第15話 歓迎会

「それでは、バウアー王立騎士団第百四十三期生の入団を祝って――乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」


 グラスを打ち付け合う音が部屋に響きました。

 ここは学院の中にある騎士団に割り当てられた会議室です。

 普段は書類に埋もれているらしいのですが、今は綺麗に片付けられ、デスクには様々な料理が大皿で配されています。

 わたくしが普段口にしているものと比べると一段落ちますが、普通の貴族なら喜べるレベルのご馳走が並んでいます。

 平民などは乾杯の音頭の直後から忙しなく料理を自分の皿に盛り付けているのでした。


「全く……卑しいですわね。これは言わばセレモニーですのよ? 食事は形式的なものですわ」

「えー、だってもったいないじゃないですか。それに、これ結構いけますよ?」


 平民の皿を見ると、数種のパンにローストビーフ、野菜のマリネなどが手際よく盛り付けられていました。

 彼女の頭上ではウォータースライムのレレアもビスケットをもぐもぐしています。


「ふん、平民のあなたにはそれで満足なのでしょうけれど、わたくしの口には――」

「クレアは不満なのかい?」

「ゆ、ユー様……」


 わたくしが平民を嘲ろうとした所にやってきたのはユー様でした。

 その手には平民と同じく、料理が盛られた皿があります。


「結構、美味しいよ? そりゃあ、ブルーメなんかと比べるのは気の毒だけどさ」

「おう。ローレック団長たちが気ぃ利かせてくれたみてぇだな」


 ロッド様もお肉をもりもり召し上がっています。


「……クレアは食べないのか?」


 そう尋ねて来たのはなんとセイン様でした。

 セイン様も自分の皿に野菜を中心とした料理を盛り付けて召し上がっているようでした。


「あ……えっと、その……わたくしは……」

「お待たせしました、クレア様。お料理をお持ちしました」


 一人孤立しそうになっていたわたくしを救ってくれたのは、レーネでした。

 レーネは焼き菓子を中心にしたデザートを綺麗に盛り付けた皿をわたくしに向かって差し出すと、パチンとウィンクして見せました。


「ああ、レーネに取りに行かせてたんだね」

「ええ、ええ! そうなんですのよ。レーネに任せておけば、栄養バランスもばっちりですのよ」

「そうだよなあ。これだけ歓待されて口をつけないなんて無礼を、フランソワ家の令嬢がするわきゃねぇか」

「……ふむ」


 三王子も納得した様子を見せました。

 さすがはレーネ、わたくしのメイド。

 どこかの役立たずとは大違いですわね。


 わたくしがホッと胸をなで下ろしていると、ローレック団長がやって来ました。


「王子様方にクレア様、入団おめでとうございます。レイとミシャもおめでとう。優秀な団員を迎えることが出来て、団としては嬉しい限りですな」


 がっはっは、と豪快に笑うローレック団長は、あまり礼儀作法を得意としていないようですが、不思議と無礼さを感じさせない人でした。


「おう、団長。世話になるぜ」

「最初は勝手が分からず迷惑をかけると思うけど、よろしくね」

「……よろしく頼む」


 それは三王子も同じだったようで、彼の無礼を咎めることはせず、むしろ彼を立てるような発言をなさいました。


「よろしくお願いしますわ、団長」

「これはこれは皆さんご丁寧に。こちらこそよろしくお願い申し上げる」


 わたくしも王子様方に習って挨拶をすると、ローレック団長はからからと笑いました。

 つられたのか、平民の上でレレアもぴょんぴょん跳ねています。

 可愛いじゃないですのよ、もう。


「副団長も紹介しておこう。ランバート、こっちに来てくれ」

「はい」


 ローレック団長に招かれ、人の間を縫ってやってきたのは、細身の学者然とした雰囲気の男性でした。

 わたくしは彼のことをよく知っています。


「彼の名はランバートと言います。クレア様はご存知ですな。レーネの兄に当たります」

「ええ、存じ上げております」

「妹がお世話になっております」


 そう言うと、ランバートは如才なく礼をしました。

 その所作には淀みがなく、ローレック団長よりもよほど団長然としているほどでした。


「ってーことは、平民か。平民で騎士団に合格するたぁー、優秀なんだな」

「いえ、私など……」

「こら、ランバート。無意味な謙遜はするな。ロッド様の仰る通りです。彼は戦闘能力こそ人並みですが、彼にしかない才能があります」

「へえ、それはどんなものだい?」


 ユー様も興味を持ったようでした。


「彼は魔物の研究者なのです。従魔化を始めとする魔物のコントロールを専門にしています」

「魔物のコントロール、ですの?」


 わたくしは平民の頭の上に視線をやりました。


「その節は世話になりましたね、ランバート」

「クリストフ様!?」


 柔和な声と供に現れたのは、背の高い金髪碧眼の男性でした。

 その一挙手一投足に気品が溢れており、その隙のなさは王族たる三王子にも負けないほどでした。

 彼の名はクリストフ=アシャール様。

 カトリーヌの義理の兄であり、名門アシャール侯爵家のご嫡男です。

 彼はロレッタの婚約者でもあります。


「よかった。来て下さったのですな、団長」

「よして下さい、ローレック。私はもう団員ですらないのですから。他ならぬあなたの頼みだからこうして顔を出させて貰いましたが、本来であれば私はここにいることの許されない身ですよ」


