二十二話 国境で足止め
「ようやく見えてきた」
遠くに見える大きな門とその周りにある小さな町といえる規模の建物群、あれが今いるショキノ王国と、目指す鍛冶国家ゴルゴンとの国境だ。
ちなみに平原に大きな門がでんとあるだけで、国境に沿って壁がある訳ではない。一見するとここを避ければ簡単に国境越えを無許可で出来そうな気がするが、そうはいかないようになっている。
警戒装置――探知の魔法を薄く細くそして遠くにまで展開する特殊な道具。スパイ映画に登場する赤外線警報装置のようなイメージだ。
単純に大きくて重いために設置することでしか使えないこの装置は、ある程度指定した対象が範囲内を通り抜けると的確に探知する。要するにこの国境沿いはしっかりと監視されているので、こっそり通り抜けたところですぐに追手がかかるだけだ。
まあ元から法律の外にいて憚らない無法者なんかは平気で通る訳だけど、それは壁を作ったところで大して変わらない。
「通してくれるかな?」
「大丈夫だろ」
少し心配そうなソルに、僕は気楽に答える。
ショキノとゴルゴンは関係がよく、国境の行き来もほぼ自由だ。特に許可証みたいなものは必要ではなくて、通るときに通行税を今いる国側に払うだけで済む。これが行商人とかになると大荷物のチェックが入ったり、逆に優遇として通行税を免除する書状を提示したりと時間がかかるけど、それは僕らには関係ないし。
「でも何か様子がおかしいよ?」
ある程度近づいてきたところで、ソルが再度心配そうな声をあげる。
確かに……、妙にバタバタと門前を人が行き来しているというか、ぴりぴりしているようにも見える。
と、ちょうど国境門の方からこっち側へ歩いてくる四人組がいる。剣や鎧で武装しているし、おそらくは旅人かな。
「おう、あんたらもゴルゴンに?」
四人組の先頭にいた派手に逆立った髪形の強そうな女戦士が、そんな風に声を掛けてきた。後ろの三人は疲れている、というかうんざりした様子で、会話に加わる気も止める気も無いようだ。
「そうだけど……、その様子だと何か問題が?」
聞き返すと、女戦士は一瞬だけ国境門の方を振り返って、すぐにこちらへ視線を戻した。その目は面倒そうな色を湛えている。
「俺らもゴルゴンへ行こうとしてたんだけどね、“問題が起こった”の一点張りで通しちゃくれねぇのさ」
さっき振り返って見たのは門というかその前にいる国境衛兵か。理由も言わずに門前払いされた、と。
「それは、困るな」
「だろ」
それだけ話すと女戦士はひらひらと手を振りながら、僕らが今来た方向へと歩き去っていく。ただ愚痴を言いたかっただけみたいだ。
「国境を閉めるような問題って何だろう」
ソルが疑問を口にする。けど、僕の中でも何も的確な予想はたたない。
「ゴルゴンとショキノで戦争とか小競り合いが起こることは無いはずだし、警報装置が反応しただけで国境門まで閉じることはないはず……、すごい大人数が警報装置にかかったとかなら別かもしれないけど」
ゴルゴンは魔族領――統一魔族連邦――と国境を接している。つまり人族側の魔族に対する防壁ともいえる国な訳で、ショキノとしては支援することはあっても攻撃することはありえない。ゴルゴンに何かあれば“次”は自分たちだからだ。
随分と門まで近づいてきたことで、さっき女戦士から聞いたのと違いない状況が僕らの耳目にも届いてくる。大門はもちろん通用口もしっかりと閉じられていて、近づく者はすぐに衛兵から追い返されている。商人たちは理由をしつこく聞こうとしているようだけど、衛兵側は説明するような余裕もないようだった。
「あれじゃないかな?」
そこで何かに気付いたソルが、門から少し離れた建物を指差した。
僕の記憶通りならあれはこちら側の衛兵が詰める建物だ。そこには何人かの衛兵が固まって入って行くところで――
「――っ! 怪我人か!?」
三人のぐったりした衛兵が担がれて運び込まれていくのが、人の隙間から一瞬見えた。騒ぎにしないための配慮か、周りに見えないように他の衛兵で囲っていたようだけど、焦っているのか完璧じゃなかった。実際僕ら以外にもあっちを見てざわついている者が何人かいるようだ。
「ちょっと見に行ってみよう」
「うん」
ソルに声を掛けて衛兵詰め所の方へと近づいていく。当然というか、すぐに何人かの衛兵が厳しい顔で声を掛けてくる。
「ここは衛兵以外は立ち入り禁止だ! 国境封鎖への苦情は門の方で言え!」
怒っているというよりは、とにかく余裕が無いようだ。あの怪我人たちはよほどひどい状態なのか。
「今怪我をした衛兵が見えた」
「っ!? だからどうした!」
いきなりそんなことを言われたら、まあ訳わからんよな。けど僕も冷やかしにきた訳じゃない。
「治療の目途はあるのか? こちらは上級回復ポーションをいくつか持っている」
ファストガを出る前にせっかくだからといくつか作り置きしておいた物が、ソルの背負っている圧縮鞄に入っている。
「そ、それは……、しかし……」
衛兵は動揺しているようだ。こんな切羽詰まった状況で、もし僕らが詐欺師とかだったら怪我人の命にも関わるからだろう。
責任者に聞きに行ってくれとでもいった方がいいかな。ここで迷われても時間が経つだけだ。
「おい、今上級の回復ポーションと聞こえたぞ!」
建物から飛び出してきたのは周りの衛兵とは少し違うデザインの鎧を着た壮年男。この鎧は覚えがある、ショキノ側の国境衛兵隊隊長のものだ。
すぐに背を向けてきたソルの背負う小型リュックに手を突っ込んで、とりあえず一つ、ポーションを取り出して見えるように掲げる。
「入ってくれ!」
ポーションの真贋なんかはちらと見ただけではわからないはずだけど、この隊長さんは僕らを信じることにしたようだった。
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