第62話 パジャマトーク
「……」
「あむあむ……。クレアちゃん、レイちゃんとケンカでもしたのー?」
ユー様の事実を知ってから数日、悶々とした日々を過ごしていましたが、それに彼女が気が付かない筈もなく。
カトリーヌはそんな言葉をかけてきました。
今日もまたお気に入りのリコリスの飴を舐めているようです。
時刻は夜。
いつものように部屋の灯りは落とされ、暗闇の中で二人お喋りに興じています。
「違いますわよ?」
「ホントにホントー? 話なら聞くよー?」
「本当にレイのことじゃありませんわ」
「じゃあ誰のことなのー?」
「ちょっとユー様のお身体に関することでね。気にしないでちょうだい」
「……あ、もしかして秘密知っちゃった?」
「え?」
もしかして。
「カトリーヌ。あなた知っていましたの?」
「うん」
カトリーヌはあっけらかんと認めました。
「ユール家と同じく、アシャール家もユー様の秘密を守る協力をしてたからー」
「そうだったんですの」
要はカトリーヌはミシャと同じ立場だったということです。
「もっとも、アシャール家の場合は善意からじゃなくて、ユー様の一派に睨みを利かせるために、無理矢理秘密を暴いたんだけどねー」
「なるほど、実にクレマン様らしいやり方ですわね」
クレマン様は一体、どれだけあちこちにその策謀の範囲を広げているのでしょう。
権謀術数は貴族の常ですが、あまり手を広げすぎると思わぬ所で足をすくわれるものです。
もっとも、それで転けたことがないからこそのクレマン様なのかもしれませんが。
「なら何も隠さずに話せますわね。とりあえず、ここ数日は色々なことがありましたわ」
「恋のライバルが出現したりしたしー?」
「カトリーヌ!」
「くすくす、ごめんごめーん」
わたくしをからかうカトリーヌの声に、一切の邪気はありません。
単純に面白がっているのです。
わたくしの下のベッドからは見えませんが、きっとカトリーヌは満面の笑みを浮かべていることでしょう。
カトリーヌにはリリィ枢機卿のことも話してありました。
……彼女がレイに想いを寄せているということも含めて。
今考えればそんな余計な情報はいらなかったと思うのですが、当日のわたくしは冷静さを欠いていたとしか言いようがありません。
以来、カトリーヌは事あるごとにそのことでわたくしをからかってきます。
全くもう。
「でもクレアちゃん、ぼやぼやしてるとレイちゃん取られちゃうかもよー?」
「そんな心配はいりませんわ。そもそもレイはわたくしの使用人。取られるも何もありませんもの」
「またそういう素直じゃないことをー」
カトリーヌが不満そうに続けます。
「聞く限り、そのリリィちゃんは凄く素直な子なんでしょー? 素直って凄く大きな武器だよー?」
「そういうものかしら」
「そうだよ。大体、クレアちゃん、レイちゃんに好きって言ったことあるのー?」
「ばっ……! 馬鹿なこと言うんじゃありませんわよ! 誰があんな平民のこと――!」
わたくしは顔が赤くなって来るのを感じました。
しかしカトリーヌは構わずに畳みかけてきます。
「レイちゃんはこれまで何度も折に触れてクレアちゃんに好意を示して来たでしょー? なのにクレアちゃんがそんな態度じゃー、いつか愛想を尽かされちゃっても全然不思議じゃないと思わない?」
「う……」
言われて見ればそうかも知れません。
仮にわたくしがレイの立場なら、こんな素っ気ない態度しか取れない相手なんて、とっくの昔に諦めていると思います。
「……でもわたくし、どうしたらいいか分かりませんわ……」
「そんなの簡単じゃなーい。好きって言えばいいだけだよー」
「言えるわけありませんわ、恥ずかしい!」
「あー……そう言えば、クレアちゃんは徹底した淑女教育を受けてきたもんねー」
そうなのです。
貴族の恋愛において、好意を示すのは常に男性側から。
女性の側から好意を示すのははしたない行為だと戒められてきたのです。
