第45話 恋愛、最初の一歩

「行ったか」

「風みたいな人だったね、マナリアは」

「……王の器とはあれほどまでに大きいものか」


 お姉様を見送って、三王子様方がそれぞれ感慨深そうにそう仰いました。

 わたくしも名残惜しく思います。


 レイとどんなことを話しているのだろう、と色々想像していると、


「それはそうとして、おめでとうございます、クレア様」

「? 何がめでたいんですの、ミシャ?」


 ミシャがよく分からないことを言い出したので、わたくしは聞き返しました。

 思えば、この時点でその場から逃げ出すべきでした。


 わたくしが話が見えないでいると、いつの間にかロッド様、ユー様、ミシャ、ピピ、ロレッタに囲まれていました。

 えっ、えっ、えっ……?


「何がめでたいって、そりゃなあ?」

「うんうん、隠すことはないよ、クレア。僕らは応援するよ?」

「……恋の形はそれぞれだ」


 少し離れたところにいるセイン様までそんなことを仰います。

 わたくしは嫌な予感がしてきました。


「クレア様~、あの者と一緒になっても、私たちと遊んで下さいね!」

「たまにはお茶会に誘って下さい!」

「だからあなたたちまで何を言っているんですの!?」


 何故か泣き出したロレッタとピピを見て、わたくしは嫌な予感がどんどん強まるのを感じました。


「何ってそりゃあ――」


 ロッド様の言葉に続いて、


「レイと付き合うことになったんだろ?(でしょう?)(でしょ?)(ですよね?)」

「どこから出て来ましたのよ、その与太話は!?」


 全員で声を揃えたあまりの妄言に、わたくしは全身の力を振り絞って否定しました。


「いえ、でも……」

「なあ?」

「だよね」

「……うむ」


 ミシャ、ロッド様、ユー様、そしてセイン様までもが、どこかネズミをいたぶる猫のような雰囲気を醸し出していました。

 わたくし、クレア=フランソワは、生まれて初めて弱者の立場がどのようなものかを理解したように思います。


「レイはわたくしのものよ! わたくしのものを取らないで!――だもんなあ?」

「ロッド様!!」


 先日のセリフをそっくりそのまま真似されて、わたくしは顔が耳まで赤くなるのを自覚しました。


「どうしてですか? 凄く素敵なセリフだったと思いますけれど」

「み、ミシャ、あなたまでそんな……!」

「クレア様~、私たちのことも忘れないで下さいね~!」

「結婚式には呼んで下さいね~!」

「ロレッタとピピも泣くんじゃありませんわよ! あなた方、また洋酒入りのチョコレートでも食べたんじゃありませんわよね!?」


 場がどんどん混沌としていきます。


「あれは、あの場の雰囲気で思わず言ってしまっただけで、レイのことなんてなんとも――」

「それです、クレア様」


 ミシャが見逃しませんよ、と言わんばかりに鋭い眼光でわたくしの話を遮りました。


「何ですのよ、ミシャ?」

「今、レイのことを何て呼びました?」

「は? レイのことはレイと呼ぶに決まってるじゃありませんのよ」

「クレア。お前、今までアイツのこと平民としか呼んでなかったぞ」

「そうだね。僕もそれしか聞いたことない」

「俺もだ」

「――!?」


 言われて初めて気がつきました。

 わたくし、確かにレイのことを、いつの間にかレイと呼んでいます。

 特別意識していなかったのですが、改めて指摘されると何か意味深な……いえ、深い意味などないのですが!


「ち、違いますわ! 今までも……そう、皆さんのいないところでは名前で呼んでいましたのよ!」

「ほーう? じゃあ、いよいよ隠す必要もなくなったってわけか」

「クレア、大胆だね」

「……だが、悪くない」

「やっぱり、おめでとうございます、でいいのでは?」


 あー、もう、埒が明きませんわ!?


「とにかく! レイとわたくしは別になんでもありませんわ!」

「それです、クレア様」

「今度は何ですの、ミシャ!?」


 またわたくし、何かやらかしましたの!?


