第5話 試験(1)

「あなた、平民のくせに生意気ですのよ!」

「はい! 生意気ですからもっと罵って下さい!」


 今日も朝から平民の襲撃を受けていました。

 入学式から一週間、もうずっとこの調子です。


 平民があまりにもしつこいので、ピピやロレッタなどはもう相手にしていません。

 わたくしもそうしたいのですが、一度無視を決め込んだら、


「あ、クレア様、とうとう降参ですか。では私の勝ちということで好きにさせて頂きますね。差し当たっては熱いベーゼを――」


 などと一層うっとうしさが増したので、やむなく相手を続けています。


 さて、そんなこんなで平民に押され気味のわたくしでしたが、今朝はひと味違います。


「……そう毎回毎回、翻弄されませんのよ?」

「あら?」


 不敵な笑みを浮かべつつ続けた。


「明日、試験がありますわね?」

「ありますね」


 学院の試験は大きく分けて三つ。

 教養、礼法、そして魔法力です。

 明日の試験ではそれら三つをテストして、科目別順位と総合順位を計ります。


「勝負ですわ。わたくしが勝ったら、あなたには学院を去って貰います」


 我ながらとてもいいアイデアだと思いました。

 こうでもして鼻っ柱をへし折らなければ、この平民はいつまでも学院にのさばり続けるでしょう。


 しかし――。


「え? いやですけど?」

「少しは考えたらどうですの!?」


 即座に否定され、わたくしは地団駄を踏みました。


「首席入学者が逃げるつもりですの?」

「だって、学院やめたらクレア様で遊べないじゃないですか」

「だからその格助詞の使い方やめて下さらない!?」

「ははは、何を馬鹿なことを」

「おかしいのはわたくしですの!? わたくしですの!?」


 この者を相手にしていると、何だか自分の方がおかしいのかという気になってくるから嫌です。


「いいから勝負なさい!」

「んー……じゃあ、こうしましょう。クレア様が私に勝てなかったら、クレア様も何か一つ私の言うことを聞いて下さい」

「はぁ? どうしてわたくしが」

「あれ? 逃げるんですか? 自信ない訳ないですよね、内部組の首席ともあろうお方が」


 カチンと来ました。

 へぇ、そんなことをいいますのね。


 王立学院には幼稚舎から大学部までがあり、わたくしは幼稚舎から三王子の皆様以外に首席の座を譲ったことがありません。

 万に一つも平民などに負けるはずがないのです。


「挑発してるつもりですの? いいでしょう。乗って差し上げますわ」

「ふふ、ありがとうございます」

「なんのお礼ですの。今から荷物をまとめて出て行く準備をなさいな」

「はい! 激励ありがとうございます!」

「してませんわよ!? もう……。ミシャ!」

「なんでしょう?」


 傍観を決め込んでいたミシャをわたくしは呼び寄せました。


「あなた、証人になって下さる? 試験でわたくしが勝ったら、この平民は学院から去る。勝てなかったらわたくしが一つ彼女の言うことを聞きます」

「学院の在学資格は国王がお決めになったことですから、このような私闘でどうこうすることはあまりよくないかと思いますが」

「私闘などではありませんわ。平民は能力不足を恥じて自ら学院から去るのですから」


 ええ、これは決して私闘などではありませんのよ?


「あなたはそれでいいの? レイ」

「いいよ」

「こういうことですわ。反故にされてはかないませんから、あなたが証人になって下さいまし。いいですわね、平民?」

「はい! クレア様にあれこれ出来るかと思うと、今からわくわくします!」

「わたくしが負けるわけないでしょう! はい、神に誓って!」

「神に誓って!」

「……見届けさせて頂きます」


 この国では神に誓うということは非常に重い意味を持ちますの。

 単なる口約束では済まなくなり、これを破ると貴族平民の別を問わず非常に軽蔑されます。

 特に貴族にとっては、当人の家格と誇りを賭けた誓いであり、これを破ることは許されません。


 しかし、わたくしには勝算がありました。


 ◆◇◆◇◆


 試験当日、わたくしは万全の体制で臨みました。


 まずは教養の試験。

 これは主にバウアーの歴史や文化、さらには文学などに関する知識を試されます。

 平民の識字率はせいぜい四割程度。

 この教養という項目はほぼ貴族の独壇場です。

 つまり、わたくしに圧倒的に有利なのでした。

 これが試験全体の特典の三分の一を占める訳ですから、全体の点数でもわたくしに有利ということです。


「ふふ、せいぜいあがくことですわね」


 古式詩法の詩を綴りながら、わたくしは確かな手応えを感じました。


 次が礼法。

 読んで字のごとく礼儀作法を試されます。

 今回の試験では会食が行われ、学生たちがどのように食事をするかを試験官たちが評価する形式のようでした。


 でも、わたくしにとってはただの日常です。

 礼儀作法など物心着く前から叩き込まれています。

 こうしなければ、ああしなければなどと考えるよりも先に、どうするべきかを身体が覚えています。

 多少気を遣いはするものの、普段通りの食事をすればそれでいいのです。


 平民はどうかとそっと様子を窺うと、目を輝かせてこちらを見ていました。

 な、なんですの……?


 ここまでで試験全体の三分の二。

 礼法ももちろん貴族に有利なものなので、どう考えても平民がわたくしに勝てる要素はありません。


 そして、最後が魔法力です。

 平民が貴族に勝てるとしたら、ほぼこの項目しかありません。


 現国王ロセイユ陛下の言う能力主義政策というのは、実のところ魔法力重視政策です。

 魔法は非常に大きな力で、陛下がそれを重要視するのは分からないでもないですが、貴族の中にはこれをよく思わない者たちも多くいます。

 魔法は先天的な要因と後天的な要因の両方で決まりますが、結局の所、貴族・平民の間に大きな差がありません。

 家柄や血筋ではどうにもならない要素で平民が貴族よりも大きな顔をするなど、秩序を乱すだけのことではないでしょうか。


 魔法力の試験は屋外で行われます。

 試験項目は、基礎魔法力と魔道具操作の二つに分かれています。


 貴族学生の中には、魔法力低しと判定されて落ち込む者もいるようでした。

 魔法だけが学院生としての価値ではないとはいえ、そこはやはり貴族。

 能力は高い方がいいに決まっているのです。


 そして、わたくしはどうかといえば、


「さすがですわ、クレア様!」

「火の高適性だなんて!」

「おーっほっほっほ! 当然ですわ!」


 そう。

 わたくしは魔法の能力も高いのです。

 世界でも数人しかいない超適性を除けば、ほぼ最高ランクと言っても過言ではない高適性、それも四つの属性の中で最も攻撃力が高いとされる火属性というのがわたくしの魔法適性なのでした。

 大方、あの平民はこの魔法力には自信があり、この試験に勝つことでわたくしの情けを請うつもりだったのでしょうけれど、おあいにく様ですわ。


「今度こそ、あの平民をぎゃふんと言わせて見せますわ!」


 ◆◇◆◇◆


 その夜。


「という訳で、元気を補充させて貰いに来ました!」

「……帰って下さる?」


 平民は喜々とした様子でわたくしの部屋を訪ねてきました。

 ええ、もちろん追い返しましたとも。

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