二十三話 ここにも滲む黒

 国境衛兵の休憩用だろうか、案内されたのは簡易なベッドが置いてある仮眠室のような場所だった。そこには三人の衛兵が横たわり、そして周囲には血の跡が散見される。

 

 しかし見たところ鎧を外され、服をはだけられた衛兵たちには血はついていても傷は無い。

 

 「備蓄してあった虎の子の中級回復ポーションをあるだけ使ったが……、見ての通りだ」

 

 隊長さんが沈痛な目を向ける先では、見た目には傷の塞がった衛兵たちが苦し気に呻いている。皮膚一枚つながっただけで、内臓へのダメージは回復できていないってことなのだろう。

 

 中級回復ポーションは上級同様に瞬時に効果を発現するものの、上級とは違って回復量は多くない。ゲーム『オルタナティブ』では戦闘中にいくつもがぶがぶとポーションを使うのは隙になるから、プレイヤーキャラクターの生命力が多くなると回復が追い付かない、くらいの位置付けだ。

 

 しかし今目の前の状況を見るに、このオルタナティブでは中級は数を使っても重傷を回復しきれないようだった。

 

 「これを」

 

 さっき取り出した物に加えて後二つ、計三つの上級回復ポーションを手渡した。

 

 「……恩に着る。おい」

 

 少し何かを考えるような素振りを見せた後で、隊長さんはポーションを受け取り、他の衛兵に手伝うよう指示をする。

 

 ゲーム『オルタナティブ』におけるポーションのフレーバーテキストには「飲んでも体に直接振り掛けても効果はある」と書いたけど、それはここでも同じようだ。ファストガでのソロンさんの時には何も考えずにかけたけど、衛兵たちはポーションの三分の二程をかけると、残りを口内に突っ込んでいる。

 

 「お、おぉ」

 

 上級回復ポーションの効果は瞬時に現れる。倒れて呻いていた衛兵三人が全員きょとんとした表情で体を起こし、それを見た隊長さんを含む衛兵たちから驚きとも感動ともつかない声があがった。

 

 衛兵なんて獣との戦闘が多そうな職にあっても、上級回復ポーションが使われるシーンってのは中々みないってことか。そういえば、さっき中級回復ポーションのことも「虎の子」だって言っていたな。

 

 「ありがとう」

 

 こちらへ振り返った隊長さんがこちらの手を取ってそういってくると、続いて周囲の衛兵たちも僕を取り囲んで口々にお礼を言ってくる。

 

 「あ、いや、そんな別に……」

 

 感謝の気持ちを向けられるのは悪い気分じゃないけど、鎧を着た屈強な男たちに囲まれてどうしたらいいのか……。あ、ソルはいつの間にか離れた場所に移動しているな。なんか涼しい顔でこっちを見学している。

 

 「そ、それより、一体何があったんです?」

 

 少し大きな声でそう言うと、全員の目線が一斉に回復したばかりの三人へと向けられる。今の今まで何があったかすら聞けていなかった様子だ。彼らを見つけた時点で意識が無い程の容態だったのか。

 

 全員から疑問を視線として向けられたベッドの上の三人は、互いに目線を向け合う。その行動で何か合意が得られたのか、それぞれ頷きあうと一人が隊長さんへと顔を向けた。

 

 「獣が……でました……」

 

 予想の範疇をでない報告に、何ともいえない沈黙が場に流れる。しかしもちろん、彼らの経験した出来事というのは、それだけでは無かった。

 

 「……黒い獣が」

 「はぁ?」

 

 隊長さんはそんな色の報告が何だという反応をみせる。が、僕としては驚きのあまりに息を呑んでしまった。

 

 「ここにも“黒”が!? ……あ」

 

 素直に口にしてしまった。全員「何か知っているのか!?」という愕然の表情でこっちを凝視している。

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