第14話 魔法合戦

「おーっほっほ! わたくしが直々に引導を渡してあげますわ」


 わたくしは自信満々に笑いつつ、平民に指を突きつけました。


 ここは学院の演習場の一つです。

 わたくしと平民は騎士団選抜試験の一次試験を突破し、実技試験へと進んだのでした。

 実技試験は模擬戦です。

 既に九組の対戦が終わり、残すは私と平民だけになりました。


「そうは行きませんが、たくさん遊びましょうね」


 わたくしを前にしても、平民は余裕の表情です。

 ふん、きっとダブルキャスターだからと言ってうぬぼれていますわね。


「遊び、ですって? 平民風情が、わたくしを簡単に倒せると思わないことですわ」

「ふふ、頑張ってください」

「キー!」


 平民は飽くまでわたくしを小馬鹿にしたような態度を崩しません。

 目にもの見せてくれますわ。


「両者準備はいいですか?」

「よくってよ」

「はい」

「では、最終試合……始め!」


 わたくしは魔法杖を油断なく構え、平民の出方を見ました。

 しかし、平民は特に何をするでもなく片手にだらりと杖を提げ、こちらの様子を窺っているようです。


「来ませんの?」

「クレア様こそ」

「わたくしのは余裕というやつですわ」

「そうですか」


 軽い言葉の応酬。

 しかし、平民はやはり動こうとしません。


「あなた、ホントに来ませんの? 勝負にならないじゃないですの」

「や、私はクレアを眺めているだけでも幸せなので」

「おちょくってますわね!?」


 こうなったらわたくしから――と思ったその時、


「まあでも、こうしていても何ですし、私から」


 平民すっと右腕を上げました。


「閉じろ」


 言葉と供に視界が閉ざされます。

 気がつくと、わたくしは何かの中に閉じ込められていました。

 どうやら土属性魔法で作った檻のようです。


 侮られたものですわ。


「ふん、こんなもの」


 わたくしは火属性魔法の槍を叩きつけると、土壁を溶解させて外に出ました。

 全くもう……、少し土埃が着いてしまったではありませんのよ。

 わたくしが肩を払っていると、平民の方でまた動きがありました。


「ではさらに嫌がらせを」


 平民は小さな石製の矢を生成して、こちらに放ってきました。


「無駄ですわ」


 わたくしは大きく真横に腕を振ると、目の前に炎の壁を吹き上がらせました。

 平民の放った石矢が溶解して消えます。


「こんなものですの?」

「いえいえ、さすがはクレア様です」

「ふん。なら、今度はこちらから行きますわよ」


 わたくしは片手を上げると、その上に大きな槍をイメージしました。

 火属性魔法フレイムランス――中適性魔法ながら、適性の高い者が使えばその威力は跳ね上がります。

 空に向かって伸ばした手のひらの上で、馬上槍ほどの魔法槍が燃えさかりました。


「貴族たるもの、魔法ですら芸術的にですわ」

「さすがはクレアさま! センスは別としてハイレベルな制御能力ですね!」

「だまらっしゃい!?」


 しょせん平民などに、この芸術性は理解出来ませんのね。

 ……これ、そんなにかっこ悪いかしら。

 と、とにかく!


