第18話 創立記念祭に向けて
「創立記念祭……ですか?」
「そうだ」
平民の聞き返しに、ローレック団長が頷きました。
ここはいつもの騎士団の会議室です。
ローレック団長の収集で集まった皆に伝えられたのは、毎年恒例の王立学院創立記念祭のことでした。
創立記念祭は学院関係者や外部の者を招いて、その成果を見せるというものです。
もっとも、その内実は学生たちのお祭り騒ぎという側面が強く、成果を見せるというのは大義名分でしかありません。
各教室別に催し物や展示を行うのですが、そうなれば当然、学院騎士団はとても忙しくなります。
「しばらくは出し物の申請認可や備品の貸し出し手続きなど、記念祭の準備で忙しくなることと思う。各自、仕事を割り振るので分からないことがあれば聞くように」
「なあ、団長。オレら学院騎士団も出し物するんだよな?」
皆に注意を促したローレック団長に、ロッド様がお行儀悪く座りながら聞きました。
「はい。例年通りであれば、喫茶店ですな」
「ただの喫茶店じゃつまらないだろ。なんか変わったことしようぜ」
人の悪そうな顔をするロッド様は、何やら企んでいらっしゃるご様子。
「そうは言っても、何をする気なの、ロッド兄さん?」
「……普通でいいと思うが」
ユー様の方は興味を持ったようですが、セイン様の方はあまり乗り気ではないようです。
セイン様はもともと実学を尊ばれる方。
こういうお祭り騒ぎに意味を見いだせないのかも知れません。
「王都では男女逆転カフェなんていうものが流行ってるらしい。どうだ? オレたちもそれでいかないか?」
「男女逆転カフェってどんなものなんですか?」
言葉の響きから不穏なものを感じ取ったのでしょう。
ミシャはロッド様に問いました。
「簡単なことだ。男は女装して、女は男装して給仕するんだ。衣装を変更するだけなのに、普通にやるよりずっと面白いだろ?」
どうだ、とロッド様は目を輝かせました。
「どうだ……って仰いますけれど、ロッド様も女装するんですのよ? その……許されますの? 王族的に」
王族は王国民の模範たるべしというのは、改めて言葉にするまでもない不文律だったはずです。
「バレなきゃいいんだよ、バレなきゃ」
そう言ってけらけら笑うロッド様は、完全に悪戯小僧の顔をしていました。
男性というのは……いえ、ロッド様が特にそうなのでしょうけれど、いくつになっても子どもっぽい所がありますわね。
「女性の男装はともかく、男性の女装は見るに堪えないと思いま……す……わ……?」
わたくしは懸念を口にしようとしましたが、居並ぶ顔ぶれを見回して尻切れトンボになってしまいました。
三王子は皆さま美形揃い。
お顔立ちもとても綺麗でいらっしゃいます。
「……いえ、意外といけるかもしれませんわね?」
「私たちもいるのですが……。なあ、ランバー……ト?」
ローレック団長がやはりわたくしと同じように懸念を口にしましたが、隣にいるランバートを見て固まりました。
ランバートも王子様方ほどではありませんが、やはり女装しても違和感のない優男です。
「なんてことだ……。笑いものになるのは、私だけじゃないか」
ローレック団長はわなわなと苦悩に震えています。
いえ、彼の容姿が特別に劣っているとかそういうことではないのです。
ローレック団長は十分に魅力的な王国貴族ですわ。
ただ、優れた容姿にも種類があって、彼の無骨な武人らしい顔立ちは、単に女装とは相性が悪いのでした。
「じゃあ、異論はないな?」
ローレック団長の苦悩は無視して、ロッド様がまとめにかかりました。
こういう時に押しが強いのはロッド様らしいですけれど、少し団長が気の毒ですわね。
「僕は別に構わないよ」
「……皆がいいなら、それでいい」
ユー様は賛成、セイン様も消極的賛成のようです。
「私も別に反対意見はありません」
ユー様がああ言えば、ミシャが反対するはずもなく。
「わたくしも別に構いま――」
「クレア様の男装……尊い……」
「……やっぱり反対に一票で」
わたくしが賛意を表明しようとすると平民がまた妄言を吐いたので、わたくしは反対票に転じました。
とはいえ、多勢に無勢ですわね。
「いや……私は反対なんですが……」
「諦めましょう、団長」
ローレック団長は最後まで反対していましたが、その声が届くことはなく、ランバートがその肩をぽんと叩きました。
「じゃあ、決まりだな。今年の学院騎士団は男女逆転喫茶『キャバリアー』だ」
「キャバリアー?」
「学院騎士団の正式名称だよ。キャバリアーというのは、騎士という意味なんだ」
平民は初耳だったのか、ロッド様の言葉を聞き返し、それにランバートが答えました。
今となってはあまり使われなくなった名称です。
そんなことまでご存知とは、さすがはロッド様ですわ。
「上品さを保ちながらも無鉄砲で呑気くらいのニュアンスがあるんでしたっけ?」
「間違ってはいないけど、出来れば、無鉄砲でも呑気でも上品であれ、くらいの語順にして欲しいかな」
ランバートの言う通り、語順というものは大切ですわね。
それだけで受ける印象がかなり違ってきます。
こういうことは詩の基礎でもありますが、この平民にそれを求めるのも無理というものですわね。
