二十七話 鍛冶国家へ入国

 「では良い旅を! ショキノ王国へのお戻りを一同お待ちしております!」

 「「「良い旅を!」」」

 「は、はは……」

 「わあー、ありがとー」

 

 すぐに準備を整えたダラス隊長自らに手続きをしてもらって、大勢の衛兵たちから大仰に見送られて国境門の通用口をくぐる。

 

 通行税を払う時も「あなたのような英雄からお金を受け取るなど……」と渋るから、結局は黒ウサギ討伐依頼の報酬ということで、ぴったり通行税分の金額をもらってその場で払う、ということになった。

 

 「あぁ、噂の旅人が行ってしまう」

 「なんて、立派な髭だ……」

 「俺はちょうど向こうへ行くところだから良かったぜ!」

 

 ちょうど集まり始めていた旅人や商人らしき人だかりから色々な声が聞こえてくるけど、わざと無視して進んでいく。愛想を振りまく意味もないし、単純に面倒くさいしな。

 

 「なんか、やっとゴルゴンまでこれたね」

 「農場でもここでも予定外があったからなぁ」

 

 ソルの気楽そうな感想に、ここまでを軽く思い返しながら返す。

 

 黒い獣……、あれは本当にどういう存在なのだろうか? 農家や国境衛兵みたいな現地の人たちが見たことがないと驚き、この世界を――正確にはこの世界のベースを――作った僕も心当たりがない、正真正銘のイレギュラー。

 

 見た目もその禍々しさを置いておいても、とにかく不自然というか、あまりに黒々とし過ぎていて自然っぽさとか生物としての生々しさみたいなものが感じられなかった。いかにも、誰かの手で“作られた”様な感じというか、だからこそ僕に心当たりがない以上は不自然といわざるを得ない。

 

 「おぉ」

 

 と、そこでくぐった門の先の光景が目に入って、思考が中断する。

 

 「ようこそ、英雄のお客人。向こう側での名声は届いていますよ」

 

 ゴルゴン側の国境衛兵がそう告げてにこやかな笑顔を向けてくる。

 

 ゴルゴンの主要住人、ドワーフだ。鍛冶国家ゴルゴンはドワーフの祖と呼ばれる古代ドワーフが興した国で、採掘と鍛冶や細工を得意とする種族特性を存分に活かした産業を国の根幹とする国だ。

 

 最大のインパクトはやはり単純に見た目の違いだろう。ドワーフは人族の中でも小柄で、ショキノ王国などで主要なヒューマンの子どもに近い見た目をしている。つまり一応の種族はヒューマンである僕やソルから見ると、子どもばかりが闊歩する国へと踏み入ったような感覚だ。

 

 自分で設定を施し、キャラクターデザインもしたとはいえ、実際にこの目で見るのは実感というか現実感が段違いで、異国感みたいなものをすごく感じている。

 

 「――?」

 

 と、門をくぐってすぐのところできょろきょろとしていると、頭部以外を重厚な鎧で包んだ衛兵が首を傾げる。軽く丈夫な鎧を作ることができ、さらに身体能力もヒューマンよりも平均して高いドワーフはこういった重厚な装備を好む。

 

 「すみません、つい興味深くて」

 「ははは、噂の英雄に興味をもってもらえて光栄です」

 

 衛兵は愛想よく返してくれる。英雄云々というよりは、まぁこういった反応を示す入国者も多くて慣れているのだろう。

 

 少し進んでソルと方針の確認をしようとしたところで、また別の衛兵が近づいてくる。さっきの人より少しだけ装飾の多い鎧を着た、口髭のおじさんだ。正直ドワーフは中年でも少年に見えるのだけど、髭があるからまあおじさんだろう。僕には及ばないけど良く整えられたいい口髭をしている。

 

 「英雄殿! ゴルゴンへの入国を歓迎します。旅人としての仕事を探しに? それとも装備品の調達ですかな?」

 

 良い鉱石が採れ、腕のいい鍛冶師も多いゴルゴンへは、世界中から旅人が武器や鎧を探して訪れる。僕としても確かにいい武器が手に入ったらなと期待はしていた。

 

 「どちらも、ですかね。あとは色々と情報収集です」

 「なるほど」

 

 無難な返答に髭ドワーフは大きく頷く。いきなり魔族領の情報を探りに、とは言い辛いから適当に言ったけど、この国の北部、魔族領との国境に近づくまでには適当な言い訳も考えとかないとなぁ。まさか知識神であるデータム・トゥールと合流するためです、とはいえないし。

 

 「首都の議会へも噂は伝えておりますよ。向こうからもぜひ挨拶したいと」

 「はは、お早い対応ですね……」

 「さすがに件の黒い獣については看過できませんからな」

 

 少し声を潜めてそういわれた。既にこちらの衛兵にも情報共有はされているのか。

 

 ……どころか、首都にも報告済みな上に僕らへの伝言まであるとは。

 

 そう思いながら、少し離れた場所に柵で囲って設置された大砲のようなものをみる。

 

 ――弾丸郵便。

 

 砲弾状の外殻に手紙を詰めて、強力な炎魔法の爆発で遠くまで飛ばす。豪快ながら高速で意思伝達ができる手段だ。一回毎に外殻は潰れるから使い捨てな上、大砲の整備や、強力な炎魔法の使い手の確保、受け手側の着弾場所の用意なんかでとにかくコストがかかるから、全く一般的ではないものとなっている。

 

 それを躊躇なく使ったあたり、黒い獣のことについては危険視しているようだ。

 

 手を振って離れていく髭ドワーフだけでなく、基本的に衛兵隊の鎧を着た人たちはみなにこにこと接してくる。ドワーフはどちらかというと職人気質というか偏屈というか、内向きな性質の人が多い種族のはずだけど、こちら側の衛兵たちも黒ウサギを討伐した僕らを高く評価してくれたようだった。

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