ。
「私の……勝ち?」
唐突に始まったゴミ拾い勝負。
あれから30分の時が経過し、私達は再度集まってその袋を見せあっていた。
彼の袋の中には全体の3分の1ほどの量が。だいぶ大きめの袋にそれくらいだから集まったほうだろう。
けれど、私の袋は半分以上積み重なっていた。比較するとその差は歴然。私は彼に勝ってしまったのだ。
「なんで……あんなに走り回ったのに…………」
「だって、始まると走ってっちゃったから……私の近くにゴミいっぱいあったんだよね?」
「!!!」
彼が最初、私の側に寄ったのは他の場所だとゴミが少ないからという。
なのにすぐ駆けていってしまえばゴミは見つからないはず。自分で言ってたのに忘れちゃってたなんて……もしかして彼はバ――――なんでもない。
「ま……まぁ! 今回は負けちゃったけど罰ゲームとか設定して無かったしっ!今回ばかりは負けを認めてやっても――――」
「罰ゲーム?」
「ハク様ゴメンナサイ嘘ですジュース買ってきますっ!!」
ふと気になった単語に小首をかしげると、彼は何か勘違いしたのかダッシュで自販機まで。
えっ?どうして?私何も言ってなかったはずだけど……。
もしかしてハク様って言ってたし、いっつもこうやって負けてるから反射で動いちゃったのかな?
あ、でもジュースって……さっき先生に貰ったのがあるのに。
「買ってきましたっ!! こちらどうぞっ!!」
すぐに戻ってきた彼が差し出してきたのは先生のと同じ、スポーツドリンク。
しかし、手にしていたのは一本だけだ。
「一本だけ……?」
「え?あぁ、俺の? ほら、貧乏学生って色々と苦労があってさ……」
そういって笑いかけるも視線はずっとジュースを追っている。……飲みたいんだね。
「私は……ほら、自分のがあるので飲んでいいですよ?」
「……いいの?」
「はい。もともと罰ゲームは無いって言ってましたから」
それに、そこまで欲しそうな目をされちゃね。
私は日に照らされて失った水分を取り戻すため蓋を開けて口につけようとしたところで、「待って!」と声がかかった。
「はい?」
「せっかくだし、冷たいほう飲みなよ。俺は常温のでいいからさ。 それとも冷たいの苦手だった?」
「いえ、私も冷たいほうが気持ちいいですが――――あっ!」
「じゃあはいっ! こっちは俺が貰うね」
彼は私の手からペットボトルを取り、そのまま冷たいペットボトルへと入れ替える。
更に喉が乾いていたのか常温のペットボトルを勢いよく傾けゴクゴクと飲み始めた。
ふふっ。いい飲みっぷり。ずっと駆け回ってたし喉乾いてたんだろうな。
――――あれ?そういやそれ、殆ど減って無かったけど、開けた時の感覚は開封済みだったような……いつ開けたっけ…………あれは確か貰ったばかりの時…………
「――――!!!!」
「ん? どうしたの?」
「い……いえっ! なんでもないですっ!!」
その開封済みのペットボトルの秘密に気付いた私は、慌てて背を向けてその赤い顔を隠す。
そういえば、それ……貰ったばかりの時一口だけ飲んだから……つまり、関節キ――――
「~~~~!!!」
その真実を認識するや火を吹くように赤くなる私の顔。
まさか……初めて会った人と……初めてまともに話した同年代の男の子と、――――するだなんて!!
「? まぁ、ジュースありがとね。 それじゃあそろそろここらのゴミも無くなってきたし、トイレも行きたいからまたね」
「はい……また…………って、あ…………名前、聞き忘れちゃった……」
彼は背を向けた私を気にすることなく遠くへ駆けて行ってしまう。
私はしばらく立ち尽くした後、火照った顔を必死に抑えつつ、名前も聞き忘れた彼をせめて写真に収めようと、スマホに手を伸ばすのであった――――。
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