第2話 ピピとロレッタ
「なんなんでしょう、あの平民」
「本当ですよ。クレア様のような高貴な方にあんな気安く……」
ここは学院の中にある東屋ですわ。
学院の中にはいくつかこういう場所があり、学生たちが思い思いの時間を過ごすことが出来るようになっています。
わたくしとピピ、そしてロレッタの三人は、中庭の中央にあるこの東屋でよくお茶をしているのでした。
ピピは財界に太いパイプを持つバルリエ家の令嬢で、ピンクがかった茶色いミディアムロングの髪に白い肌をした可愛らしい娘。
ロレッタは武の名門クグレット家の令嬢で、黒色のショートカットをした少しボーイッシュな娘です。
二人ともわたくしの友人で、学院に入ってからも行動を共にすることが多いのです。
お茶会には様々なお菓子が並びますが、一番の肴は何と言ってもお喋りです。
遠い西国から取り寄せた紅茶と、国内有数の食料品店であるブルーメの菓子を食べながら話すのは、あのおかしな平民のこと。
「クレア様、いいんですか? あんな風に言われたままで」
「そうですよ。このままじゃ学院の秩序が乱れます」
二人の言わんとすることはわたくしもよく分かっています。
貴族のトップたるこのわたくしが平民に侮られると言うことは、この国の貴族全体が侮られるということに他なりません。
そんなことがあってはならないのです。
「おーっほっほ! 安心なさいなロレッタ、ピピ」
わたくしは二人を安心させるよう、力強く笑って見せました。
「あんな平民の一人や二人、すぐに追い出して見せますわ」
そう。
簡単なことなのです。
いくら変わっていようと所詮は人の子。
少しいじめてやれば、居場所を失って学園を去るはず。
弱い者いじめはあまり好きではありませんが、これは秩序のためですもの。
「さすがクレア様。頼もしいです!」
「それでそれで? どんな風にしてあの者を追い出すんですか?」
「そうですわね……」
貴族の間でも、誰かをいじめたり、誰かにいじめられたりというのはよく聞く話です。
けれど、貴族の頂点の家に生まれたわたくしは、ついぞそういうものとは無縁に育って来ました。
困ったことに、具体的にどういじめたらいいのか分からなかったのでした。
「参考までに、ピピとロレッタならどう攻めますの?」
「私ですか? 私なら……そうですね、上履きにガラス片を仕込みますかね?」
「が、ガラス!?」
え、ガラスってあのガラスですわよね?
そんなことをして、万一相手が気付かずに履いてしまったら、大変なことになりませんこと?
冗談ですわよね?
ピピはそんな怖い子じゃありませんわよね?
「そ、そう……。ろ、ロレッタはどうですの?」
「私なら……制服に火でもつけてやるかもしれません」
「火!?」
そんなことをしたら大やけどでしょう。
どうしましょう。
貴族の間のいじめって、いつの間にかそんなにエスカレートしていたんですの?
風紀委員は何をしているんですのよ。
「でも、クレア様のことだからこんな生ぬるいものじゃありませんよね?」
「クレア様があの者をどうやって追い詰めるのか、ぜひうかがいたいですわ!」
なぜかハイテンションになっている二人が、わたくしは少し怖くてよ?
とはいえ、このまま二人に乗せられてしまえば、いじめなどという表現では誤魔化せないような惨事になりそうです。
何かいい手を考えなくては……。
……そうですわ。
「ピピもロレッタも甘いですわね。過激に攻めるだけがいじめじゃありませんのよ?」
「と、仰ると?」
「ごくり」
わたくしの言葉に、二人は目を輝かせています。
だからどうして期待に満ちあふれた顔をしてますのよ。
この二人の知らなくていい一面を知ってしまったようで、わたくしちょっと引いてますわよ?
「まずは……後ろから突き飛ばしますわ」
「階段からですか!?」
「ベランダからですよね!?」
ねぇ……、ちょっと落ち着きなさいな、あなた方。
というか、あなた方の中のわたくしのイメージはどうなっているんですのよ。
「その次は……踏みます」
「ピンヒールでですか!?」
「顔をですよね!?」
ピンヒールで顔なんて踏んだら、骨折ものですわよ!?
当たり所が悪ければ命に関わりますわ!?
「そして教科書を……」
「切り刻む!?」
「いえ、燃やすんですね!?」
そんなことしたら貴重な紙が無駄になるでしょう!?
全ての資源は神からの授かり物ですのよ!?
「さらに彼女を一人にして……」
「監禁ですか!?」
「クレア様、鬼畜ー!」
鬼畜なのはあなた方二人ですわよ!?
わたくし、友だち選びを間違えたかしら……。
「み、水を……」
「一切、飲ませないんですね!?」
「あまつさえ目の前で優雅にティータイムを!」
そんな殺伐としたティータイムいやですわよ!?
ピピとロレッタが、なんだか遠い国の住人に思えて来ました。
「机の上に花瓶を……」
「置いて割った所に顔を!?」
「押しつけて!?」
どんなバイオレンスですのよそれ!?
相手は平民とは言え、女性の顔をなんだと思っていらっしゃるの!?
「……さすがはクレア様……」
「……私たちなど遠く及びません……」
「そ、そうかしら……」
わたくしはあなた方がちょっと怖くなりましたわ。
今は落ち着いていますけれど、さっきのテンションはどこかあの平民に近いものがありましたわよ?
このお茶とお菓子、何か変なもの混ぜられてませんわよね?
そういえばお酒の入ったお菓子もありましたけれど……。
もしかして?
「ま、まあ……具体的な内容はともかく、わたくしに任せておけば大丈夫ですわ。あの平民はほどなく学院から姿を消すことになるでしょう」
わたくしは落ち着きを取り戻しつつ、カップを傾けました。
「私たちも協力しますね!」
「ええ、もちろん!」
二人はそう言ったのだけれど、
「なりませんわ!」
「クレア様……」
「どうしてですか……?」
わたくしは二人の助力を拒絶しました。
「あなたたちの手を汚させはしません。わたくしが手ずから、必ずあの平民を屈服させて見せますわ!」
そう。
あの者が一人でわたくしに向かってくるのなら、わたくしとて誰かの力を借りるわけにはいきません。
あの平民はわたくしの手で引導を渡さねば。
「さすがです、クレア様」
「ピピはますますクレア様を尊敬いたします」
二人が心酔したかのような視線を向けて来ました。
二人はどうも思い込みが強い所があるので、何を考えているのか心配ですわ。
「いいですわね、ピピ、ロレッタ。あなた方は手出し無用ですわよ? よろしくて?」
「はい!」
「クレア様の手腕を拝見いたします!」
こうして、あの生意気な平民をいじめる計画は進んでいきました。
でも、夕食の時間までを費やした全ての案が、あの平民にとってはただのご褒美にしかならないことが後日判明するのでした。
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