第8話 ドル=フランソワ
※ドル=フランソワ視点のお話です。
クレアとメイド長を退出させると、私は改めて少女に向き直った。
多少の緊張が見えるが、この私を前にしてもそれほど怯えた様子がない。
大した胆力だ。
「……」
この者は私と反政府勢力の繋がりを知っている。
先ほどこの者が口にしたのは、その反政府勢力の金庫番の名前と私が寄付を行った日にち、そして金額の正確な額だった。
万全に万全を期し、いくつもの迂回路を通じて行ってきた金銭的支援だが、一体どこで漏れたのか。
クレアと同じほどの年齢にしか見えないが、当然、見た目通りの娘ではあるまい。
可哀想にも思うが、この屋敷から生きて返すわけにはいかなかった。
「さて……。お前は何者だ? 何を知っている?」
殺すのは簡単だが、その前に情報を聞き出す必要がある。
革命への道はまだまだ遠い。
今の時点で私の計画が漏れているのであれば、大幅な軌道修正が必要だった。
「閣下、まず私が申し上げたいのは、私は閣下の敵ではないということです」
「ふむ。ではお前は何だと?」
「閣下の味方です。閣下が抱いておられる大計に、私も協力させて頂きたく存じます」
そういうと、娘は頭を下げた。
「名前は?」
「レイ=テイラーと申します」
「お前は平民だな?」
「はい」
「クレアのメイドになりたいと聞いたが?」
「はい。ですが、それは私のしたいことの一部でしかありません。私の本懐はクレア様のお命を救うことです」
「……」
私は驚きを飲み込んだ。
この娘はなぜそれを知っている?
私は計画の全貌を誰にも話したことがない。
アーラやアーヴァインにもだ。
「確かめたいことがある」
「なんなりと」
「お前は私が何をしようとしているのか、どこまで知っている? お前が知っていることを全て話せ」
「はい」
私が命じると、娘は隠すことなく知っている全てを語った。
私が腐敗した貴族政治を一掃しようとしていること。
そのために密かに反政府勢力に資金を提供していること。
ゆくゆくは王国内で革命を誘発し、腐敗貴族の象徴として断罪されようとしていること。
そして、それに娘すらも巻き込もうとしていることも。
「閣下のお志しには尊敬の念を禁じ得ません。ですが、私はクレア様に死んで頂きたくないのです。私にクレア様を救わせて下さい」
娘――レイ=テイラーはそう言って言葉を締めくくった。
「お前はどうやってそれを知った?」
「話しても信じて頂けるとは思えません」
「信じるかどうかは私が判断する。話せ」
「……分かりました」
レイが語ったことは、確かににわかには信じがたい話だった。
彼女はこの世界とは別の世界からやって来たこと。
この世界はその別世界で作られた、とある物語の舞台であること。
自分はその物語の全容をこれから起きることを含めて知っていること。
どれも普通であれば荒唐無稽な作り話だと一蹴していたような話だった。
だが、レイは実際に私の計画の全容を把握していた。
それどころか、これから起きる未来の出来事を一部予言して見せるまでしたのだ。
サッサル火山が噴火し、バウアーが窮地に陥るらしい。
彼女はそれを利用しろとまで言う。
これが演技なら彼女は超一流の役者だ。
事ここに至っては、横柄で鼻持ちならない悪徳貴族を装う必要もあるまい。
私はレイに対する態度を改めた。
「信じて頂けますか?」
「……信じるしかあるまい。それで、キミはクレアをどうしたいのかね?」
「閣下の価値観からはご理解頂けないかもしれませんが、私はクレア様を愛しています」
「なに?」
「もちろん、平民の身の上で結ばれようなどと大それた事は考えておりません。ですが、できる限りお側に控えて、長く仕えたいと考えております」
「……」
「閣下はクレア様も計画に巻き込まざるを得ないとお考えでしょうが、私ならそれを回避出来ます」
レイの目にはひたむきな色があった。
私には同性同士の恋愛は理解出来ないが、彼女は純粋にクレアのことを案じているらしい。
嘘を言っているようには見えなかった。
いや、嘘でもいいのだ。
娘の命が助かるのであれば、私は悪魔にだって魂を譲り渡す。
私だって助けられるものなら助けたいに決まっている。
