第6話 試験(2)
試験から三日が経ちました。
今日は結果が貼り出される日です。
「目の下にくまが出来てますわよ?」
放課後の廊下、掲示板の前で結果を待つ平民を見かけたので、わたくしは声を掛けました。
本来であればこのわたくしから平民に声を掛けるなどありえないことなのですが、目の下に濃いくまを浮かべた平民を見ると、からかわずにはいられませんでした。
日頃の仕返しですわね。
「ええ、実は一睡も出来なくて……」
「おーほっほっほ。お気の毒様ですわ。でも、約束は約束ですのよ?」
今日こそが、この平民にとって学院最後の日となることでしょう。
などと思っていたら、
「はい、クレア様に何して貰うかを考えてたら、夜が明けてしまいました」
「そっちですの!?」
こ、この平民、本気でわたくしに勝つつもりでいますの!?
「わたくしに勝てるとお思い? おめでたい頭ですわね」
わたくしは口に手を当てて高笑いをしました。
既に述べた通り、彼女に勝ち目はありません。
「まあ、結果は見てみないと分かりませんよ?」
「火を見るよりも明らかですわ」
余裕のある様子の平民が気に食わなくて、わたくしは彼女を睨み付けました。
すると、
「ふふ、二人とも仲がいいね」
ユー様がいらっしゃいました。
相変わらず柔らかい笑みを浮かべながら、彼はレイに問いかけます。
「自信はどうだい、レイ?」
「まあ、ぼちぼちですね」
「ふふ、楽しみだ。ミシャはどう?」
「最善は尽くしました」
ユー様に声を掛けられても、ミシャは複雑そうな顔をしていました。
無理もないでしょう。
平民の揶揄は論外ですが、それを差し引いてもミシャはユーのことを未だに慕っているように思えます。
でも、身分の差は歴然です。
彼女の恋は叶うはずがないのです。
ミシャもそれが分かっているからこそ、ユー様に対して一歩引いた態度でいるのでしょう。
「さーて、二番は誰だろうな?」
ロッド様もいらっしゃいました。
その顔に浮かぶのは絶対の自信。
そして、それは実力に裏打ちされているのです。
次期国王となられる方は、やはり器が違います。
平民のような空元気とはわけが違うのですわ。
「……」
わたくしたちは掲示板の前、つまり最前列で結果を待っていますが、後ろの方を振り返るとセイン様の姿も見えました。
その表情は普段にも増して不機嫌そうです。
セイン様は決して出来ない方ではないのです。
世間一般的な水準からすれば、十分過ぎるほどに優秀な方です。
でも、あの方が比べられるのはロッド様とユー様――規格外の秀才と天才のお二人です。
あんな方々と比べられてしまえば、セイン様でなくても複雑になるのは仕方のないことだと思います。
「来たわね」
ミシャの声に我に返ると、事務員が紙を持ってこちらにやってくる所が見えました。
「覚悟はよろしくて?」
「クレア様を堪能する覚悟はとうに」
言ってなさい。
わたくしは貼り出されたのは教養の結果を見やりました。
そして、絶句したのです。
・教養科目結果――――――――
一位:ロッド=バウアー(100点)
二位:ユー=バウアー(98点)
二位:レイ=テイラー(98点)
四位:クレア=フランソワ(95点)
・
・
七位:ミシャ=ユール(90点)
・
・
十位:セイン=バウアー(87点)
―――――――――――――――
「なっ!?」
この平民が二位!?
わたくしよりも上ですって!?
「ほう? 俺とユーがワンツーフィニッシュなのは当然としても、レイもやるじゃねーか」
「やるね、レイ」
「ありがとうございます」
王子二人の賞賛を受ける平民が、わたくしに勝ち誇ったような視線を向けてきます。
わたくしは屈辱感で一杯でした。
このわたくしが……貴族の頂点とも言うべき家の息女が、教養で平民に負けた……?
わたくしは白くなるほど拳を握りしめて、わなわなと震えていました。
しかし、事実は変わりません。
「く、クレア様、しっかりなさって!」
「そうですよ! こんなの何かの間違いです!」
「え、ええ……」
ピピとロレッタは慰めてくれますが、わたくしの動揺は収まらないのでした。
続いて礼法の結果が貼り出されました。
・礼法科目結果――――――――
一位:ユー=バウアー(100点)
二位:ロッド=バウアー(98点)
三位:クレア=フランソワ(97点)
四位:セイン=バウアー(95点)
・
・
八位:ミシャ=ユール(90点)
・
・
二十二位:レイ=テイラー(75点)
―――――――――――――――
教養の結果で血の気が引いていたわたくしですが、礼法の結果を見て元気が戻ってくるのを感じました。
「っっっ~~~やりましたわ!」
「おめでとうございます、クレア様!」
「さすがですわ!」
「ええ、ありがとう」
ピピとロレッタの賛辞を、今度は素直に受け取ることが出来ました。
そう、そうです。
教養の試験は、ロレッタが言うように何かの間違いだったのでしょう。
「さっきのは偶然でしたのね。化けの皮が剥がれたということですわ」
「そうですね」
わたくしが勝ち誇ると、平民はにこやかに肯定した。
ふん、強がって。
きっと心の中では悔しさで一杯に違いありませんわ。
そして最後に、魔法力の試験結果も貼り出されました。
・魔法力科目結果―――――――
一位:レイ=テイラー(測定不能)
二位:ミシャ=ユール(98点)
・
・
六位:クレア=フランソワ(92点)
・
八位:セイン=バウアー(90点)
九位:ロッド=バウアー(88点)
九位:ユー=バウアー(88点)
・
・
―――――――――――――――
「なん……ですって……?」
わたくしは再び言葉を失いました。
測定不能?