 クリストフ様は苦笑しながら言いました。


「それはそれとして、これ食べますか? ドーナツという焼き菓子なのですが」

「ふむ、奇妙な形の菓子ですな? ……ん、味は悪くないと思います」


 クリストフ様は手に持っていた紙袋から円形の焼き菓子を取り出すと、それをローレック団長に手渡しました。

 一口囓ったローレック様は及第点、という顔をしました。


「焼き菓子のことはともかく、あいつらは一体何の話をしてたんだ?」

「なんだろうね?」

「……分からん」


 わたくしは彼らが何について話しているか分かっていますが、三王子は最初よく分からない様子でした。

 ローレック様はそれに気がつくと、王子たちに向き直って口を開きました。


「去年、学院の周辺で噂になった魔物騒ぎのことはご存知ですか?」

「ああ、ちらっと耳に挟んだことがあるな」

「確か軍用の魔物が逃げ出したんだっけ」

「……キマイラだと聞いている」


 さすがは王子様方。

 ご自分に必ずしも関係が深くなくても、重要な案件には全て目を通していらっしゃるようです。


「王子様方もご存知でしたか。ああ、これいかがですか? なかなか美味しいお菓子なのですが」


 クリストフ様は王子様方にもドーナツという菓子を勧めました。


「一つ貰うか」

「あ、美味しいね?」

「……悪くない」


 一つずつ手に取って口に入れた王子様方の反応は上々です。

 わたくしも気になったので一つ頂きましたが、私の口には少し合いませんでした。

 悪くはないのですが、少しジャンキーな味がしましたわ。


「ところで、話の続きだけどよ」

「ええ、ロッド様たちの仰る通りです。市民からの通報で我々騎士団が出撃したのですが……平民たちに被害を出した上、キマイラを取り逃がすという失態を犯してしまったのです」


 クリストフ様が穏やかに説明をすると、ローレック団長とランバートが気色ばみました。


「あれは失態などではありません! 学院内の貴族主義派が功を焦って余計なことをしなければ――」

「そうです! それなのに奴ら、クリストフ様に言いがかりを……」

「実際に、被害は出たのです。キマイラに襲われた平民の女性――確かマリエル=モンと言いましたか。彼女は重傷を負い、彼女の菓子店も経営が立ちゆかなくなったと聞いています」


 やりきれません、とクリストフ様は沈痛な面持ちです。


「その取り逃がしたキマイラを捕らえたのがランバートなのです。彼は研究中の魔物を操る魔道具を使って、キマイラを見事取り押さえました」

「その甲斐あって、平民の身でありながらこうして騎士団の一員に加えて頂きましたが、一方でクリストフ様は引責辞任なさったのです」

「責任者というのは、いざという時に責任を取るためにいるのです。これは当然の結果ですよ」

「しかし――!」

「そこまでにしましょう。王子様方の御前です。これ以上の問答は控えるべきでしょう」

「……はい」


 クリストフ様に諭され、ランバートは引き下がりました。

 どうもランバートはクリストフ様のことを崇敬しているようですわね。

 クリストフ様は父であるクレマン様とは違い、公明正大な人格者でいらっしゃるので、平民にも人気があると聞いています。


「前置きが長くなりました。王子様方、クレア様、そして平民の二人も、騎士団のことをよろしくお願いします」


 そう言うと、クリストフ様は軽く礼をしてから、会場を後にしました。

 辞任した前団長がいつまでもいるのはよくないと考えたのでしょう。

 思慮深い方ですわ。


「なんつーか、遊ばせておくにゃ惜しい人材だな」

「ただ、彼の父親がね……」

「……アシャール侯爵はあまり好かん」


 三王子もクリストフ様には好印象を持たれたようですが、やはりネックはクレマン侯爵のようです。

 クリストフ様を下手に重用すると、それはすなわちアシャール侯爵家を重用することになり、ひいてはクレマン様を増長させることになります。


「クレアひゃま~」

「なんですのよ、平民。というか、パンをくわえたまま喋るんじゃありませんわよ。レレアが真似したらどうしますの」

「貴族って大変ですねぇ」

「今頃気がついたんですの? あなた方お気楽な平民とは違うんですのよ」

「平民で良かったです」


 のほほんとした平民の顔を見ていたら、何だか気が抜けてしまいました。


「ま、アシャール家のことは追い追い考えるさ。親父だってクリストフみたいな優秀なヤツはほっておかねぇだろうし」

「そうだね」

「……」


 わたくしはまだ知らなかったのです。

 この時話題に出たキマイラ騒ぎやクリストフ様のことが、いずれわたくしにも関係してくるなんてことは。

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