第47話 いちご大福
「あら?」
「おや?」
バカンスへの出立を数日後に控えたある日。
わたくしが行きつけの菓子屋へ足を運ぶと、そこでレイとばったり出くわしました。
わざわざ別行動をして来たのに、ここで会ってしまうなんて。
「珍しいですね。クレア様がこんな平民が利用するようなお店に来るなんて」
「ここでしか買えない菓子があるんですのよ。それに、それを言い出したらブルーメだって店自体は平民の店ですわ」
「なるほど。美味しければ問題ないわけですね」
「そういうことですわ」
「つまりクレア様は食いしん坊、と」
「何でですのよ!?」
あながち間違いでもないのかもしれませんが、レイにそう言われると腹が立ちますわ。
「それで? あなたはここへ何をしにいらしたの?」
「私は市場調査……じゃなかった、最近はどんなお菓子が流行なのかなあと思いまして」
「つまり冷やかしですのね」
「そうとも言います」
まあ、平民の懐事情ではそう頻繁に菓子などの嗜好品を買うわけにもいかないのでしょう。
しれっと言うレイの肩にはレレアがいて、店の中を興味深そうにキョロキョロしています。
「仕方ありませんわね。何か買ってあげますわ。好きなものを選びなさいな」
「え、いいんですか?」
「これくらいは貴族の甲斐性でしてよ」
わたくしはそう言うと、レイを連れて店に入りました。
高級料理店であるブルーメに比べると流石に格が落ちますが、それでも平民向けの店としてはそれなりに小綺麗な店内です。
不特定多数を相手にする店というよりは、知る人ぞ知る名店という趣もわたくし好みなのでした。
「……なんか妙に精霊教徒が多くないですか?」
「今頃気がつきましたの? ここはシスターたちの憩いの場でもあるんですのよ」
この店は精霊教会の総本山であるバウアー大聖堂から比較的近い場所にあります。
シスターたちは社会的身分こそ低くないものの、懐事情に関しては平民とあまり変わりがありません。
そんな彼女たちを気の毒に思った店主は精霊教徒割引なるサービスを始めたのです。
精霊教徒の証であるロザリオを見せると、何割か値引きして貰えるのだとか。
併設されているカフェスペースでは、修道服を身に纏ったシスターたちがお茶とお菓子を楽しんでいます。
「へー。そうだったんですか」
「それで? 何を買うか決まったんですの?」
「あ、ちょっと待って下さい。意外に品揃えがよくて。もうちょっと迷わせて下さい」
「じゃあ、わたくしは先に会計を済ませておきますから、あなたは決まったら声を掛けてちょうだい」
「はーい」
ショーケースから視線を動かさないレイに少しくすりとしながら、わたくしは自分の買い物を済ませてしまおうと思いました。
レレアのおやつも一緒に買いましょう。
「ごきげんよう」
「これはこれはクレア様。毎度ご贔屓に」
柔和な笑顔でわたくしを迎えてくれたのはこの店の女将でした。
菓子屋の主らしく恰幅がよく、エプロンがよく似合う女性です。
「今日もこれとこれをお願いしますわ」
「リコリスの飴はいいんですか?」
「それは今日はいいですわ」
カトリーヌの大好物であるリコリスのキャンディもここで買ったものです。
この店は王道からは少し外れた、ちょっと変わった菓子を扱っているのです。
カトリーヌも何回か誘っているのですが、彼女は何故か馬車に乗ることを頑なに拒むので、なかなか連れて来られないのでした。
「いちご大福とハーブビスケットですね。七百ゴールドになります」
「支払いはこれで。お釣りは結構で――」
「はぁ!?」
ショーケースからぴくりとも動かなかったレイが、突然奇声を上げてこちらを見ました。
肩のレレアが驚いて転げ落ちます。
「ど、どうしましたのよ?」
「今、ありえない単語を聞いた気がして」
「ありえない単語?」
「いちご大福とかなんとか」
「それのどこがありえないんですのよ」
おかしな事を言うレイですわね。
わたくしはレレアを拾い上げながら聞き返しました。
「え、あるんですか、いちご大福」
「あるに決まってるじゃありませんの。シスターの間でも人気商品ですのよ?」
「えええ……この世界のお菓子事情おかしくない……?」
レイは何やら衝撃を受けたようで、いちご大福を見ながら何やらぶつぶつ言っています。
「クレア様、いちご大福は実は割と最近王国に入ってきた菓子なんですよ」
