第53話 初陣
※ロレッタ=クグレット視点のお話です。
「やあぁぁぁっっっ……!」
ガイコツ型のアンデッドを切り伏せると、私は次の獲物を探し目を走らせた。
ユークレッドの海岸には、幽霊船から溢れたアンデッドたちが次から次へとやってくる。
「ロレッタ、後ろ!」
「!?」
鋭い声に弾かれたように振り向くと、いつの間にか間合いを詰めて来ていたゾンビを一刀の下に両断した。
「油断は禁物よ、ロレッタ」
「そうだね、ありがとう、ピピ」
そう言うと、ピピは風属性魔法で私の身体能力を向上させてくれた。
これでまだまだ戦える。
幽霊船が現れ、魔力の霧によって閉じ込められたユークレッドは窮地にあった。
ピピと私はせっかくだから海を見ておこうと思い、二人で浜辺を散策していたところでアンデッドに遭遇したのだ。
最初はただのはぐれアンデッドかと思っていたのだが、なぜか次から次へと湧いてくる。
おかしいと思っていた所で、武装した冒険者と町の男性たちが加勢してくれた。
彼らの話によると、ユークレッドは今、幽霊船の脅威にさらされているらしい。
ドル様が陣頭指揮を執っているらしく、お陰でパニックこそ起こっていないが、このまま幽霊船からアンデッドが生まれ続ければ時間の問題だ。
クレア様たちが騒ぎの元凶たる幽霊船を攻略しに行く間、浜辺に押し寄せるアンデッドを水際で食い留めるのが私たちの役目だ。
ピピと私は何人かの冒険者と一緒に、ガイコツやゾンビ、コウモリ型のモンスターたちを撃退しているのだった。
「ひゅー、やるじゃねぇか、お嬢ちゃんたち」
「大したもんだ。冒険者になったらB級上位くらいの実力はあるんじゃねぇか?」
「……どうも」
「ありがとうございますわ」
冒険者なんて平民の中でもとりわけヤクザな商売だ。
それに武装しているとは言え、平民たちに至っては本来私が庇護するべき相手。
そんな者たちと協力して戦わなければならないというのは、貴族としてのプライドに関わる。
だが、アンデッドたちは何しろ数が多い。
一対一なら後れを取るつもりはないが、この数を相手にするには人手がいる。
それに――。
「A班とB班、東に回れ! 西の班と挟み撃ちにする」
「広範囲魔法行くぞ! 伏せろ!」
「今だ、畳みかけろ!」
認めるのは悔しいが、平民たちはともかく冒険者たちは戦い慣れていた。
普段私が戦場を共にするクグレット家の一門や軍とは違う、泥臭いが実利に適った戦い方だ。
「何かあっちの方、アンデッドたちが蹴散らされてんな」
「幽霊船に突入した貴族様んとこの従魔だとよ」
「水ん中で岩みたいな大きさになってたぜ」
「従魔なんて初めて見たが、結構頼りになるもんだな、おい」
などと無駄口を叩く余裕すらある。
(こいつらが強いわけじゃない。私の仲間たちが弱いわけでもない。弱いのは私だ――!)
アンデッドハントはこれまでにも何度も経験してきた。
クグレット家の娘として、王国初の女性軍人を嘱望される者として、それなりの場数を踏んできたつもりだった。
でも、いざこうして家や軍と関係のない戦場に出てみると分かる。
――私は、守られていた。
(何が武門の名家の一人娘だ……何が女性初の軍人だ!)
一門や軍の軍人たちと戦っていた時は組織戦だった。
私は陣頭指揮を執り、彼らの力を借りて戦っていた。
だが、いざ自分が前線に出てみると、そこで見える景色は全く違う。
私は今まで戦を数でしか見ていなかった。
前線で戦い、傷ついていく一人一人に命があり、家族があり、守るべきもの、帰る場所があるということに思いが至っていなかった。
目を背けることの許されないその事実が私の心に重くのしかかり、剣を鈍らせ足を重くする。
「危ねぇ、嬢ちゃん!」
「!?」
気がつくと、私は一人戦列から離れて突出してしまっていた。
周りをあっという間にアンデッドたちの群れに囲まれる。
「くっ……!」
「風刃よ(エアカッター)!」
とっさに応戦して剣を振るおうとする前に、風の刃が道を切り開いてくれた。
足場の悪い砂浜を駆けて、戦列に復帰する。
「助かった、ピピ」
「ぼやぼやしてると怪我じゃ済まないわよ!」
険しい声でそう叱責してくるのはピピだった。
普段から訓練を積んでいる私と違って、彼女の戦闘能力はそう高くない。
でも、そんな彼女の方がよっぽどこの戦いには馴染んでいた。
私だけが、浮いている。
「そばかすの嬢ちゃん、あんた、貴族様だろ」
「そうだけど、それがどうしたっていうの?」
「あんた、後方に下がれ」
「!? 私を愚弄するつもり!?」
年配のひげ面の冒険者に言われ、私は思わずかっとなった。
「違う違う。適材適所ってやつだ。見たところ、あんたは指揮が執れるタイプだろ? オレら冒険者は個々で動くのは得意だが、こういう集団戦にゃあ慣れてねぇ。誰かが指揮を執る必要がある」
「……それを私に任せると?」
「これだけの人数の集団戦を経験したヤツはオレたちの中にゃあいねぇんだ。アンタもかい?」
「……いや」
昨年のアンデッドハントでは、五百人規模の隊を指揮した経験がある。
この場にいる冒険者や平民たちは、せいぜいが百人という所だ。
