第84話 王立学院防衛戦
※ピピ=バルリエ視点のお話です。
「裏門が破られそうです!」
「怯むな! ここで食い留める!」
クグレット家の兵士がよこした悲鳴のような報告を、ロレッタが一喝した。
ここは王立学院の裏門である。
ロレッタと私は学院を守るためにここに陣取っていた。
平民たちのデモは、とうとう武装蜂起へと発展した。
包丁や鉈など武器になるものを手にした平民たちは、貴族街へと押し入るとあちこちで略奪行為に及んでいる。
その牙は当然、王立学院にも及んだ。
正門前には数千を超す数の平民がたむろし、貴族の園へと侵入を果たそうとしている。
今はロレッタのお父様――クグレット伯爵が自ら臨時政府軍を率いて対応に当たっているはずだった。
ロレッタは伯爵から裏門の守りを任されている。
私は彼女の補佐だ。
「ピピ、無理して付いてこなくてもよかったんだよ?」
緊張した面持ちで、それでも私に笑いかけてくれるロレッタは優しいが、今欲しいのはそんな言葉ではなかった。
「無理してるのはロレッタの方でしょ? 素直に言ってよ。私の側にいてって」
「う……」
ロレッタが頬を染めて言葉に詰まった。
音楽会をきっかけに、私はロレッタに猛アプローチをかけている。
彼女の心にはまだクレア様への思いが残っているが、感触は悪くない。
いつか必ず、彼女の心を奪ってみせる。
そのためにも、こんな所で死ぬわけにはいかないのだ。
「ほら、ロレッタ。ぼけっとしない。兵士たちが指示を待ってるよ」
「あ、うん。第三班、前へ!」
ロレッタの号令と供に、クグレット家の兵士が動く。
格好いいなあと思うが、今はそんな場合じゃないので気を引き締めることにする。
「貴族を殺せー!」
「平民に自由をー!」
怒号のような平民たちの声を聞きながら、私は考えていた。
貴族の世の中は終わるのだろうか、と。
以前、ユー様が予言めいたことを言っていたが、その時はまさかと思った。
貴族が平民によって打ち倒される日が来るなんて思いもよらなかった。
でも、今まさにそれは現実のものになろうとしている。
(貴族の地位を失うのはいい。どうせバルリエ家はもうないのだし)
バルリエ家はアシャール侯爵との一件で貴族の位を剥奪された。
処刑されなかったのは、クレマンを捉える際の功績を認められたからだ。
お父様とお母様は元領地の有力者の元に身を寄せている。
お父様は貴族ではあったものの領民からの支持は厚かったので、生活を立て直す面倒を見てくれるという商人がいたのだ。
新しい生活が軌道に乗るまで、私はクグレット家でお世話になっている。
だから、貴族という身分がなくなることは、私にとってはもう別にどうでもいいことなのだ。
でも、ロレッタは貴族を守る軍の頭領の娘だ。
彼女がこの革命とやらで命を散らすのは絶対に避けたい。
(最悪、ロレッタだけ気絶させて、この場を離脱すればいいかしら……?)
いや、それは現実的じゃない。
戦況は拮抗している。
今、ロレッタという司令塔を失えばこの裏門は突破され、この場所から離脱することも難しくなるだろう。
(あ~~~もう! どうすればいいの!)
