二十一話 目的地へ近づく紳士と悩みの尽きない魔王
黒オオカミをしっかりと討伐したことを伝えると、農家のおじさんはすごく喜んでくれていた。
お礼にと大量の野菜や小麦をくれようとしたけど、いくら圧縮鞄があってもそれはさすがにかさばるからと辞退しておいた。代わりにと一晩泊めてもらった時に出た夕食のシチュ―はそれはもう絶品で、どれほど「やっぱり野菜ください」と言おうと思ったことか。
ちなみにゲーム『オルタナティブ』であのおじさんから受けるファングウルフ討伐イベントでも、成功報酬は農家らしく野菜とかに設定したはずだ。だけどゲームってやっぱりゲームなんだなって思った次第だった。……旅の途中にカゴ一杯の食料を満面の笑みで差し出されてもな。
「ここを抜けるともうゴルゴンまですぐだね」
「ん……?」
ソルの言葉に反応して見回すと確かに景色が変わりつつあった。いつの間にかガラガラ平原も後半に差し掛かって、ゴルゴンとの国境も近くなってきたようだ。
「まぁ、ゴルゴンに入ってからも、そこから魔族領側まで縦断するから、まだしばらくかかるけどなぁ」
「あはは、そうだけどね」
僕が特に何も考えずに適当な返事をすると、ソルからも同じくらい何も考えて無さそうな言葉で戻ってきた。また気を使わせたかな? 多分だけど僕が考え込んでいたから、気を紛らわそうとしてくれたらしい。
*****
その頃、魔族領では連日の統一府族長会議を見事な統率力で仕切る若き魔王、羊族のシャフシオンが会議の場である統一府城内を颯爽と歩いていた。
――何て威厳のある力強いお姿だ。
――いえ、あの理知的な眼差しこそ魅力なのです。
――癖の強い族長様方を纏め上げる統率力が、歴代最高と皆に称えられる所以よ。
彼が歩くだけで、老若男女問わず城内の魔族たちはこぞって称賛を口にする。
「……」
しかしそんな周囲の声に惑わされる様なことはなく、まっすぐと視線を前に据えて目的地へと歩き続け、程なく城内でも端にある一室へと辿り着く。
“第二書庫”
元は書庫に第一も第二も無い。シャフシオンの代になってから設置されたそれは、魔王とも称される族長代表たる彼が直々に命じて設えられたものだった。
統一魔族連邦の統治に関する資料やその参考となる専門書、また魔法の研究書などが多くはないながらも十分な質で用意されたそこは、魔王専用室でもあった。
執務室が魔王個人の部屋として用意された正式のものであるが、そこは応接室も兼ねるために、一日中ひっきりなしに誰かが訪れる。一方でこの第二書庫は、調べ物をし、熟慮を要する件に考えを巡らせる場所であるために、余程の緊急事態でも起こらない限りは、誰も来ない場所だった。
がちゃりとやや乱暴な音を立てて扉を開けたシャフシオンは、すぐに体を第二書庫の中へと滑り込ませ、開けた時同様にやや乱暴な所作で扉を閉める。
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ぎりぎりの所まで威厳ある態度を保ったシャフシオンは、自分だけの部屋に入るなり、胸に溜まった感情を重い溜め息として吐き出す。
「まったく……、シューラングラゥメンは自分の部族の利益しか目に見えんのか。フンツテーネは族長会議の場で下らん個人的なケンカを仕掛けよるし。カッツノーレンにしてもだ、あれは忠誠心ではなくただ難しいことを考えたくないだけではないのか!?」
基本的にシャフシオンはまじめで思慮深い。一方で悲観的かつ慎重、つまりは“溜め込むタイプ”だった。
そんな彼が唯一のストレスのはけ口としてきたのが、この第二書庫で吐き出す愚痴だった。
しかしそれは壁に向かって独り言を言っている訳ではない。いや、始めはそうであったものが、ここ最近は違うようになっていた。
「他人との関わりが面倒ならこの国を捨てて山にでも籠ればいい。あなたなら有無を言わせずそうできるだけの力もあるのに、そうしない。不可解」
端的に身もふたもないことを言ったのは、モノクロの少女。セミロングの黒髪に、黒い瞳、白い肌のスレンダーな体を覆うのは複雑な構造ながら黒一色で構成されたローブのような服。人族の身体的特徴ながら、人族とも、もっといえば魔族とも違う雰囲気をこれでもかと放つ神秘的な存在だった。
「そういうな。捨てることはできんのだ……、この国も、我が部族も、掛け替えのないものには違いない」
シャフシオンは驚くこともなく当たり前のように返答する。彼以外誰も立ち入らないはずのこの部屋に、その少女がいることを知っていたからだった。
見慣れない特徴に、見たことのない顔。そして鷹揚を通り越して不遜な態度。どうやってかこの部屋へするりと忍び込んでいたことに最初こそシャフシオンも驚いたが、今となっては得難い愚痴を言う相手として、そして密やかな信仰と尊敬を向ける相手として邪険にする気は全くなくなっていた。
そう、信仰と尊敬だった。この統一魔族連邦の頂点たる族長代表であり、人族から魔王と恐れられる存在であるシャフシオンは、この少女を敬っていた。
「(我々魔族の信奉する唯一神である知識神データム・トゥール。かの神は見事な毛並みの黒ネコを可愛がっていたと言い伝えられている。いたずら好きでどこにでも忍び込んだというそのネコは、データム・トゥールが戯れに語る断片的な知識を見聞きすることで、神に近い見識を得ていたとも語られる……)」
「なに? 今日も何か面倒な相談事?」
「いや……」
心底から面倒そうに言う少女に、何もないとシャフシオンは動作で伝える。難事にあたって悩む彼が相談を持ち掛けると、今のように嫌がりながらもそれこそ神の如き絶妙な一手を授けてくれたことが一度ならずあったのだった。
「(きっと、この子……、いやこのお方はかの神猫に違いないのだろう……)」
勝手に手に取った本棚の参考書を、こちらも勝手に日当たりのいい場所へ移した椅子に座って読む少女の姿は、まさに日向ぼっこをするネコそのものに見えていた。
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