内訳は冒険者が二十人程度、残りが武装した平民である。
「なら、任せるぜ。せいぜいこき使ってくれや」
「……分かった」
「決まりだな。おい、そっちの嬢ちゃん。アンタはそばかすの嬢ちゃんの護衛について行け」
「分かりました」
「野郎ども、町には一歩たりとも入れさせんなよ!」
「「「おう!」」」
冒険者たちが力強く声を上げる中、ピピと私は冒険者たちの一人に連れられて後方に下がった。
小高い岩場に案内されると、そこからは浜辺が広く見渡せた。
「念話のチャンネルを用意してある。やれるか?」
「ええ」
「よし、頼んだぞ」
案内役の冒険者に乱暴に背中を叩かれ、少しむせる。
私は混沌とした状況の浜辺を冷静に観察した。
「ロレッタ……」
「大丈夫。任せて」
先ほどまでのような迷いや葛藤はもうない。
今の私は将としての私。
数字で戦場を捉える、血も涙もない一人の軍人だ。
割り切れ。
冷徹になれ。
情では戦には勝てない。
私は大きく息を吸い込むと、戦場に響き渡るように命令を発した。
「左陣は十メートル前進、中央は二十メートル後退! 凹陣形でアンデッドたちを取り囲め!」
◆◇◆◇◆
やがて幽霊船が消滅し、アンデッドの群れも徐々に掃討されていった。
大勢は決した。
私たちは勝った。
「やったわ、ロレッタ! あなたが勝ったのよ! ……ロレッタ?」
戸惑うような顔のピピを押しのけて、私は後方の岩場の隙間にある海へと走った。
そして、胃の中のものを全部吐き戻してしまった。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
「ロレッタ……」
追いついてきたピピが優しく背中をさすってくれた。
彼女は何も言わない。
察してくれているのだろう。
(軍人でない者たちを死なせた……私の指揮で……)
軍人とは自ら志願して戦うことを選んだ者たちだ。
彼らには覚悟がある。
最悪、自分が命を落とすことになろうとも、命令に従うという覚悟が。
でも、彼らは違う。
冒険者たちはひょっとしたら望んでその道を選んだかもしれないが、命をかけてまで戦うかどうかは人によるだろう。
平民に至っては完全なる被害者だ。
そんな者たちを私は死なせてしまった。
その事実が、私には耐え難かった。
「……よう、そばかすの嬢ちゃん。その様子だと、だいぶ堪えたみたいだな」
そう声を掛けてきたのは、私に後方で指揮を執れと言ったひげ面の冒険者だった。
「……んだ?」
「……うん?」
「……何人、死んだ?」
「……そいつを聞いてどうする」
私の問いに、冒険者は問いで応えた。
「自己満足よ。自分が執った指揮の結果を知っておきたいの」
「……ロレッタ……」
「それで永遠に後悔することになってもかい?」
「それが指揮を執った者が背負うべき咎でしょう」
亡くなった者たちは帰ってこない。
責任なんて取れないのだ。
だから私は言った。
自己満足、と。
「十一人だ。あれだけの数のアンデッドを食い止めたにしちゃあ、出来すぎの戦果だよ」
「……十一人も」
その一人一人に家族があり、帰るべき場所があり、人生があった。
私はその未来を摘み取ってしまった。
「あんたみたいな貴族もいるんだな」
「……?」
「お貴族様っていやぁ、オレたちみたいな平民のことなんて、チェスのポーンくらいにしか考えてねぇと思ってたぜ」
「……そういう者もいるかもしれない」
でも、私にはとても無理だ。
「死んだ奴らも、あんたみたいなヤツのために死んだんなら、少しは浮かばれるだろうよ」
「そんなこと……」
「そんなことあるさ。痛みを共有出来る指揮官ってのは貴重だ。指揮するときにきっぱり切り離せるヤツはもっとな」
冒険者はそう言うと懐から何かの小瓶を取り出した。
「酒だよ。死んでいった奴らへの手向けだ」
冒険者は蓋を外すと、瓶を逆さまにして海へ酒を注いだ。
「……ちょっと、待っててくれる?」
「ピピ?」
そう言うと、ピピはどこかへ行って、数分後に戻って来た。
その手にヴァイオリンを持って。
「ピピ、潮風で楽器が傷むよ」
「少しくらい、いいでしょ」
そう言うと、ピピは弓をつがえて引き始めた。
「レクイエムか。アイツらにゃあ、上等すぎるぜ」
冒険者はそう言ったが、その表情は嬉しそうだった。
「そばかすの嬢ちゃん、アンタ、名前は?」
「ロレッタ。ロレッタ=クグレット」
「こいつは驚いた。クグレット家のご令嬢かよ。どうりで指揮が上手いはずだ」
「よしてよ」
「本音さ。覚えておくぜ、あんたの本当の初陣をさ」
私にとって指揮を執るのはこれが初めてではなかった。
でも、彼が言いたいことは分かった。
(……そう、これが私の初陣)
戦とはどういうものか。
軍勢を指揮するとはどういうことか。
――そして、人を死なせるとはどういうことか。
(忘れない。絶対に)
アンデッドたちの骸は消え、無数の魔法石だけが散らばる海岸に、ピピが奏でる鎮魂歌だけがいつまでもいつまでも響いていた。
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