レイとわたくしのやり取りを見ていた女将が説明してくれました。
「あら、そうなんですの?」
「ええ。元々は東方の島国生まれの菓子らしいです。辛子と同郷ですね」
そう言えば、東方の国にはレイと同じような黒目黒髪の人種が大勢いるとか。
レイにもそちらの血が流れているのかしら。
「わたくしが物心ついた頃にはありましたから、てっきりずっと昔からあるものだと思い込んでいましたわ」
「ミリア様はクレア様のことを本当に大切になさっていましたから。面白いいちご菓子があると聞きつけて、すぐに買い付けにいらしたんですよ」
「……そう……お母様が……」
思わぬところでお母様の話を聞いて、わたくしは胸がいっぱいになりました。
「ところでクレア様、それは……」
「え?」
女将が指を指しているのは――レレア。
「ああ、この子は大丈夫ですのよ。レイの従魔ですの」
「従魔……。飼い慣らした魔物とかいう……実在したんですね」
物珍しさと彼女の愛らしさからか、レレアはあっという間に女性たちに囲まれました。
次々にお菓子のお裾分けを貰っています。
微笑ましい光景に思わず頬が緩みかけましたが、わたくしは誤魔化すように話を変えます。
「ところで女将、最近、変わったことはなくて?」
本来であれば平民とこのような会話をするのは時間の無駄以外の何ものでもないのですが、ここの店主は古くからの馴染みです。
こうやって一言二言世間話をすることもあるのでした。
「そうですねぇ……特には。常連客の子が何人か来なくなって寂しいくらいですかねぇ」
「その子たちは?」
「何でも別の支部に移ったらしくて。挨拶もなしにいなくなる子たちじゃないんですけれどね」
「……まあ、そういうこともあるでしょう」
「そういうものでしょうかね。みんな本当に可愛い子たちばかりで……しかも今月に入ってもう三人目なんですよ」
「それは少し寂しいですわね」
この時、わたくしは気がつかなかったのですが、これはある事件の前触れだったのです。
それをわたくしが悟るのは、もう少し後のことになります。
「クレア様、私もいちご大福にします」
「はいはい。女将、これも一緒にお会計してちょうだい」
「かしこまりました。お包み致しますね」
「お願いしますわ」
待っている間、レイと一緒に店内を眺めます。
カフェスペースで友人たちと語らうシスターたちは、普段の楚々とした様子ではなく、どこか羽を伸ばしているような明るさがあります。
中にはわたくしたちくらいの年齢の子もいました。
きっと、少ない手持ちを工面して作った貴重な時間なのでしょう。
「お待たせしました、クレア様。こちらをどうぞ」
「ありがとう。レレア、行きますわよ!」
すっかり修道女たちの心を掴んだレレアは、お菓子を沢山貰ってご満悦のようです。
名残惜しそうに彼女たちの手を離れると、わたくしの手にぴょんと飛び乗りました。
「女将、また来ますわ」
「お待ちしております」
わたくしは店を後にしました。
「まさかいちご大福で先を越されるなんて……」
「やっぱりあなたの実家も東方のご出身ですの?」
「え? あ、いえ、その……そうであるとかないとかなのですが」
「またよく分からない言い方をして」
まあ、レイがよく分からないのはいつものことですが。
やれやれと思いつつ、わたくしはレレアをレイの肩に戻しました。
「あなたはこの後どうしますの?」
「特に用事はありませんので、このままクレア様の荷物持ちをしようかと」
「結構。といっても、いちご大福は傷みやすいですから、寄り道はせずに帰るのが一番でしょうね」
「残念です。クレア様とデート出来るかと思いましたのに」
「で、ででで、デート!?」
その単語はわたくしの動揺を誘うのに十分な威力を持っていました。
つい先日、失敗に終わったデートのリベンジの機会がいまここに……?
「そ、そういうことでしたら、付き合ってあげてもよくって――」
「でも、いちご大福のためですもんね。ほら、早く帰りましょう」
「……」
「クレア様?」
「ほんっっっっと、そういうところですわよ、あなた!?」
「えええ、何か理不尽に怒られた気がします!?」
結局、この日はそのまま寮に帰りました。
デートのリベンジはまたの機会になりそうです。
ぐすん。
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