第50話 レイ=テイラー身辺調査
※ピピ=バルリエ視点のお話です。
「ここがユークレッドね。小さな町だけど、いいところね」
ユークレッドに到着した私たちは、馬車の旅で縮こまった身体を伸ばしながら辺りを見渡した。
「そりゃあね。フランソワ家が別荘を置くくらいだもの。過ごしやすくていい町よ。お魚も美味しいし」
「ロレッタは何度か来たことがあるんだっけ?」
「うん。クレア様と一緒にバカンスをご一緒したよ」
「……そうなんだ」
理由の分からない胸の痛みを無視しつつ、私はロレッタに笑いかけた。
「で、到着したはいいけれど、これからどうするの?」
「え、それを私に聞く?」
「……ロレッタ、あなた何にも考えてなかったでしょ」
「だって、ピピが一緒に来てくれるって言うから、もう後は任せておけばいいかなって……」
言いながら小さくなるロレッタが可愛くて、私は思わず笑ってしまった。
頼りにされるのは嫌いじゃない。
むしろ好きだしやる気が出る。
「確認だけど、この旅はあのレイ=テイラーのことを調べるためなんだよね?」
「そうだよ。あの娘の魔手から、クレア様をお守りするの」
「なら、聞き込み調査してみようか」
「聞き込み調査?」
ここユークレッドはフランソワ家の別荘地であると同時に、レイの地元でもあるという。
それなら、町の人に聞き込みをすれば、彼女の人となりがもう少し明らかになるかも知れない。
「なるほど……面白いかも」
「面白がってどうするの。真面目にやるのよ」
「ああ、ごめん。面白いっていうのは言葉の綾だよ。調査自体は真面目にやるから」
「そう? ならいいんだけど。じゃあ、まずは宿を取って着替えましょう」
「え? 着替えが先?」
ロレッタはすぐにでも聞き込みをしたそうだった。
「私たちの格好、旅の貴族そのものよ? こんな格好で聞き込みして、ちゃんとした答えが返ってくると思う?」
「あ、そっか」
ロレッタも合点がいったようだ。
「じゃあ、着いてきて。貴族専用とは行かないけど、そこそこの宿を手配してあるから」
「さっすがピピ。頼りになるぅ」
◆◇◆◇◆
宿で平民の格好に着替えた私たちは、早速町に出て聞き込みを開始した。
「レイちゃん? ああ、テイラーさんちの娘さんだね。よーく知ってるよ」
最初につかまえた中年の男性は快く質問に答えてくれた。
「どんな子ですか?」
「そうだねぇ。つかみ所のない不思議な子だね」
「つかみ所がない?」
「ああ。いつも心ここにあらずというか、ぼーっとしていることが多くてね。ご両親も最初はそりゃあ心配してたもんさ」
「心ここにあらず?」
「ぼーっとしている?」
私たちが知っているレイとは随分印象が違う。
人によってはそういう印象を抱くこともあるだろうと思い、男性にお礼を言うと次の人に聞き込みをすることにした。
次は野菜を売る店の女性だった。
「レイちゃん? ああ、よくうちに買い物に来てたねぇ。凄く賢い子だよ」
「凄く?」
「賢い?」
また私たちの知るレイとは印象の異なる話だ。
「勉強自体はそうでもないんだけど、利発っていうのかな。とにかく頭の回転が速い子でね。神童なんて呼ばれてたこともあったね。うちの馬鹿息子とは大違いだ」
「神童って呼ばれてたんですか?」
「そうさね。雰囲気も浮世離れした子だったねぇ。学校では先生にそろばん代わりにされてたよ」
「……そろばん代わり」
その後も何人かに聞き込みをしたが、どれもこれも私やロレッタの知るレイ=テイラーとは一致しない情報ばかりが耳に入ってくる。
「ピピ……」
「ええ」
「やっぱりあの娘、ただ者じゃないわ」
「そうね。故郷の人間すら欺いていたってことね」
レイがなぜ自分を偽っていたのかは分からない。
でも、そこには何らかの理由があるはずだ。
浮世離れした物静かな神童から、クレア様一筋の変態へと変貌した、何らかの理由が。
「!? ピピ、隠れて!」
「えっ!? ちょ、ちょっとロレッタ!」
急に物陰に引っ張り込まれて、私は転びそうになった。
ロレッタの胸に飛び込む形になり、私は心臓が動悸するのを感じた。
あれ?
あれれ?
