第89話 舞台裏3~ミシャ=ユール~

 ※ミシャ=ユール視点のお話です。


 三王子の中で、革命から一番遠いところにいたのは、間違いなくユー様だったと思う。

 ユー様は収穫祭での一件で王位継承権を放棄していた。

 そのため、国の政治が臨時政府と革命政府に分かれた後も、両者から距離を置く立場を続けていた。


『クレアが動き出したみたいだよ。私も協力しようと思う』


 クレア様――と、恐らくレイも――が独自に配給を行おうと言い出した時、本音では私はユー様を巻き込まないで欲しいと思っていた。

 ずっと望まない性別での生活を余儀なくされていたユー様が、せっかく静かな生活を送ることが出来るようになったのだ。

 もうそっとしておいて欲しいと思うのは、私のわがままではないはずだ。


 でも、そんな私の本音をユー様は見透かしたように笑った。


『ミシャ、そんな顔しないで。王位継承権は破棄したけれど、私はまだ民のために生きることを諦めたわけじゃないんだから』


 これは自分が望んですることだ、とユー様は言った。

 捉えどころのない言動が多い方だけれど、ユー様は間違いなく帝王学を叩き込まれた王族なのだな、と思った。


 配給自体はすぐに軌道に乗った。

 元々、冬の間に炊き出しを行うこともある教会だから、配給の段取りには慣れている。

 問題は資金面だったが、どこから調達しているのか、クレア様とレイが潤沢に送ってくれるのでそこにも不安はなかった。


 だが、それから程なくして、事態は更に悪化した。

 武装蜂起だった。


 政府軍の半数が革命政府軍となり、両者で激しい衝突が起こった。

 当然、街の治安は悪化する。

 それまで両政府が行っていた配給も滞りがちになり、困窮した民たちが私たちの配給に殺到した。

 正直、私も事態が落ち着くまで配給を中止することを提案したが、それはユー様が頑として受け付けなかった。


『今、一番苦しいのは両政府のどちらについてもいない、力のない一般の民たちだよ』


 ユー様はそういう人たちのためにこそ、配給を続けるべきだと主張した。

 私も元貴族だから、ノブレスオブリージュの精神は理解している。

 だが、ユー様のそれは私たち貴族が思うそれを遙かに凌駕している。


 ――あるいは、これが王族というものなのかしら。


 革命がこのまま激しくなった場合、その矛先は貴族だけでなく王族に向かう可能性さえある。

 でも、ユー様はそんなことを微塵も気にしていないようだった。

 同じ事はセイン様にも言える。

 彼は革命政府の神輿として担ぎ上げられたが、それに腐ることなく自分に出来る範囲のことを精一杯しているようだった。

 安否が分からなかったが、ロッド様もきっと同じようにしただろう。

 民のために生きようとするユー様たちの姿に、私ももう一度自分を問い直す必要があると思った。


 しばらくして、クレア様たちからの資金援助が途絶えた。

 レイとも連絡が取れなくなった。

 先立つものがなければ、配給は行えない。

 万事休すかと思われた時に、マナリア様とレーネが表れた。


『よく持ちこたえた。ここからはボクも力になるよ』

『ミシャ様、微力ながらお手伝いさせて頂きます』


 マナリア様がスースから運んできてくれた物資と、どこで稼いだのか、レーネが持っていた豊富な資金で、配給は何とか続けることが出来た。

 さらに――。


『おう、ちぃとばかり遅くなっちまったな』


 満身創痍といった出で立ちで、でもいつもの力強く頼もしい笑みを浮かべながら、ロッド様も合流した。

 彼はやはり噴火に巻き込まれていたそうで、何とか一命は取り留めたものの片腕を失っていた。

 絶対安静の身のはずだったが、助けに行った村の献身的な看護、そしてロッド様の王族としての強烈な自負が、彼の体をここまで動かした。


 やがてレイも加わり、後はクレア様さえ戻ってくれば、かつての学院騎士団の再現になろうか、という懐かしい顔ぶれになった。


『両陣営の軍については、オレに任せろ。血が上った頭を冷やさせてやる』

『サーラスの罪を暴くのは私に任せてよ。レイ、ドルの功績と合わせてまとめておいてくれる?』

『分かりました』

『オルタとやらの足止めはボクがしようか。察するに何かの魔法に捕らわれているようだから、スペルブレイカーで解除してしまうよ』


 革命政府が予告した公開処刑の前日、私たちはそれを食い留めるために話し合いをしていた。

 誰もがクレア様とドル様を助けようと必死になっていた。

 皆がそうするのは、私的な感情からだけではない。

 もちろん、ここに集まった誰もが、クレア様とレイに恩義がある。

 でも、クレア様やドル様のような人間は、貴族政治が終わった後、平民の世になっても必要だと考えているのだ。