「名前の語順です。今まで、レイとご自分を並べて仰るときは、ご自分、平民という言い方でしたのに、今はレイ、ご自分という語順に――」

「あー、もう、細かいことにうるさいですわね!?」


 わたくしがまくし立てるように言うと、ミシャはくすくす笑いました。


「……ミシャ、あなた楽しんでいますでしょ?」

「ふふ、申し訳ございません。クレア様があまりにもお可愛らしくてつい」

「それもからかっていますわよねぇ!?」


 わたくしはぷいっとそっぽを向きました。


「拗ねるな拗ねるな。いいじゃねぇか、ようやくレイの思いが報われたんだろ? めでたいじゃないか」

「そんなこと仰って……。ロッド様こそいいんですの?」

「何がだ?」

「もしもレイがわたくしと交際することになったら、レイ狙いのロッド様としてはご都合がお悪いのではなくて?」


 わたくしは反撃のつもりで少し意地悪な言い方をしました。

 ところが、ロッド様は余裕タップリで、


「レイが誰を愛そうが誰と付き合おうが別にどうでもいい。最終的にオレの側にいりゃあな」

「……そうでしたわ。ロッド様はそういう方でしたわね」

「相手が悪かったね、クレア」

「……兄貴がすまんな」


 なぜかユー様とセイン様に慰められてますわね、わたくし?


「それで? レイとはどこまで行ったんだ?」

「? どこまで、とは?」

「俺たちにまでとぼけなくてもいいだろ。ほら、キスとか触るとかそれ以上とかあんだろ?」

「ばっ……!」


 バカじゃないですの!?

 ――と言おうとして、相手が王族なことを思い出し、必死に自制したわたくしを誰か褒めて下さらない?


「そんなことしてるわけありませんでしょ! まだちゃんと手も繋いでいませんわよ!」

「なーんだ、まだそのレベルかよ。そんなんじゃいつ横からかっさらわれるか、分かったもんじゃねぇぞ?」

「その筆頭が言う台詞じゃないよね」

「……兄貴が最右翼だものな」


 変な所で息がぴったりですわね、王子様方?

 普段からそれくらい仲良くなさればいいとわたくし思いますの。


「じゃあ……まずはデートからだな!」

「で、デートですの?」

「そうだ。交際の基本だろ?」

「で、でも、レイは平民ですし、話も価値観も合うかどうか……」

「心配すんなって。そんなのはレイがなんとかするさ。クレアはどーんと構えてればいいんだよ、どーんと」

「ど、どーんと? そうですの?」

「ああ」


 そうなのでしょうか。

 ロッド様に言い切られると、何だかそんな気がしてくるから不思議です。


「ロッド兄さん、あんまり無責任に断言するのは良くないよ?」

「……俺もそう思う。俺たち男とは違って、婦人というのは繊細なものだ」

「そうかあ? レイならそういう部分も力業で何とかしそうだけどなあ」

「ロッド様はレイのことを少し買いかぶりかと存じます。レイは意外と普通ですよ?」


 ロッド様に対して、ユー様、セイン様、ミシャが苦言を呈する。


「まあ、行って見りゃ分かんだろ。誘うだけ誘ってみろよ」

「わたくしからですの!?」

「お前とレイしかいないんだから、どっちかって言ったらクレアじゃないのか?」

「そ、そんな破廉恥な……!」

「じゃあ、その破廉恥なことをレイにさせるのか? 名門フランソワ家の令嬢として、そいつはいただけないんじゃねぇか?」

「ぐっ……!」


 この時点でわたくしは、そろそろ自分がからかわれていることに気がつくべきだったのですが、家名を出されたことで頭に血が上っていました。

 だからつい、こう言ってしまったのです。


「分かりましたわ! このクレア=フランソワ、逃げも隠れも致しません! 見事レイをデ……遊びに誘って見せようじゃありませんの! オーッホッホッホ!」


 ええ。

 夜、カトリーヌに泣き言を言うハメになったのは、言うまでもありません。

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