第2章 わたくしと生意気なメイド

第13話 学院騎士団

「という訳で、今年も希望者には学院騎士団への選抜試験を行うものとする」


 土曜日の学院の講義室。

 生徒たちの前でそう言ったのは、現学院騎士団長であるローレック=クグレットでした。

 セカンドネームからお分かりの通り、彼はロレッタの兄です。

 クグレット伯爵家は武門の家系で、軍の要職を占めている名家の一つです。

 王国内でいち早く魔法の重要性に気づき、王国の魔法文化の功労者であるトレッド=マジク先生から教えを請うことで、魔法導入後も勢力を維持した家でもあります。

 ローレックは武門の跡取りらしく、サバサバとした性格で温厚な人柄をしています。

 その辺りはロレッタも同じなのですが、彼女の場合はあまり細かいことを気にしない大雑把な性格と言うべきかも知れません。


 ローレックの言う学院騎士団というのは、王立学院内の自治組織のことです。

 学院生の中から選抜された数名の生徒で構成されるそれは、上位の生徒ならば教師に匹敵する権限を持ちます。

 伝統的に王族を始めとする上位貴族が所属することが多く、学院内の自治と風紀取り締まりを担当します。

 もちろん学院騎士団の名の通り、有事の際には戦闘にも参加するので、ただの名誉職というわけでもありません。


「オレは当然、受けるぞ」


 ロッド様が真っ先に名乗りを上げました。

 ロッド様のご性格からすれば、これは当然のことですわね。


「僕も受けます」


 ユー様も手を上げました。

 まるで女性のようなたおやかなお顔立ちのユー様ですが、彼の「氷の王子」と呼ばれる戦闘スタイルは、恐らく学院でも有数の戦闘能力に違いありません。

 魔法の扱いのみに限ればそれほどでもないのですが、ユー様には幼い頃から仕込まれてきた白兵戦闘の技術があります。


「セイン、お前もだぞ」

「……面倒くさいな、正直」 


 ロッド様に促されて、セイン様も手を上げました。

 セイン様の性格上、こう言った団体行動はあまり好みではないのでしょうけれど、王子でありながら騎士団に参加しないというのは許されることではありません。


「王子様方の参加はありがたいです。ぜひ、試験を頑張って下さい。他にはいるか?」

「わたくしも挑戦しますわ」


 ローレックの問いに答えて手を上げたのは、もちろんわたくしです。


「クレア様……。しかし、ご婦人には少々荷が重いのでは?」

「そんなことはありませんわ。確かに筋力などでは男性に及びませんけれど、魔法の扱いや日常の事務能力を考えれば、私にも受ける資格が十分にあるはずです」


 フランソワ家の者は皆、代々学院騎士団に所属していました。

 お父様も、そしてお母様もそうです。

 ならば、わたくしがそれに倣わない手はありません。


 ローレック学院騎士団長は少し逡巡していたようですが、そこは長を務める力量のある人です。

 すぐにいいでしょう、と快諾した。


「なら私も」


 すぐ横で平民も立候補しました。

 わたくしは露骨に嫌そうな顔をしました。


「あなたには無理ですわよ」

「あれ? 入学直後の試験で礼法以外私に負けたクレア様がそれ言っちゃいます?」

「キーッ! 次の試験は負けないから、見ておきなさい!」


 一度の勝負に勝ったくらいで調子に乗って!

 今に見ていないさいよ!


「ミシャ、貴女も受けなさいな。万一、この平民が受かったら、手綱を握る者が必要でしょう?」

「私はレイの保護者じゃないんですが……」


 万一のことを考えて、わたくしはミシャにも声を掛けました。

 ミシャは気乗りしない様子でしたが、それでも仕方なさそうに手を上げます。


 その他にも何人かの生徒が手を上げ、ローレックはその名前をメモすると試験要綱を配布しました。


「試験は明日、日曜日の朝から始める。試験項目は事務と魔法の二項目だ。詳しいことは要綱に書いてあるから各自目を通しておくこと。それでは、失礼する」


 そう言ってローレックは立ち去りました。

 そのまま解散の流れになります。


「ふん、あなたのような卑しい輩に、学院騎士団など無理に決まってますわ」


 わたくしは隣に座っている平民を馬鹿にするように言いました。

 ……で、どうしてこの平民は生暖かい笑みを浮かべているんですの?


「クレアにレイ、ミシャも受けるのか、楽しみだな」

「ロッド様……」

「僕らも頑張らないとね、セイン兄さん」

「俺はどうでもいい」


 三王子もいらっしゃいました。

 余裕たっぷりのロッド様、静かな自信を見せるユー様、どうでも良さそうなセイン様と三者三様です。


「あなた、本当にぶれないわね。大方、学院騎士団に憧れなんてないんでしょう?」


 ミシャが平民に問いかけると、


「うん。クレア様と一緒にいたいからだよ」

「やっぱり」


 溜め息とともにやれやれ、とミシャは両手を上げました。

 ミシャは始めは受けるつもりがなかったようですが、受けると決めた以上は彼女の性格からして手は抜かないでしょう。


「試験というのはどんなことを試されるかご存じですか、ロッド様? 事務と魔法を試すとしか伺っていないのですけれど」


 わたしはロッド様に問いかけた。

 先に述べたとおり、王族が代々学院騎士団に所属していることは周知の事実なので、わたくしは概略を聞かせて頂こうと思ったのです。


「そいつは言えないな。チャンスは公平にしないと。まあ、明日になれば分かるだろ。事前の準備ったって、今日の明日じゃあたいしたことも出来ないだろうし」

「そうですわね」


 とはいえ、試験は試験。

 ということで――。


「平民、勝負ですわ!」


 わたくしは平民をキッと睨み付けて言い放ちました。

 平民の頭の上でレレアが驚いたように跳ねます。


「もし、学院騎士団に受からなかったら、あなたは学院を去りなさい」

「え、やですけど?」

「だから、少しは考えたらどうですの!?」


 どうしてこの平民は毎回毎回、わたくしのやる気を削ぐようなことを。


「仕方ないですね。じゃあ、今回も前と同じ条件で行きましょう」


 わたくしは、ええ、いいですわよ、と言いかけて、


「ちょっと待ちなさい。また引っかけるつもりですの?」


 そう、前回の勝負でわたくしは見事にこの平民の卑劣な罠に掛かったのでした。


「まあ、そんな意地悪はしませんよ。単純に私が落ちたらクレア様の負け。私が受かったら私の勝ちということでどうですか?」

「いいで……よくありませんわよ!? どっちにしてもわたくしの負けじゃないですの!?」


 全く、油断も隙もないこと。


「仕方ありませんね。私が落ちたらクレア様の勝ち。私が受かったら私の勝ちということで手を打ちましょう」

「わたくしが受かったら、わたくしの勝ち、ではいけませんの?」

「クレア様は受かるでしょう。それだけでクレア様の勝ちとするのは、分が悪すぎます」


 平民のその言葉に、わたくしは少し気分を良くしました。

 この平民も少しは物事が分かるようになったじゃありませんの。


「いいですわ。あなたが勝ったら?」

「前と同じく、私の言うことを何でも一つ聞いて頂きます」

「いいでしょう」

「かしこまりました。では、勝負ですね」


 わたくしたちは以前と同じく、ミシャ立ち会いの下で神への宣誓を行いました。

 こうしてわたくしたちは、学院騎士団選抜試験に臨むことになったのです。

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