 ――……直接、手助けは出来ない。だが、見守らせて貰う。


 送り主不明の言づても届いた。

 セイン様も離れた所で戦っている。


 準備は整えた。

 後は明日を待つだけだ。


 ◆◇◆◇◆


「そういえば、子どもの頃はよく一緒にお昼寝したね」

「あなた、中々起きなくて大変だったわよ」


 夜。

 私たちはスースの陣営に泊まらせて貰っていた。

 ベッドが足りないため、私とレイは一緒のベッドに寝ている。


「レイ」

「ん?」

「不安かしら、と思って」


 何だか寝付かれない様子のレイに、私は聞いてみた。

 話すことで解消するものもあると思ったのだ。


「そうだね、やっぱり不安はあるよ」

「そう……」

「でも、一番悩んでるのは、どうしたらクレア様の決心を覆せるかってとこなんだ」

「確かに、かなりの難題に思えるわね」


 クレア様は変わった。

 学院で再会したばかりの頃のクレア様は、鼻持ちならないわがまま貴族だった。

 でも、今のクレア様は古き良き、私がドル様に見た理想の貴族だ。

 そんな彼女が誇りと義務感をもって最期を迎えようとしている。

 これを翻意させるのは、並大抵のことではないだろう。


「ワガママ言ってみろ――なんてマナリア様は言ってたけど……」

「マナリア様がそんなことを?」

「うん。実は私、ちょっと意味が分かってない」


 そう言って、レイは苦笑した。


「そうよね。これまでだってあなたは散々クレア様にわがまま言ってきたものね」

「でしょ? でも、マナリア様に言わせると、そういうことじゃないんだってさ」

「ふむ……」


 どういうことだろう。

 レイは建前で本音を隠すタイプではない。

 もちろん、今回のドル様との計画のように、必要に応じて真意を隠すことはする人間ではある。

 だが、恋人に対して本音が言えないでいるようなタイプとは正反対だ。

 レイは隙あらばクレア様に愛を囁いて来たように思う。


 ああ、でも――。


「レイ。あなた、ちょっと打たれ強すぎると思うわ」

「え?」

「それはきっと、前世も含めてあなたが経験してきたことがそうさせているんだとおもうけれど、私はあなたが取り乱したところをほとんど見たことがない」


 それはきっと、クレア様も同じだと思う。


「恋って、もっとみっともないものじゃないかしら」

「……というと?」

「レイたちがユー様に配給の協力を要請してきたとき、私、そっとしておいて欲しい、いっそユー様が断ったらいいのにって思ったのよ」

「おおう、大胆な告白」

「茶化さないの」


 私が咎めると、レイはばつが悪そうにごめん、と謝って続きを促してきた。


「レイはいつも、すごく余裕そうなのよ」

「え、そんなこと全然ないんだけど」

「ええ、きっとそうなんでしょうね。でも、私たちからはそう見える。クレア様が革命で死のうと思ったことの一端には、あなたは一人でも大丈夫だと思ったこともあるんじゃないかしら」

「……」


 私がそう言うと、レイは黙り込んでしまった。


「レイ?」

「その発想はなかった」

「は?」

「あ、いや。自分が周りからそんな風に思われてたなんて、想像もしてなかったから」


 参ったね、とレイは頬をかいた。


「気を悪くしたのなら謝るわ」

「ううん、凄く参考になった。さすがミシャ。持つべきものは理解ある親友だね」

「調子のいい」

「うひひ」


 おどけた様子のレイの調子に、ああ、この子はもう大丈夫だな、と思った。


「さ、早く寝ましょ。明日は早いのよ」

「うん。おやすみ、ミシャ。ありがとうね」

「おやすみ。どういたしまして」


 ◆◇◆◇◆


 そして公開処刑当日の朝。


「準備はいいかい、レイ?」

「うん。クレア様に今度こそ分からせてみせます。私がいかにダメダメな人間か」

「なんだそりゃ」


 マナリア様の問いに、何故か自信満々で答えたレイの言葉を、ロッド様が笑った。

 他に、ユー様や私はもちろん、レーネやランバートもいる。


「まあ、見てて下さい。とらわれの姫君は、華麗にではなくかっこ悪く救い出してみせますので」

「レイちゃん、わけが分からないよ」


 あえて明るく振る舞って見せるレイは、完全に本調子のようだ。

 この独特の疾走感には覚えがある。

 学院に入学したばかりの頃、クレア様に構って貰うためにいじめられようと言い出した時のレイだ。

 あの時は一体どうしてしまったのかと思ったが、今、私が言うべき言葉は違う。


「あなたらしいわね。行ってらっしゃい」

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