第90話 集う者たち
「これより、人民裁判を始める!」
サーラスがまるで役者のような口調で、高らかに裁判の開廷を宣言しました。
わたくしはお父様とともに礼服を着せられ、後ろ手に縄に繋がれています。
ボロを着せられていないのは、恐らく貴族として平民たちの敵意を集めるためでしょう。
「ここにいるドル=フランソワならびにクレア=フランソワは、貴族という身分を振りかざし人民を搾取してきた!」
サーラスはまるで、自分は何一つ後ろ暗いことがないかのような口調でした。
平民たちの新しい時代のために散ることはもはや受け入れましたが、その新時代のトップがこんな男であることは、悔やんでも悔やみきれません。
「のみならず、王室をないがしろにし、この国を私利私欲で動かそうとした! これは許しがたい犯罪行為である!」
サーラスの扇動に平民たちから怒号が上がりました。
わたくしはそれを薄情とは思いません。
貴族たちが平民にしてきたことを思えば、これくらいは当たり前だろうと覚悟していたからです。
裁判は続きます。
サーラスはお父様とわたくしにかけられた容疑を次々に読み上げ、その全てを有罪と断じました。
そして最後に、何か反論はあるか、とお父様に問いました。
「何もない。この身は王国に捧げたもの。王国が滅びるとあらば、我が身もまた王国とともに消える定めなのだろう」
お父様は最後まで道化である事を貫きました。
歴史書に名を残すとすれば、それは大変な汚名としてでしょう。
お父様のような愛国者が、稀代の悪党として語り継がれるかも知れないのです。
そう思うと、やりきれないものがありました。
「罪人は罪を認めた! よって、これより処刑を行う!」
サーラスの合図で、兵士たちが入ってきた。
いよいよです。
長かったような短かったような、そんな人生でした。
良いことも悪いことも、今は全てが思い出です。
楽しかった日々だけが、走馬灯のように頭をよぎりました。
「最期に言い残すことはありますか?」
わたくしに剣を振り下ろさんとする処刑人が、そんなことを聞いてきました。
「いいえ。わたくしの人生に悔いはありません。どうぞ、お跳ねなさい」
「……御免」
処刑人が剣を振り上げたのが気配だけで分かりました。
わたくしは目をつぶって、最後に一言だけ、心の中で告げました。
――さようなら、レイ。
その時――。
「その裁判、異議あり!」
あり得ない声が。
聞こえるはずのない声が、辺りに響き渡りました。
「!?」
わたくしははっとして、声の聞こえてきた方向を見ました。
そこにはかっこ悪く塀を乗り越えてくる、小柄な女性の姿が一つ。
間違いありません。
あれはレイです。
「衛兵、つまみ出しなさい」
「待って下さい」
強引に処刑を続行しようとしたサーラスを、一人の男性が止めました。
「その者は革命政府の有力出資者です。無体は許しませんよ」
「しかしですね、ランバート……」
わたくしは全く気がつきませんでしたが、その男性は王国を追放されたはずのランバートでした。
彼の変貌ぶりには驚きました。
外見こそほとんど変わっていませんが、まるで大樹のような風格を感じました。
なぜ、と当惑するわたくしの前で、事態はどんどん進んでいきます。
「この裁判には異議があります。人民を不当に搾取し、国難を呼び込んだ真の罪人は別にいるのです!」
レイが声を張り上げました。
二度と聞くことはないと思っていたその鈴が鳴るような声に、わたくしは胸が締め付けられるようでした。
「何を馬鹿なことを。フランソワ公爵家以外の誰が、その罪を負うと言うのです?」
「それを今から明らかにします。……レーネ!」
「はい」
レイの言葉に答えて現われたのは、なんとレーネでした。
どうして?