「見て、クレア様たちだよ」
「……」
「ピピ?」
「え? ああ、うん。そうだね」
原因の分からない胸の鼓動に戸惑ったが、私は無理矢理意識を外に持っていった。
見れば、レイがクレア様を連れて一軒の家に入っていくところだった。
「あいつ! クレア様を引っ張り込んで何するつもりだ!」
「落ち着いてロレッタ! まずあそこが何の店なのか確かめましょう?」
「あ、ああ。……いかがわしい店だったら、ただじゃおかないぞ」
今にも殴り込んでいきそうなロレッタを宥めつつ、外から店を観察した。
「平民の洋服屋さんみたいね」
「……ってことは、あの娘の実家ってこと?」
「そうみたい」
テイラーというのは洋服屋に多い名字だ。
「踏み込んでみる?」
「今入ったらクレア様たちと鉢合わせになるわよ? 何て説明するつもり?」
「う……それは……」
「もうちょっと様子を見ましょう」
ロレッタと私はしばらく外からテイラー家の様子を観察していた。
しかし、いつまで経っても二人が出てくる様子がない。
「何かおかしくない?」
「そうね……」
「もしかして、二人してここに泊まるつもりなんじゃ……」
「まさか。クレア様がこんな小汚いところを宿にするわけないでしょう」
「それもそうか……」
平民にしては上等な造りをしているようにも見えるが、最上級の貴族であるクレア様にはあまりにも不釣り合いだ。
「もう待ちきれない。入るよ」
「あ、ちょっと、ロレッタ!」
私の制止を振り切って、ロレッタはテイラー邸に入ってしまった。
「いらっしゃいませ。……あらあらまあまあ、可愛らしいお嬢様たちですこと」
私たちを出迎えたのは、エプロン姿の若い女性だった。
ボリュームのあるロングヘアで同じ黒髪ではあるものの、レイにはあまり似ていない。
でも、ここがレイの自宅であることを考えれば、年齢からして恐らく彼女の姉だろう。
両親のどちらかがレイとは違うのかも知れない。
「服をお探しですか?」
「あ、いえ、ちょっと人を探していて……」
「あら、そうでしたか。どんな方なの?」
「えーと……」
そのまま口ごもってしまうロレッタ。
さてはまた何も考えずに突進したな。
「失礼しました。実は妹さんのことをおうかがしたくて」
「妹……? ああ、もしかして、レイのことかしら?」
「はい、そうです」
「もしかして、レイのお友だち? 初めまして、レイの母です」
「「えええー!?」」
驚いた。
レイくらいの娘がいるなら三十代半ばは過ぎているはずだが、目の前の女性はどう見積もっても十代にしか見えない。
「お、お若いですね……」
「ふふ、よく言われます。あ、レイを呼んできますね」
「あ、いえ! 会いに来たわけじゃないんです。実は、私たちは王立学院の職員でして」
「ピピ?」
怪訝な顔をするロレッタの手の甲をつねって黙らせてから、私は続けた。
「ちょっとお嬢さんのことでうかがいたいことがあるんです。少し、お話しをよろしいでしょうか?」
「あらあらまあまあ、そうでしたの。かしこまりました。どうぞこちらへ」
そう言うと、レイの母メル=テイラーは店の奥に案内してくれた。
応接用……というにはいささかボロな椅子と机に腰掛ける。
「それで、私は何をお話しすればいいのかしら?」
「お嬢さんは子どもの頃、どんな子どもでしたか?」
「うーん、そうねぇ……」
メルさんは少し記憶を辿るような素振りを見せてから、やがて口を開いた。
「とても賢い子だったわ。教えてもいないのに字が読めたり、計算が出来たり。学校の勉強にはあまり興味はなかったようだけれど……」
「へぇ……」
「手紙の代筆なんかをよく頼まれてたわ。どこかの家が本を買ったって聞くと、訪ねて行って読ませて貰ってたりもしたわね」
「読書がお好きだったんですね。料理もその時に?」
レイといえば、貴族をも虜にする料理のことは欠かせない。
「料理は普通に覚えたんじゃないかしら。平民はみんな料理が出来るから」
「そ、そうですか」
でも、レイが作る料理は平民が食べるそれとは一線を画する水準だと思う。
「なかなかつかみ所のない子だけど、良い子よ。町の皆のために、王都で買った高価な薬を送ってくれるの」
「そ、そうなんですか」
「あのレイが……」
ロレッタと私が顔を見合わせて考え込んでいると、メルさんは小さく笑ってこう続けた。
「……レイはね。心の半分が別の世界で生きているような子だったの」
「別世界?」
「ええ。この世界に飽きたらふらりとどこかに行ってしまいそうで、いつも主人と一緒に不安だったわ」
母親の印象ですら、私たちが知るそれとは異なる。
レイという子は一体何者なのだろう。
「でも、あの子は心を全部こっちに置いてくれたのね。この世界で生きていきたいって思わせてくれる相手に巡り会えたみたい」
そう言って破顔するメルさんは、娘の身を案じる母親以外の何ものでもなかった。
メルさんはきっと、レイがクレア様に出会ったことを指しているのだろう。
「あなたたちのような友達もいてくれて、私はとても嬉しいわ」
「……バレてたんですか?」
「そりゃあね。王立学院の職員さんにしては、ちょっと若すぎるもの。それに、ついさっき似たような立ち居振る舞いの人を見たばかりだったから」
恐らく、これもクレア様のことだろう。
「それで、レイは学園ではどうなのかしら? 大人しい子だからいじめられていないか心配で……」
「あ……えーっと、その、色々な意味で有名人ですけど、パワフルに頑張ってますよ」
まさか私たちがいじめていた張本人だとは言えない。
それにしても……大人しい?