幼い頃からそういう教育を受けてきたわたくしは、相手に好意を示すことに強い羞恥があるのでした。
「でもさ、レイちゃんは同性でしょー? 友だちに好きっていうなんて、ごくごく当たり前のことだと思うけどー?」
「レイはそういう枠じゃありませんもの。彼女はわたくしにとってもっと大切な――」
そこまで言いかけて、わたくしは気がつきました。
いつの間にかカトリーヌが上のベッドから逆さまに顔を覗かせています。
その顔にニヤニヤとした笑みを貼り付けて。
「もっと大切な、なーに?」
「カトリーヌ!」
「おっと危なーい。あはは、ごめんごめん」
わたくしが枕を投げつけると、カトリーヌは首を引っ込めました。
「まあでも良かったよー。ようやく自分の気持ちに自覚的になったんだね、クレアちゃんも」
「知りませんわ。この話はここまで。ユー様の話をしますわよ」
「ユー様かー。お気の毒だよねー」
リリィ枢機卿の説明を思い出します。
ユー様は女性として生まれたにもかかわらず、リーシェ様の野望のために異性病にかかってしまったとのこと。
自分の子を王位にという気持ちは分からなくもありませんが、そのために我が子を犠牲にするという考え方には、わたくしは賛同しかねました。
「治す方法があるんだってー?」
「教会が所蔵している祭具を使えば治せるそうですわ」
「そっかー。でも、事はそう簡単じゃないよねー」
「ええ」
いくら治す方法があるとは言っても、事はもうユー様個人の問題ではなくなっています。
王位継承権を持つ王子が実は女性だったなんていう醜聞を、王宮が許容するはずがありません。
ユー様は御年十五才。
リリィ枢機卿という立派な婚約者がいることが公になっています。
それを今さら、実は女の子でしたでは済まされないでしょう。
「でも、このままだと誰も幸せにならないよねー。リーシェ様以外」
「そうなんですのよねぇ」
ユー様はご自分の性別で生きることが出来ません。
将来の伴侶もやがては秘密を共有することになるでしょうけれど、本来同性である相手と結婚をすることになります。
それは夫婦仲にヒビを入れるのに十分過ぎる要素ではないでしょうか。
得をするとしたら、息子(娘?)の王位継承権を維持出来るリーシェ様だけです。
「レイちゃんはなんてー?」
「どうするにしても、まずはユー様の意向を確認したいと言っていましたわ」
レイは彼女なりに色々考えているようですが、一番大事なのはユー様ご本人の気持ちだと思っているようです。
ユー様のためにどう動くにしろ、ユー様ご自身の気持ちを確かめないことには動きようがないと言っていました。
ユー様の問題は王宮の暗部です。
下手に関わってレイに危険な目に遭って欲しくない、というのがわたくしの正直な気持ちでした。
「ユー様に面会許可を求めたのはそのためー?」
「耳が早いですわね。そうですわ。わたくしとしてはあまり気が進まないのですけれど」
今回の問題に関するレイの積極性に、わたくしは少し違和感を覚えています。
レイは元来、それほど他人に執着する人間ではありませんのに、今回に限ってどうして、と。
「レイちゃんのことが心配なんだ?」
「いけなくて? レイはわたくしの使用人ですわ」
「またそういう誤魔化し方するー」
「何とでも言ってちょうだい」
レイのことは確かに心配ですが、それをカトリーヌが考えるようなそれと認めるのは、まだわたくしには難しいのでした。
「そろそろ寝ますわよ。明日は王宮ですわ」
「うん。頑張ってね、クレアちゃん」
そう言い合って、わたくしたちは眠りにつきました。
眠りに落ちる直前、
「レイちゃんがいれば……もう大丈夫かな……」
どこか切ない響きを帯びた言葉が聞こえた気がしましたが、それはわたくしの記憶には残らないのでした。
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