レイといいランバートといいレーネといい、いるはずのない人が次々と姿を現します。
「ドル=フランソワ様は国賊ではありません。彼こそは真の愛国者です」
そう言うと、レーネはお父様がこれまで行ってきた政治活動と革命政府への支援の内容を、事細かに語りました。
「例えば、クレア様とレイ=テイラー、そしてリリィ枢機卿が行った不正貴族の取り締まりですが、この裏にはドル様のバックアップと指示がありました」
堂々とした語り口は、まるでわたくしの知っているレーネではないかのようでした。
会えずにいたこの数ヶ月の間に、彼女に何があったのでしょう。
「資金提供に至っては、XXという名前でレジスタンス結成の最初期から始まっています」
いえ、そんなことはどうでもいいのです。
問題は、どうしてレーネがここにいるのか、何をしに来たのか、ということです。
早すぎる、そして唐突過ぎる展開にわたくしはついていけませんでした。
「ドル様こそは、この国の行く末を真に憂う愛国者です」
「何を馬鹿なことを! だからといって、彼らが臨時政府を騙り、王権をないがしろにしたことに変わりはないではありませんか!」
「キミがそれを言うのかい、サーラス?」
澄んだアルトが、サーラスの詭弁を綺麗に断ち切りました。
「ユー様、なぜあなたがここに……」
「それはこちらのセリフだ、サーラス。真の罪人よ」
ユー様の発言に群衆が揺れます。
「罪人? サーラス様が?」
「やっぱりユー様はご乱心なさったんだ」
「でも、そんな風には全然見えないけど――」
今や群衆はすっかり戸惑っていました。
そんな中、ユー様の声だけが不思議と間隙を縫って響いていきます。
わたしの勘違いでなければ、これは恐らくミシャの仕業です。
彼女もまた、ここに駆けつけてくれたのでしょうか。
「彼――サーラス=リリウムこそが真の国賊。彼はナー帝国と通じ、この国を我が物にせんとしている!」
ユー様の糾弾が、サーラスを鋭く貫きました。
群衆にどよめきが走ります。
「何を仰っているのですか、ユー様。やはりあなたはご乱心なさっているようだ。どうか心安らかに修道院で過ごされませ」
「すでに調べはついているんだよ。……レイ」
「はい」
ユー様の声にレイが答え、懐からカード状のものを取り出しました。
「ここにはサーラスが帝国と交わした密約の全てが記録されています! みなさん! サーラスに騙されてはいけません!」
音声を最大にして再生された魔道具がミシャの風属性魔法で増幅され、サーラスの罪を公に晒しました。
「……こうなったらしかたありませんね」
サーラスは懐から笛のようなものを取り出すと、それを強く吹きました。
喧噪にも負けない鋭い音が響き渡ると、それに呼応するかのように人影の群れが現れます。
恐らく、サーラスの私兵でしょう。
「制圧しなさい」
サーラスが命令を下した――その直後のこと。
「そうは問屋がおろさねーっての」
凄みのある声と共に、兵たちは爆発に遮られました。
「ちっと遅くなっちまったな。だが、ヒーローってのは遅れて登場するもんだろ?」
男くさくニッと笑ったのは、行方不明だったはずのロッド様でした。
その右腕は失われていましたが、それでもなお、君臨する者としての風格は変わりありません。
「おい、サーラス。無駄な抵抗はやめろ。お前の私兵軍のほとんどはオレに恭順した。貫禄の違いってやつだな」
「ぐぐ……。死に損ないまでもが邪魔をするのですか……」
サーラスはロッド様を憎々しげに睨みますが、ロッド様は鼻で笑っています。
「まだです! まだ私は終わりません! リリィ!」
「あー……、結局こうなんのね」
裁判所の暗がりが形を成したようなその人影は、短剣を腰に差したオルタでした。
黒っぽい革製と思われる軽鎧を身につけ、さらに黒いマントを羽織っています。
「ドルとクレア、それに王子たちを殺せ! 奴らさえいなければ、後はどうとでもなる!」
「簡単に言ってくれるねー。まあ、やるけどよー」
うんざりした様子を見せながらも、オルタは短剣を抜き放ちました。
鈍色の切っ先は毒液に濡れています。
オルタの実力は侮れません。
混沌としたこの戦況では、あるいは――などと思っていたところに、颯爽と現れたのは――。
「女の子にこんな真似をさせるなんて……。恥を知れ、サーラス。スペルブレイカー!」
オルタの前に立ちはだかったのは、もちろんマナリアお姉様でした。
「やめろ、『お前』は出てくるな! この体は俺のものだ!」
その苦悶の声はまるで、オルタとリリィ枢機卿が体の主導権を奪い合っているかのように聞こえました。
「リリィ様、還ってきて下さい!」
「レイ……さ……「ヤメロォォォ!」」
オルタはナイフを振りかざしてレイの目の前にまで迫りました。
危ない、と思わず目をつぶりそうになったわたくしの前で、レイは自ら一歩踏み出し、リリィ枢機卿の体を抱きしめました。
すると、彼女は一度大きく痙攣してから、糸の切れた人形のように崩れ落ちたのです。
「リリィ、頑張りました……」
最後にそれだけ言って、リリィ枢機卿はくたりと気を失いました
「リリィ様もあなたを見限りました。これで終わりです、サーラス!」
「ぐ……。おのれ……おのれぇ……!」
レイが魔法杖をサーラスに突きつけました。
「レイ=テイラー! 私の目を見なさい!」
「!?」
サーラスは諦めていませんでした。
レイを暗示にかけ、オルタのように操ろうとしたのです。
「ふはは、お前を第二のリリィに――」
「させるわけないだろ」
声の主はお姉様でした。
みれば、レイも自分を取り戻したようです。
「このボクが一度見た魔法の解呪を二度も失敗するわけがないだろう。みくびるな」
そう言うと、お姉様も魔法杖の切っ先をサーラスに突きつけました。
「今度こそ終わりだ、サーラス=リリウム」
「~~~!」
今度こそ、サーラスは年貢の納め時でした。
彼は自分の配下だったはずの、臨時政府の兵士たちに捕縛されました。
「……なんだ? どういうことだ?」
「結局、誰が悪かったの?」
「俺たちは誰を処刑すりゃあいいんだ?」
群衆に動揺が広がっていきます。
最初は小さかったそれは、時間を追うごとに大きくなり、やがて雷鳴のようなやかましさになって行きました。
「静まれぇぇぇ!!!」
そこに、群衆の騒ぎを上回るほどの大音量が響きました。
辺りが一瞬、静まりかえります。
「なるほど、サーラスは確かに悪党だったようだ。だがね?」
声の主はアーラ=マニュエル。
「だからって、革命そのものをなしってわけにゃーいかないんだよ」
革命勢力の旗印となった女性でした。
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