レイが?
「色々と手のかかる子だと思うけれど、仲良くしてくれたら嬉しいわ。あの子のこと、よろしくお願いします」
そう言うと、メルさんは深々と頭を下げた。
「……もう行こう、ピピ」
「……うん。お世話になりました、メルさん」
「大したお構いも出来ませんで」
メルさんに見送られて、ロレッタと私はテイラー家を後にした。
「宿に戻ろうか」
「うん。……あれ? ロレッタ、スカーフは?」
「ピピこそ」
「どこかで落としたのかな?」
「……まあ、いいじゃない。戻ろう」
「うん」
◆◇◆◇◆
夜の宿。
ロレッタと私は今日の成果を話し合った。
「結局、あの子のことはよく分からなかったね」
「そうね」
故郷の町の者はおろか、自分の母親まで騙しているとなると、いよいよこれはただ事ではない。
「でも、なんだろ……メルさんや町の人たちの話を聞くと、悪意のある子とは思えなかった」
「……うん」
故郷の町に薬を買って送るような子が、クレア様に害意を持って近づくだろうか。
町の人たちも彼女のことを不思議だとかつかみ所がないとは言ったが、悪い噂は一つもなかった。
「でも魔物連れ歩いてるのはやっぱりおかしいよ」
「あ、レレアって魔物だったね。そう言えば」
ロレッタに言われて思いだしたが、確かに彼女は元魔物だ。
「確かに可愛いマスコットになってるね」
「この前、クッキー持ってたら肩に飛び乗ってきた」
良いなあ。
ロレッタって昔から動物とかに好かれやすいんだよね。
「一枚あげたらぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでた」
「私もクッキー持ち歩こうかな……。じゃなくて」
まあ、レレアに害がないことはクレア様も保証して下さっている。
彼女は大丈夫だろう。
「ピピ、私分からなくなっちゃった。レイのこと悪者扱い出来なくなったら……良い子だって分かっちゃったら、私、あの子のこと憎めなくなっちゃう」
「ロレッタ……」
ロレッタとしては、恋敵であるレイには悪者でいてくれる方が都合がいいのだろう。
でも、今度のことでそれが難しくなってしまった。
自分の鬱屈した気持ちの持って行き場がなくなって、きっと苦しいのだろう。
「憎む必要なんてないじゃない。正々堂々、恋敵として勝負すればいいんだよ」
「でも……私、あの子に勝てそうなことが何にもないよ……」
眠たくなって来たのだろう。
ロレッタは少しぽやぽやした声になってきた。
ついでに弱気になっている。
「何言ってるの。ロレッタは良い子だよ。どこに出しても恥ずかしくない、私の自慢の――ロレッタ?」
「すぅ……すぅ……」
「……寝ちゃったか」
私は一旦起き上がると、ロレッタの布団を直してからまた布団に入った。
「考えてみたら、二人だけでお泊まりなんて初めてのことだなあ」
使用人もおらず、こんな小さなベッドで二人きり。
横を向けばロレッタの寝顔が見える。
ちょっと脳筋で猪突猛進な所もあるけれど、寝顔はあどけない感じで可愛い。
本人が気にしてるそばかすも、私はチャームポイントだと思う。
そう思った瞬間、また心臓が大きく跳ね始めた。
「……あれ? あれ……?」
どうして?
どうしてこんなに胸がドキドキするの?
ただ一緒のベッドにいるだけなのに。
「……え? ひょっとして……ひょっとして、そういうこと……?」
私ってば、ひょっとしてロレッタのこと……?
「いやいやいや! それはないでしょ、いくらなんでも!」
ロレッタは親友、それ以上でもそれ以下でもない。
でも、そんな言い訳をわざわざしなければならないこと自体、彼女が私にとって特別であることの証左だ。
「えええ……どうしよう……」
唐突に突きつけられた難問に、私はその夜一晩中悩まされ続けることになるのだった。
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