平民のくせに生意気な!

いのり。

第1章 わたくしとおかしな平民

第1話 レイ=テイラー

※この作品は「私の推しは悪役令嬢。」のスピンオフです。

 本作には上記作品のネタバレが多数含まれます。

 未読の方は、先に「私の推しは悪役令嬢。」をご覧頂くことを強く強く推奨します。

――――――――


「平民風情がわたくしと机を並べようなんて、身の程を知りなさい!」


 わたくしに叱責されて、その平民はきょとんとした顔をしました。

 まるで状況が分かっていないかのように、キョロキョロと辺りを見回してから、再びわたくしのことを見ます。

 このわたくしを前にして、何たる無礼。

 わたくしは苛立ちを抑えるのに必死でした。


 わたくしの名前はクレア=フランソワ。

 由緒正しいバウアー王国貴族の令嬢ですわ。

 父親は財務大臣ドル=フランソワ。

 国庫を預かる我がフランソワ家は、この国において王室、宰相に継ぐナンバースリーとも言うべき名門中の名門ですの。


 当然、わたくしが通う学校も普通の学校ではありません。

 バウアー王国王立学院――限られたエリートだけが通うこの学校は、今ひとつの危機を迎えています。

 それがこの、目の前にいる平民たちです。


「あ。クレア……?」

「まあ! このわたくしの名前を呼び捨てにするなんて!」


 貴族の……それもこの国の頂点に限りなく近い身分であるこのわたくしの名前を、平民風情が呼び捨てにするなど許されることではありません。

 わたくしの非難に、友人のピピとロレッタも柳眉を逆立てています。


 平民はまだ状況を飲み込めていないのか、わたくしに視線を向けると、


「クレア様」


 とようやく平民らしく口の利き方を改めました。

 まったく……同じ学び舎に通うとなると、口の利き方すら生意気になるものなのですわね。

 これだから平民は。


「そうそう。平民はそうやって尊称をつけるものですのよ」

「私の名前を覚えていらっしゃいますか?」


 まるで確認するかのような問い。

 本来であれば平民の名前などいちいち覚えてなどいられません。

 ですが、わたくしの記憶力を侮られるのも癪というもの。

 わたくしは嘲りを込めて言い返しました。

 出席確認の際に呼ばれたこの平民の名前は確か――。


「馬鹿にしてらっしゃるの? レイ=テイラー」


 そう、レイ=テイラー。

 彼女は今年度の外部入学生の首席です。

 能力ありと認められ、平民の分際でこの伝統ある王立学院に紛れ込んだ異分子。


 先述の通り、王立学院は代々貴族の子女が通って来た由緒あるエリート校なのです。

 ただ貴族であるというだけではだめで、厳しい試験を経て選ばれたエリート中のエリートたちのみしか入学を許されませんでしたの。

 それなのに、現国王ロセイユ陛下は「能力主義」政策の名の下に、一部の平民を受け入れ始めてしまったのです。

 平民などが貴族であるわたくしたちと机を並べて学ぶなど言語道断ですわ。

 ここは財務卿の娘たるわたくしが、学院の秩序を保ちませんと。


 わたくしは目の前の平民に重ねて苦言を呈そうとしたのですが、


「やったぜ!」


 と、なぜかこの平民は嬉しそうなのでした。

 罵倒されているはずなのに、おかしな人ですわね。


「突然、脈絡のないことを言わないで下さる? それに下賤な言葉使いですわね。これだから平民は……」


 このように、会話中の言葉使い一つ取っても、貴族と平民の間には大きな差があるのです。

 平民などが通うようになれば、王立学院の権威が失墜してしまいますわ。


「国王陛下は尊敬していますけれど、陛下のこの政策にだけは同意できませんわ」

「仰る通りです、クレア様」

「ええ、ええ!」


 友人のピピとロレッタも、わたくしの言葉に賛同してくれているようです。

 ここは貴族の園。

 平民がいていい場所ではないのです。


 手始めに、この首席入学者だという平民をどうにかすれば、他の平民たちも分を弁えるでしょう。

 そう思ったわたくしは、さらに目の前の平民をなじろうとしたのですが、


「クレア様」


 と、名前を呼ばれました。


「何ですの? 平民風情が気安く声をかけないで頂きたいのですけれど」


 すげなく言ったわたくしの言葉に対して、彼女が返してきた一言は私の理解を超えていました。


「好きです」

「……は?」


 今、この平民は何と言いましたの?

 すき?

 隙、鋤、漉き……どれも文脈には合いませんわね?

 ……え、まさか?

 まさかそういう意味ではありませんわよね……?


「クレア様、私はクレア様が大好きです」

「な……、ななな……!?」


 この平民、何を言い出すんですの!?

 これだけ高圧的に接されているのに、言うに事欠いてわたくしの事が好きですって!?


「あなた何を仰っていますの!?」

「何って……単にクレア様が大好きなだけですけど」


 彼女の顔には不思議そうな表情すら浮かんでいます。

 悪意の欠片もありません。

 ですが、まさか言葉面通りにわたくしのことが好きだなんてことはあるはずもありません。

 これはどういうことかしら。


 わたくしは少し考えて、ある可能性に思い当たりました。

 なるほど、そういうことですのね。


「ふ……ふん、平民風情がわたくしに取り入ろうと? 無駄ですわよ。わたくしは平民なんかに少しも心を許したりしませんから」


 昔からわたくしの周りには、わたくしの家柄におもねって取り入ろうとする者が後を絶ちません。

 どうせこの者も、そのご多分に漏れないのでしょう。

 わたくしはぷいっと顔を背けました。


「……可愛いなあ」


 な、なんですって!?


「な……、ななな……!」


 容姿を褒められることには慣れていますけれど、わたくしを褒める者は大抵、綺麗とか美しいとかそういった美辞麗句を並べるのが普通です。

 可愛いなんて、そんな言い方をされたのは何年ぶりでしょう。

 いえ、問題はそうではなく、彼女も私も同性同士ですわ。

 それなのに、彼女はまるで異性に求愛するかのような口ぶりなのです。


「あなた……もしかしてそっちの道の人ですの?」


 小説や戯曲の中には、女性を好む女性というものがしばしば登場します。

 そういう女性は大抵色を好み、性にだらしないことが多いものです。

 彼女にも、何かそういった雰囲気を感じないこともありません。


「いえ、そういうわけでは……あるとかないとかなのですが、それはそれとしてクレア様が可愛くて」

「ひっ!?」


 決まりですわ。

 この平民はそういう変態なんですわ。

 汚らわしい!


「クレア様は私のこと嫌いですよね?」

「あ、当たり前ですわ!」


 好きになる要素が欠片も見当たりませんわよ!


「それでいいです。どんどんいじめて下さい。ばっちこいです」

「な……なんですの、この人……」


 ワケが分かりませんわ。

 わたくしのことを好きと言っているのに、嫌われていても良くて、いじめられることを求めている――理解不能ですわ。

 目の前の平民は間違いなく人間のはずですが、わたくしは何か知らない生き物を見るような目で彼女を見ました。


「さあ、楽しい楽しい学院生活の始まりですね、クレア様! 一緒にめいっぱい楽しみましょう!」

「なんでわたくしがあなたに巻き込まれる前提で話が進んでますの!?」


 この時、わたくしはつゆほども思っていませんでした。

 この憎たらしくて生意気な平民が、わたくしの生涯におけるパートナーになるなんていうことは。


――――――――

ご覧下さってありがとうございます。

ついに始まりました、わたおし。のスピンオフです。

皆さんにお楽しみ頂けるよう全力を尽くして参りますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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