「消えなさい!」


 わたくしが手を振り下ろすと同時に、炎槍は凄まじいスピードで平民の元に飛んでいきました。

 平民はそれを土壁で防ごうとしているようです。


「おバカさん! 先ほど溶かしたのを忘れましたの!?」


 わたくしの炎槍はそんじょそこらのフレイムランスとは桁違いの威力を持っています。

 また、土属性魔法は火属性魔法と相性が悪く、わたくしの槍は平民の土壁を貫通するはずでした。

 しかし――。


「!? 溶けない!? なぜ……!?」


 平民が作り出した金属光沢を持つ謎の土壁は、わたくしの炎槍を頑としてはねのけました。


「腐っても超適性ということですわね」

「恐縮です」

「でも、他にいくらでもやりようはありましてよ?」


 わたくしはもう一度炎槍を生成すると、それをわざと平民から外れた方向へと放ちました。


「曲がりなさい!」


 わたくしはそれを平民の死角から迫るように軌道を制御しました。

 しかし、敵もさるもの。

 平民は自分の背後に先ほどの土壁を生成して防御を試みます。

 でも、甘いですわ。


「弾けなさい!」


 炎槍と土壁が接触する直前に、わたくしは指を鳴らしました。

 その拍子に炎槍が弾け、特大の炎槍は無数の小さな炎弾となり、防壁を回り込むように降り注ぎました。


「とりましたわ!」


 今度こそ、わたくしは勝利を確信したのですが、


「はい、惜しい」


 平民はなんと、わたくしが生成した魔法弾を全て、謎の土弾で打ち落として見せたのです。


「おいおい、あそこから間に合うのかよ」


 ロッド様が呆れ半分、賞賛半分の声を上げます。


「ぐぬぬ……。平民のくせに……」

「あれ? どうしました? もう終わりですか?」

「まさか」


 わたくしは次の一手を打つことにしました。


「ロッド様、ご無礼を」

「あ?」


 わたくしは炎槍から一つ魔法のレベルを落とし、炎弾を無数に生成して平民に叩きつけました。

 平民はそれを謎の土壁で防ぎます。

 でも、それは計算の上のこと。


「まだまだ!」


 わたくしは構わずに次から次へと炎弾を浴びせ続けました。


「なるほどね」


 ユー様が納得したような声を上げた。

 そう、これはロッド様が先ほどミシャとの戦いで見せた酸欠戦法のコピーです。

 いかに平民の防御壁が強固であろうと、連続して殺到する炎弾によって消耗していく空気はどうしようもないはずです。


「じゃあ、こうかな」


 ところが、平民はそれにさえ対応してきました。

 防壁を自分のごく近くから外側に向かって移動させて行きます。

 炎弾を押し返しつつ空間と空気を確保しようという心づもりでしょう。

 平民はさらにそのまま防壁を拡大し、回り込ませるようにわたくしを飲み込もうとしました。


「そうは行きませんわよ?」


 大方、最初のようにわたくしを閉じ込めようとする一手でしょうけれど、そうは行きません。

 わたくしは足を使ってそれを回避すると、平民との距離を取りました。


「オレたちみたいな派手さはないが、玄人好みの見応えのある試合になったな」

「そうですね」


 ロッド様とミシャの会話が聞こえます。

 わたくしはともかく、平民がここまで戦える相手だったとは誤算です。

 頭でっかちの優等生というわけではありませんでしたのね。


「この……。生意気な」

「さあ、クレア様。次は何を見せて頂けるんですか?」

「調子に乗るんじゃなくてよ」


 わたくしは両手をふわりと上げました。

 虚空に四つの家紋――フランソワ家の紋章が浮かび上がります。


「平民相手にこれを使うことになろうとは……。光よ」


 わたくしの声と供に、紋章から四条の熱線が迸りました。

 熱線は平民のすぐ両横を通り過ぎ、地面を蒸発させていました。

 流石の平民も、顔に緊張の色が見えます。


「今のは警告ですわ」


 これこそ、わたくしの切り札、火属性高適性魔法マジックレイです。

 非常に殺傷力の高い魔法のため、これまでにも使ったことは数えるほどしかありません。


「わたくしでもそう何度も撃てるものではありません。でも、威力は分かりましたでしょう? 結界があるとはいえ、直撃したらただでは済みませんわよ? 降参なさいな」


 勝利を確信したわたくしは、平民に降伏勧告を突きつけました。

 いくら鼻持ちならない平民相手とはいえ、無闇に怪我をさせたくはありません。


「うーん、そうですね。それもいいんですけど……」

「けど?」

「やっぱり悔しいので勝ちに行きます」


 え?

 わたくしが耳を疑った瞬間、視界が上に飛んでいきました。


「きゃあ!」


 気がつくと、わたくしは地面に開けられた穴の中に落とされていました。

 最初は五メートルほどだった穴の深さが、みるみる内に深くなっていきます。


「ちょっと! こんな地味な魔法で!」

「でも、有効ですよね?」


 平民の言うことは悔しいですがその通りでした。

 セイン様のように空中を移動できればまだしも、わたくしにはこの落とし穴というものに対処する方法がありません。

 炎属性で足場を形成するのは無理ですし、垂直の推進力を得ようとするのは、この穴の狭さでは危険すぎます。

 水属性であれば水を徐々にためて浮かぶことも出来るでしょうけれど、それも穴を掘り下げるスピードを上回るのは困難でしょうし、下手すると溺れてしまいます。


 でも、こんな……こんな地味な魔法で……!


