七十五話 創り手の矜持

 「……」

 

 絶句していると、身に着けた鎧、兜、盾、ロングソードが淡く光を放つ。動揺した僕を心配してくれているようだ。

 

 「……状況は?」

 

 状況も何もさっき聞いた通りなのだろうけど、低く抑えた声音であえて聞き返した。それを受けて少しは落ち着いてくれたらしいゴーストが、喉を鳴らして唾を呑み込んでから口を開く。

 

 「あの言葉通りだったみたいだ。既に散り散りのデータとしてこの『オルタナティブ』は世界中へと拡がり始めてる」

 「つまり……、手遅れだったのか? もう未来世界は……、いや、黒幕の秋吉あきよしはじめがいなくなったのに、どうなるんだ?」

 

 言いながら自分でもよくわからなくなった。そもそもはあの秋吉一が手段を選ばずに『オルタナティブ』を存続させるため、黒い獣という形でウイルスを浸透させ、その上で離散化したデータとして未来世界のネットワーク中にばらまこうとしている、という話だったはずだ。

 

 僕としては黒い獣でこの世界をめちゃくちゃにされるのを阻止したかったし、細かい事情はわからないけどゴーストたちはウイルスを世界中にぶちまけられるのを防ごうとしていたはずだ。

 

 「ある意味では事態はより悪化したともいえる」

 

 ゴーストが僕の横を通り過ぎて玉座へと歩み寄る。さっきは気付かなかったけど、そこには小型のスマートフォンのようなものが落ちていた。

 

 「親父からウイルスの制御を奪い取って、全てを止める。そのはずだった」

 

 拾い上げたゴーストの手の中で、小型スマートフォンは砂のように崩れ、零れ落ちた粒のひとつひとつも地面に着く前にデジタルノイズとなって消えてしまう。

 

 「もう必要がなくなったから消えたんだ。親父がこのあとどうやって制御しようとしていたのか、あるいはそもそも制御する気なんかなかったのか、それはわからない。けどこれで手綱のなくなった詳細不明の猛獣が世界中にばらまかれることになる」

 

 『DEUS』という僕からすると神の御業か悪魔の所業にすらみえるプログラムで生成されたこの世界は、それ自体が大きくて複雑な電子生命体といえる。それが秋吉一の手によって何らかの改変が加えられた今の状態はまさにいつ噛みつくともしれない猛獣だ。

 

 「つまり未来世界は……?」

 

 再びさっきと同じ質問に戻ってくる。ゴーストは少しの間眉間に皺を寄せて考える素振りをみせる。

 

 「良くて大混乱。悪くて……文明が崩壊するかもしれない。テスト君の知る約五百年前の世界とは段違いに、今の世界は電子的なネットワークに依存している」

 

 文明の崩壊……。それは実感の湧かない言葉だけど、文明という言葉の中には普通の人たちの日常生活や当たり前の幸せが詰まっているはずだ。

 

 「そうか」

 「そんな興味なさそうに……って、テスト君っ!?」

 

 僕の呟きに反応して振り返ったゴーストは、こちらを見て息を呑んだようだった。考えていることが表情に出てしまっていたのかもしれない。

 

 考え……というよりは覚悟か、あるいは責任感かもしれない。それか自己中心的な独善か。

 

 「テスト君、何を考えているんだい? その……怖い顔を、しているよ?」

 

 若干言い辛そうに聞いてくるゴーストの言葉に、少し顔から力を抜く。

 

 「色々と思う所はあるんだけど、結局は言い訳だろうし、行きつくところはこれは僕のわがままだ」

 「これ……って何のことだい?」

 

 言い辛いと感じているのはこっちの方か、どうも回りくどい言い方をしてしまった僕の言葉に、ゴーストは具体的な質問をしてくる。

 

 「未来世界に被害を出さない唯一の方法……、今の段階でこの世界を消し去ろうと思う」

 

 口に出してみるとシャフシオンよりもよっぽどラスボスっぽいセリフだなこれ。この世界を守る勇者とかがいるのだとしたら、きっと僕のことを討伐しようとするだろう。

 

 けど実際にはそんな都合よく罪悪感を減らしてくれるような存在はいない。あるのは現実世界か、『オルタナティブ』か、どちらかを選ぶしかないというこの状況だけだ。

 

 「そう言うからにはそれができるってことだろうから、どうやってなんて聞かないけど……、言っている意味はわかっているのかい? それは君が守ろうとしたこの世界も、仲間たちも、そして何より君自身を殺すってことだよ」

 

 静謐な目で僕をじっとみるゴーストは、どちらの世界を支持するという訳でもないようだった。それは彼が未来世界の側の存在でありながら、肉体を持たないAIでもあるということが理由なのかもしれない。

 

 秋吉一が仕掛けた全てごと、この世界を消し去る。それはツールたちと完全に協力した上でないと成しえない。今こんなことを考えている状況でもシンティーネ形態が解かれないということが、彼女たちの答えとなっている。

 

 けど『オルタナティブ』の人々はどうだろう? きっと人族も魔族も賛同しないし、創造神として勝手に強権を振るおうとする僕を許さないだろう。

 

 だけど決断は変わらない。

 

 僕はゲーム『オルタナティブ』を制作した。僕の意思では結局公開をしなかったけど、ゲームというのはエンタメで、つまり人を楽しませるために、ただそれだけのために心血を注いで作るものだ。

 

 だから『オルタナティブ』が原因で世界中を不幸にするなんていうのは、それは断じて許せない。それこそこの命に代えても、だ。

 

 「時間がないんだろう? すぐに実行するからもう行った方がいい」

 「……ありがとう、ごめん」

 

 何に対してのお礼と謝罪だったんだろうか。それを聞く間もなく、いつものように唐突にゴーストは姿を消してしまった。今の状態だから初めて認識できたけど、世界を隔てる扉を開けて出て行ったようだった。これでもう、“外”の存在は秋吉一が残した黒い獣くらいで、心置きなく手を下せる。

 

 ロングソードの刀身を撫でる。暖かくて落ち着く。

 

 盾の持ち手を握り直す。力強くて勇気づけられる。

 

 兜に触れる。冷やりとしていて冷静にしてくれる。

 

 鎧の縁を軽くなぞる。包み込んで守られていると感じる。

 

 「よし」

 

 

 

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