だが、仮にクレアだけを存命させたとして、貴族としてしか生きてこなかったあれがどうして生きて行けるだろう。
おそらくは汚れて生き永らえるを良しとせず、早々にその喉を短剣で突くに違いなかった。
「どうやって回避する?」
「クレア様を反貴族側に立たせます」
「……ふむ?」
「閣下にはお辛いことと思いますが、表向き、クレア様には閣下と対立して頂きます」
彼女が描いた青写真はこうだ。
サッサル火山の噴火によって国内には甚大な被害が出る。
その復興のためという名目で、増税を発表して民から反感を買う。
それを主導するのが私で、それに異を唱えるのがクレアという風に誘導していくというのだ。
「そう簡単に行くとは思えんが」
「もちろん簡単なことではありません。ですが必ず成し遂げて見せます」
「そのために、キミがクレアのメイドになることが必要なのだね?」
「はい。クレア様はまだ貴族としてのご自分に疑問を持っていらっしゃいません。また、この国が抱える問題点にも目を向けていらっしゃらないでしょう」
私がそれを変えます、とレイは言う。
「最終的にクレア様には革命の立役者としての立場に立って頂きます。貴族としての地位は失いますが、この方法ならクレア様は命を繋ぐことが出来るでしょう」
「ふむ……」
レイが言った案は、実は私も考えないではなかった。
だが、それにはクレアを変えてくれる協力者が必要だった。
誰かクレアを託せる相手がいれば伏してでも助力を乞いたかったが、生憎、クレアの身も心も守り通し、私と国の事情を話してもなお信頼できる、そんな都合のいい相手はいなかった。
つまり、私が真っ先に切り捨てた案だったのだ。
だが、レイはその役割を自分が引き受けると言う。
そして、クレアにこの国が抱える問題点を直視させ、成長させるとまで言っている。
私は娘が変わること、強くなることをあまり考えていなかった。
これでは父親失格だな。
「……話は分かった」
私はひとまずレイを信じてみることにした。
彼女は有能だ。
予防的に殺してしまうより、手駒として私の計画に組み込んでしまった方がいいと私は判断した。
「クレアのメイドとなることを許可する」
「ありがとうございます」
「定期的に手紙で近況を送ってくれ。私の計画とキミの計画をすり合わせたい」
「かしこまりました」
「私たちのたくらみのことは、クレアには知らせないということでいいのだね?」
「はい。知ればクレア様は確実に反対するでしょうから。全てを知らせるのは、計画が引き返しようのない所まで行ってからがよいかと」
「うむ」
レイはクレアの性格も実によく分かっている。
だが――。
「いいだろう。今日から私たちは共犯だ」
「よろしくお願い致します」
「キミのプランは非常によく出来ている。だが……娘が受け入れるだろうかね?」
「?」
「いや、何でもない」
私の危惧が杞憂であればいいのだが。
「差し当たっては、キミをメイドにするようクレアを説得しなければいけないね」
「そこはドル様の手腕に頼らせて頂きます」
「どうしてクレアはあれほどキミに拒否感を持っているんだね?」
「あー……。その、少し愛情表現が行きすぎまして」
「ふむ?」
よく分からないが、クレアが他人に対してあんなに感情を剥き出しにするのも珍しい。
ワガママではあるが、貴族らしく上辺を取り繕うことも得意な娘だから。
「もう一つ頼まれてくれんかね、レイ=テイラー」
「私に出来ることであれば」
「クレアの良き友人になってやって欲しい。あれは私に似て不器用でね。滅多に他人に心を開かない。例外はレーネくらいだ」
もう一人いるにはいるが、
そもそも彼女を最後に見たのはいつのことだったか。
いや、今はそんなことよりもレイだ。
「友人……ですか」
「もちろん、キミはクレアを恋愛対象として見ているのだろうが、実際問題それは難しかろう? 友人としてならば側に長くいられる」
「そう……ですね」
後に私はこの発言を痛みを持って振り返ることになる。
私のこの言葉がどれほどレイの心を傷つけ、縛り付けただろうか。
レイの中にあった葛藤の深さを、この時の私は少しも理解していなかったのだ。
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