「認めませんわよ、こんな決着!」

「じゃあ、脱出してみて下さい」

「待ってなさい! こんなもの魔法で穴を広げて――」

「……諦めろ、クレア」


 なおも食い下がろうとするわたくしを止めたのは、セイン様の涼やかな声でした。


「何を仰いますのセイン様。わたくしはまだ――」

「……気づいていないのか。レイはお前の炎属性に有効な水属性の魔法を一度も使っていないんだぞ?」

「!?」


 セイン様の指摘に、わたくしは愕然としました。

 平民の適性は水と土の超適性。

 そして、彼女はこの実技試験において、確かに一度も水属性魔法を使っていないのでした。


「あなた……手加減していましたの?」

「はい!」

「くうぅぅぅ! 馬鹿にして……!」

「で、クレア様、まだやります?」

「当然ですわ!」


 わたくしはむきになって周囲の土を火属性魔法で溶かそうとしますが――。


「クレア様、がんばれー」

「ほんっとうに性格悪いですわね、あなた!?」


 わたくしが溶かした側から、意地の悪い平民が土を追加してきます。


「~~~~~~!」


 わたくしは冷静さを欠こうとしていました。

 こんなにあっさりと平民の術中にはまったのは、わたくしの油断です。

 魔法適性についての知識は事前からありました。

 こうなったのはわたくしの責任です。


(なにか……何か出来ることはありませんの……!)


 自分で言うのもなんですが、わたくしは優秀な人間の部類だと思います。

 無力であることを痛感したのは久しぶりでした。

 ここまで一方的に何も出来なかった経験はほとんどありません。


(……ああでも、あの時も……)


 脳裏に蘇る鈍色の記憶。

 それはお母様が亡くなったときのこと。

 あの時も、わたくしは何も出来ずにただお母様の死を受け入れることしか出来ませんでした。


(またあんな思いをするくらいなら……!)


 爆発を推進力にする方法は危険だということは百も承知ですが、何もしないよりはましかもしれません。

 わたくしは覚悟を決めて、足の下に魔力を――。


「クレア様、申し訳ありませんがレフェリーストップとさせて頂きます。勝者、レイ」

「お疲れ様でした」


 レフェリーストップで、わたくしは敗北を宣言されてしまいました。


「わたくしは認めませんからね!?」


◆◇◆◇◆


「クーレーアーさーま!」

「分かってますわよ。なんなりと仰いなさい」


 試験は勝敗ではなく内容で判断するものでしたので、わたくしも平民も無事に学院騎士団に合格することが出来ました。

 騎士団員の証しである徽章を受け取ったところで、平民が嬉しそうにやってきました。

 どのような形であれ敗北は敗北。

 わたくしは大人しく平民の言うことを聞くつもりでした。

 ところが、


「私の願いは、以前と同じです」

「え?」

「何があっても、諦めないでください」

「ちょっと、どういうことですの? それは前回お約束したでしょう」


 わけが分かりません。

 平民はこの性格です。

 わたくしが何でも言うことを一つ聞くのであれば、喜んでそれを自分の欲望を満たすために使うと思っていたのですが。


「いいんです。同じで。もう一度約束して下さい」

「構いませんけれど……。本当にそんなことでいいんですの?」

「はい」

「分かりましたわ。わたくし、クレア=フランソワは、神に誓って諦めたりしません。いついかなる時も希望を捨てず、最後まであがき続けることを誓いますわ」

「結構です」


 なぜだか、平民はとても満足そうに笑っています。

 本当に、この平民の行動基準はよく分かりませんわ。


「クレア様、お腹がすきました。食堂に行きましょう」

「あんな卑劣な勝ち方をしておいて、悪びれもしませんのね」

「ありがとうございます! 頑張りました!」

「褒めてませんわよ!?」


 次に手合わせする機会があったら見てなさい、などとわたくしが決心を固めていると、


「ずっとそのままのクレア様でいてくださいね」

「はあ? 何を突然」

「いいえ、なんでも。さ、行きましょう、クレア様」

「ちょっと! 気安く触るんじゃないですわよ、平民!」


 わたくしの手を取って食堂へと向かう平民の顔は、なぜだか少し憂いを帯びていたように見えました。

 わたくしは今になっても彼女のことがよく分からないのでした。

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