第43話 シンプルに
※レイ=テイラー視点のお話です。
「出ないなあ……」
巨木のようなモンスターを倒してドロップ品を確認したが、お目当てのものは見当たらない。
落胆とともに流れ出る汗を拭いて、私は次の獲物を探すべく目を左右に走らせた。
ここは恋の天秤がある場所の近くの深い森である。
私はウォータースライムのレレアと一緒に、あるアイテムを求めてやって来たのだ。
そのアイテムとは連理の枝――恋の天秤に捧げる最高の供物である。
伝説に謳われている最高の供物はフロースの花だが、実はそれより上があるのだ。
その存在はこの世界のモデルとなっているゲーム――Revolutionにおいて隠しアイテムとして暗示されている。
ゲーム知識を恋路に利用するのは気が引けたが、場合が場合だ。
マナリア様からクレア様を守るためなら、私はどんな手段だって使う。
迷いは消えた。
後は、実行あるのみ。
と、覚悟はもう決まったのだが、その連理の枝の入手方法がまた難しい。
連理の枝は連理の木というこの森のモンスターがごく低確率でドロップする。
静かに生態系を根こそぎ破壊していく連理の木は積極的に間引きする必要があるのだが、街道から外れた森や山の奥しか生息しておらず、また移動力もあまりないため捨て置かれていることが多い。
私はこれ幸いと騎士団が出している依頼に飛びついた。
このモンスターが結構強いのだ。
なにしろ魔法が効かない。
これは戦闘能力のほぼ全てを魔法に依存している私にとって致命的だ。
普通ならその時点で諦めそうなものだが、実はこの連理の木というモンスターには弱点がある。
「レレア、まだ行ける?」
私が肩の上にいるウォータースライムに問いかけると、彼女はぴょんぴょん跳ねて賛意を示してくれた。
そのつるりとした表面を軽く撫でて、おやつのビスケットを上げてから、私はまた歩き出した。
彼女ともしばらくケンカ状態が続いていたけれど、チョコレートを献上して仲直りして貰った。
連理の木の弱点とは、実はこのウォータースライムの溶解液なのだ。
溶解液を浴びて露出した部分には魔法が通るようになるので、私はそこを狙って魔法を集中させて倒している。
もっとも、魔法が通じるようになっても、連理の木は容易い相手ではないのだが。
「……いた」
しばらく歩くと、少し違和感のある木立が見えた。
連理の木は普段は動かずに、林に擬態して獲物を待っている。
そうして、気付かずに近づいて来た獲物を捕食するのだ。
見分けるのに少しコツがいるのだが、慣れてしまえば見分けるのはさほど難しくない。
私は足音を立てないように細心の注意を払いながら、連理の木の背後に回り込んだ。
「レレア、お願い!」
私の合図と供に、レレアが口から溶解液を拭きだした。
液は勢いよく飛んでいき、連理の木の表皮を一部溶解させた。
連理の木が悲鳴じみた声を上げて襲ってくる。
私は素早くレレアを回収すると、ポケットに押し込んだ。
ここからは私の仕事だ。
「アイシクルレイン!」
私の成句と供に氷柱の雨が降り注ぐ。
その内の何本かは連理の木に打ち払われてしまったが、逆に何本かは溶解した部分に突き刺さりダメージを与えた。
また悲鳴のような声が鳴り響く。
すぐ近くの茂みで森之小動物たちが逃げていくのが見えた。
ごめんね、お騒がせして。
「ストーンキャノン!」
続けて今度は錐状の岩石を高速で射出する。
交差するように構えた連理の木の枝を突き破り、岩石の錐はその表皮を深々と抉った。
だが、まだダメージは十分ではない。
「火属性が使えれば楽なんだけど……」
私が使えるのは水と土なので、土属性の連理の木とはあまり相性が良くない。
だからと言って超級や上級の魔法を使えば、外したときの消耗が大きい。
結局、私に出来ることは初級や中級の攻撃魔法でちくちく削ることくらいになるわけだ。
これが結構、神経を使う。
「クレア様がいてくれたらなぁ……!」
クレア様お得意のフレイムランスならば、直撃すれば一撃だろう。
でも、今はそのクレア様を取り戻すための戦いをしているわけで。
人生、なかなか上手く行かないものだ。
「……クレア様」
今は側にいない人のことを思う。
この世界に来て、クレア様がこんなに長い間側にいないのは初めてのことだ。
当たり前に側にいられた過去を、噛みしめるように振り返る。
それがいかに大切な時間だったか、どれほど得がたい機会だったか。
「泣きごとを言っても! 仕方ないよね!」
狭い林の中を逃げ回りながら、氷矢を撃ち続ける。
嘆いている暇があったら、現状を打開するために動く――クレア様ならきっとそうするだろう。
彼女は行動の人だから。
クレア様ほどのことは出来なくても、その何分の一か真似出来れば。
そんなことを考えながら戦闘を続けていると、ようやく連理の木が倒れてくれた。
ドロップは――魔法石のみ。
「はあっ……はあっ……なかなか……出ないなあ……」
乱れる息を整えていると、レレアが肩から心配そうに視線を送ってくる。
私は大丈夫だよ、と言うようにその顔を撫でると、タオルで一通り汗を拭ってから地面に腰を下ろした。
スカートが汚れるけど、この際仕方がない。
「これで何匹くらい倒したっけ……」
百匹くらいまでは数えていたけれど、それ以降はもう面倒くさくなってやめてしまった。
体感では二百匹は超えていると思う。
当然、一日で倒した数ではない。
マナリア様との勝負が決まってから、私は学院の講義すら休んでここに通い詰めている。
騎士団の依頼ということでお目こぼしされているものの、それでもそろそろ言い訳が必要なほどだ。
それでも、連理の枝はドロップしない。
「何しろ〇.五パーセントだもんなあ」
ドロップ率〇.五パーセントなら、二百匹狩れば百パーセントだろうと言う人は勘違いしている。
それは二百匹の中に一匹当りがいて、それらを順番に狩っていった場合の確率だ。
実際には一匹一匹が〇.五パーセントの確率を持っていて、一回毎にリセットなので、二百匹狩った場合に当たる確率は六十三パーセント強しかない。
まだまだ先は長い。
「……私、なんでこんなことしてるんだろ」
葉っぱの上で大の字になりながら、ふとそんなことを思う。
何をムキになっているのか、諦めればいいじゃないか、と弱気の虫がそんなことを囁いてくる。
でも――。
「しょうがないじゃん。好きなんだもの」
クレア様が好きだ。
どうしようもなく、狂おしいほど。
ドル様に言われて、一時は自分の気持ちを完全に殺そうともしてみたけれど、抑え付けている間に募った気持ちはますます強くなった気がする。
「ドル様に何て言い訳しよう……まあ、なるようになるかな」
疲労が濃くなってくると、思考がどんどんシンプルになっていく。
クレア様が好きで、だから負けたくなくて、そのためには連理の木を手に入れなければならない――それだけ。
女性同士うんぬん、恋愛感情と友情うんぬんは、どうでもいいこととして意識の隅に追いやられていく。
なんだろう。
前世で社畜をしていた時にたまに気分転換にジョギングに行くと、思考が澄み渡っていった時の感覚に似ている。
「よし、回復した。レレア、もうちょっと付き合ってね」
私はまたレレアにビスケットを与えてから、次の獲物を探し始めた。
「待ってて下さいよ、クレア様……!」
クレア様に嫌がられるかも知れないとか、どう思われるだろうとか、そういう後ろ向きな気持ちは一切消え、ただただ彼女を求める一人の女として、私は狩りに没頭するのだった。
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