私は内心地団駄を踏んでいた。
「暴徒の数、依然増大! ダメです! 押し切られます!」
「くっ……!」
ロレッタの顔に焦りが浮かんでいる。
無理もない、と思う。
「ロレッタ様、攻撃魔法の使用許可を!」
「このままでは突破されるのは時間の問題です!」
「……ならん!」
そう。
ロレッタは配下の兵士たちに攻撃魔法を禁じているのだ。
攻撃魔法を使うことが出来れば、まだしもこちらにも勝ち目はある。
しかし、彼女はそれを許可しなかった。
「平民は庇護の対象であって、攻撃の対象ではない! 何とか強化魔法と治癒魔法で持ちこたえろ!」
全ては平民を傷つけないため。
ロレッタはいつの間にか、クレア様と同じようなことを考えるようになっている。
あるいは、あの夏の経験が、彼女をそうさせているのかもしれない。
「ダメです! 裏門、破られます!」
その報告と同時に、裏門が突破された。
平民たちが雪崩を打って押しかけてくる。
兵士たちが平民に飲み込まれていき、その刃はもう私たちの目前だった。
もうダメなんだろうか。
「ロレッタ様、攻撃魔法の許可を!」
「ならん! 」
そう叫んだロレッタの顔は、死を覚悟していたと思う。
その時――。
「よく吠えました」
怜悧な声が響き、辺りに霧のようなものが立ちこめた。
その霧は指向性があるようで、平民たちを包み込むように動いた。
すると、平民たちが一人、また一人と倒れて行く。
「!?」
「心配ないですよ。眠らせているだけです」
「クリストフ様!」
声の主はクリストフ様だった。
彼は魔法杖を手にして魔法の霧を操ると、平民たちを次々と眠りの底へ誘っていく。
「助かりました、クリストフ様!」
「敬称はもう結構ですよ、ロレッタ様。今の私は子爵に過ぎません」
アシャール家は当主のクレマンのみが処刑された。
本来であれば一族郎党皆殺しにされてしまうところだったのだが、良くも悪くもアシャール家は影響力が大きすぎたのだ。
レイは「銀行が潰れないのと同じですね」などと言っていたが、その真意は私には分からない。
とにかく、アシャール家は当主交代と家格降格という処分に決まった。
クリストフ様は今、アシャール子爵である。
「それに……まだ来ますよ」
「!」
クリストフ様が魔法杖を向けた先には、今ままでの平民とは少し雰囲気の違う者たちが姿を現していた。
「冒険者……!」
冒険者ギルドに所属し大小様々な依頼をこなす人々のことを、私たちはそう呼ぶ。
彼らの多くは戦闘の心得があり、事実、クリストフ様の霧でも眠りに落ちていない。
何らかの抵抗を行っているものと思われた。
「行くぞ、野郎ども!」
「おお!」
リーダーと思われる者の号令とともに、十数人の冒険者が飛び込んで来た。
人数こそ少ないものの、その動きは先ほどまでの平民たちとは段違いに連携が取れている。
物量で圧殺されることはないが、ある意味で平民たちよりも厄介な相手だ。
「お下がりを、クリストフ様!」
「ここは私たちにお任せを!」
そう言って冒険者たちの前に立ち塞がったのは、私たちとさほど違わない年齢の少年少女たちだった。
「キミたちこそ下がりなさい。ここは貴族の戦場です」
「いいえ!」
「クリストフ様に受けた恩を、ここで返させて頂きます!」
後になって知ったのだが、この時クリストフを守ろうと立ち塞がったのは、彼がクレマンの人身売買から救い出した孤児たちらしい。
彼ら彼女らはそのまま平民として生きていくことも出来たが、クレマンの人柄に惚れて彼に付き従うようになったのだとか。
「ちっ……ガキかよ……」
男たちの先頭、使い込まれたショートソードを持った男が、そう毒づきながら足を止めた。
私はその男に見覚えがあった。
「ユークレッドの時の……」
「また会ったな、バルリエのお嬢ちゃん」
「やるなら相手になるけど?」
「いやぁ……、俺も仕事なら大概のことは引き受けるんだけどよ。でも――」
男は懐から何か重たそうな袋を取り出すと、それをリーダーと思われる男に放り投げた。
「おい、なんだこれは?」
「報酬の三倍はあるだろ。違約金だよ」
そう言って、冒険者の男はけっとつまらなさそうに笑った。
「貴様、一度受けた仕事を投げ出す気か!?」
「ガキを殺すのが仕事なんざ聞いてないわボケ! 冒険者だって仕事くらい選ぶわ!」
男に続いて、冒険者たちはやめだやめだ、と足を止めた。
「そいつらは貴族なんだぞ!」
「知っとるわ。でもな、この嬢ちゃんは貴族は貴族でも、見どころのある貴族だ。死んだ仲間の為に泣いてくれたんだぜ?」
「貴族の奸計だ!」
「奸計でゲロ吐くお貴族様がいるかよ。なあ?」
男に問われ、ロレッタは決まり悪そうに視線を逸らした。
「引いてくれるのですか?」
「ひとまず停戦だ。こっちだって血は流したくない」
クリストフの問いかけに、男性冒険者はそう言いながら剣を収めた。
「だが……正直、この革命は『なる』と思うぜ?」
「……そうでしょうね」
この場はどうにかなったものの、既に戦いの趨勢は決した、と冒険者は言う。
程なく、学院は革命政府に全面降伏する宣言を出した。
私たち貴族の子弟はひとまず革命政府の監視の下、学院に拘留されることになった。
「……これからどうなるんだろうね」
「なんとでもなるわよ。生きてさえいれば」
不安そうに呟くロレッタの手をぎゅっと握り返しながら、私は何としても生き延びてやると固く心に誓うのだった。
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