そんな結果があり得ますの……?
「ちょっと平民! どういうことですの!」
「いやあ、どういうことでしょうねえ?」
平民は笑顔で誤魔化してきます。
この……!
そして総合結果は――。
・総合結果―――――――――――――――――――
一位:ロッド=バウアー(286点)
一位:ユー=バウアー(286点)
三位:クレア=フランソワ(284点)
・
五位:ミシャ=ユール(278点)
・
・
十位:セイン=バウアー(272点)
・
・
※なお、レイ=テイラーの成績は特異なものであったため、今回は別扱いとする。
学院では次回以降の評価方法を見直す予定である。
――――――――――――――――――――――――――
ということになった。
「納得いきませんわ……」
絶対の自信を持って臨んだこの試験でしたのに、蓋を開けてみればこのあり様。
大差をつけて勝つつもりが、平民は試験の枠組みで計れないほどの力を示したのです。
この娘、実はただ者じゃないんですの……?
「でも、両王子に続いての三位ですよ! 凄いじゃないですか!」
「そうですよ! さすがクレア様!」
「……そ、そうね……そうですわよね」
言われてみればその通りです。
完勝こそ出来なかったものの、負けはしなかったわけですから、まあいいとしなければなりませんわ。
と、安堵していたところに、
「クーレーアーさーま!」
「ひっ!?」
平民が満面の笑顔でやって来ました。
「そんなお化けでも見たような声上げないで下さいよー」
「上げてませんわ。何ですの? ご覧の通り、勝負はご破算ですわ」
「なに言ってるんですか? クレア様、勝てなかったじゃないですか」
「え?」
わたくしは平民が何を言いたいのか分かりませんでした。
「誓いの内容はこうですよ? クレア様が勝ったら私が学院を去る。勝てなかったらクレア様が私の言うことを一つ聞く」
「だから、勝負はつかなかったじゃないですの」
「ええ。つまり、クレア様は勝てなかったんです」
「……あ」
そ、そういうことでしたの!
わたくしが平民の言うことを聞く条件は、「平民が勝ったら」ではなく「わたくしが勝てなかったら」。
後者には勝負がつかないという結果も含まれていることになります。
「ひ、卑怯ですわ!」
「はい、思いっきり引っかけるつもりでした!」
「そんなの無効に決まってますでしょ!」
「あれ? 反故にするんですか? 神に誓ったのに?」
「……ぐぐぐ……」
どう考えても平民の手のひらで踊らされたわけですが、誓いは誓い。
約束は履行されなければなりません。
平民とは賭けているものの重さが違うのですから。
「……要求は何ですの……」
「あ、聞いて下さるんですね! さっすがクレア様! 好きです!」
「いいから、早く要求をおっしゃい!」
どうせこの者のことですから、突拍子もない無理難題をふっかけてくるに違いありません。
わたくしが虚勢を張っていると、平民はふいに表情を緩めてこう言いました。
「諦めないで下さい」
「は?」
「どんなに辛くて苦しい時も、最後の最後まで諦めないで下さい」
わたくしはきょとんとしてしまいました。
諦めるな?
……それだけ?
「……そんなことでいいんですの?」
「はい」
「……もっと無理難題をふっかけられるかと思いましたわ」
「そうして欲しいですか?」
「いいえ、結構ですわ!」
これ以上話を引き延ばすと、何を要求されるか分かりません。
わたくしはさっさと誓いを果たすことにしました。
「神に誓って、わたくしは諦めたりしません。いついかなる時も希望を捨てず、最後まであがき続けることを誓いますわ」
「結構です。クレア様」
ぱちぱちと拍手を送ってくる平民。
「……次は負けませんわ」
このようなことは二度と起こさせません。
わたくしは決意も新たに、この場を立ち去ろうとしました。
「あ、クレア様」
「……まだ何か?」
「好きです!」
「私は大っ嫌いですわ!」
全く。
何なんですのあの娘は。
でも、今度のことで、わたくしは平民の能力についての評価を、少し改める必要があるなと思いました。
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