やれやれですわ。
「ということは、クレア様はキャバリアーのお嬢様。つまり、キャバ嬢ですね!」
平民が何やら言い出しました。
キャバジョウとやらが何なのか分かりませんが、面白がるような平民の顔からして、褒められているとは思えません。
後にこのキャバ嬢というのは、水商売の女性であるということを平民から聞くことになるのですが、わたくしはその時かなりしっかり平民を叱りました。
わたくしを水商売の女性扱いしたからではありません。
水商売の女性を示す言葉を揶揄するような文脈で使ったからです。
平民は知らないようでしたが、王国にも水商売を生業とする女性はいます。
彼女たちを蔑んで見下す者は多いですが、貴族の男性だって彼女たちの接待を受けるのです。
いわば、彼女たちは対人関係のプロフェッショナル。
彼女たちは客の話についていけるように、普通の平民は取らない新聞を取り、容姿を磨き、芸事に長じます。
基本となる会話一つ取ってみても、彼女たちが駆使するそれは、いかに相手を楽しませるかを考えた専門スキルです。
もちろん、彼女たちの全て望んでその職業に就いたとは思いませんが、そうやって懸命に生きる女性たちのことを揶揄するのはとんでもないことです。
とはいえ、この時のわたくしにそんなことは分かるはずもなく。
「何を言っているのかわかりませんけれど、それは絶対に褒めてませんわよね?」
「すっごい褒めてます! 私だったら毎日指名します!」
「だから何の話ですの!?」
とまあ、ひたすら平民に翻弄されるしかないのでした。
「クレア様、盛り髪にしましょう!」
「何ですの、その盛り髪って」
「キャバ嬢のみに許された特別な髪型です!」
この盛り髪というのも、平民の世界の女性たちが苦心して編み出したお洒落であり、トレードマークでもあるのでした。
聞けば、そうそう簡単にできる髪型ではなく、女性たちの中には毎日髪結いに通って整えて貰う人もいるのだとか。
もちろん、それに掛かる費用は自分持ちです。
「特別……? ふ、ふん! まあいいですわ。特別にして上げてもよくってよ」
そんなことはつゆ知らず、わたくしは特別な髪型という響きに気を良くして、平民の口車に乗ってしまうのでした。
打ち合わせが終わり、会議室を後にしたわたくしたちは、一足先に部屋に戻っていたレーネと合流しました。
カトリーヌはやはり姿を消しているようです。
「何をするの、レイちゃん」
「クレア様をキャバ嬢にしようと思って」
「?」
「ではクレア様、ちょっと失礼しますよ?」
ドレッサーの前に座ると、平民がわたくしの髪型を変えていきます。
「へー、こんな風になるんだ?」
「うん。後ろ髪の半分で土台を作って、そこにピンでどんどん留めていく感じだね」
わたくしの位置からは見えないのですが、特に引っ張られて痛いということもないので、平民は髪結いのスキルまであるようでした。
「クレア様の髪型が縦ドリルでよかったです。くるくるさせるのが一番時間がかかるので」
「それはレーネのお手柄ですわね」
「恐縮です」
平民の言う盛り髪はわたくしのこの髪型と相性がいいのだとか。
三十分も掛からず、平民は盛り髪とやらを仕上げてしまいました。
「出来ました」
「わー、クレア様、素敵です」
「へえ……。なかなか悪くないじゃありませんの」
わたくしは首を左右にひねって髪型を確認します。
華やかな雰囲気のある盛り髪は、この国では初めて見るものです。
「凄いですね、クレア様! どこからどう見てもキャバ嬢です!」
「そ、そうですの……?」
この揶揄も、平民がどういう意図で言ったにせよ、聞く人が聞けば眉をひそめる言い方でしょう。
そのことに気がついたのは、平民から話を聞いた後のことですが。
「クレア様。しばらくこの髪型にされますか?」
レーネが笑顔のまま提案してきます。
その意味するところを、わたくしは間違えていません。
彼女は彼女なりに、わたくしに「成長」を促しているのでしょう。
でも――。
「……いえ、いつもの髪型で結構ですわ。レーネ、お願いしますわ」
わたくしの特徴的な髪型は、亡くなったお母様と同じもの。
この髪型は、お母様との絆なのです。
「そうですか。かしこまりました」
レーネは少し残念そうに言いました。
彼女としてはわたくしが早くお母様のことを克服して欲しいと思っているのでしょう。
でも、まだわたくしはその期待に応えることは出来そうにありません。
「そんな所も好きですよ!」
「貴女は唐突に何を言ってますの……?」
「いえ、ちょっと愛があふれてしまって」
「……もういいから、あなたは部屋にお戻りなさいな」
相変わらず、平民の言うことはよく分かりません。
わたくしが追い払うと、珍しく平民は素直に部屋を出て行こうとしました。
「あ、クレア様」
「何ですの?」
その途中で、彼女はわたくしに呼びかけると、
「男装、楽しみにしてます!」
「早くお帰りなさいな!」
などと、やはり妄言を吐いて行くのでした。
全くもう。
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