未来編・エピローグ

 「……」

 

 ゴーストこと秋吉あきよし那由他なゆたが電脳空間上に構築した“自室”に、通話が着信する。しかし那由他がそれを繋げても、ただ無言で息遣いだけが聞こえてくる。

 

 「……はぁ。相変わらず無言で通話かけてくるのやめてよ。一応は同僚なんだし~」

 「それが気に食わないからな」

 

 呆れた調子の那由他の言葉に、通話越しの出雲いずもはようやく声を出す。

 

 那由他の父、秋吉はじめによる未曽有の事件が“協力者”の自己犠牲的な活躍によって解決した後、那由他はレボテックでセキュリティ担当として雇われていた。自社のセキュリティの甘さに危機を感じたレボテックのオファーに、何らかの心変わりによって違法なクラッカー稼業から足を洗うことを決めた那由他が応えたのだった。

 

 「それで、頼んでいた件だが……」

 「そのレポートならとっくに田辺たなべに送ったよ~。昨日の夕方くらいだったかな」

 「っあいつ! 聞いてないぞ」

 

 額に青筋を浮かべる生真面目な出雲の顔がありありと想像できた那由他は、筋肉ではなく電子情報で構築された表情筋を緩めて微笑む。その感情が反映されたのか、キーボードを叩く手にも力が入り「タァンッ」と小気味いい音が響く。

 

 「なら今は何をしているんだ? いやプライベートを詮索するつもりではないが……」

 

 那由他の構築した“自室”の芸の細かさと技術の高さに内心舌を巻く出雲は、普段は聞かないような仕事外の質問を口にする。

 

 そして常よりも機嫌がいいのは那由他も同じだった。

 

 「ん? ジブンはゲームをしてるよ~。ARPGでね、普通は使えない隠しキャラを主人公のキャラメイクでやっと使えるようになったんだ」

 

 那由他の見つめるモニター上では晴天の空を背景に『オルタナティブ』とロゴが表示され、今まさに冒険の旅が始まるところだった。

 

 ロゴが消え、画面が地上へと降りるとオオカミの徘徊する草原。そこには黒髪をオールバックにした紳士風の中年男が、バルボスタイルの髭がワイルドな印象を与える口元にいかにも満足そうな笑みを浮かべて立っていた。

 

 「隠しキャラ? 難しい条件だったのか?」

 

 ゲーム制作者として単純に好奇心が刺激された出雲は、なんとはなしに質問を重ねる。那由他は操作できるようになった主人公を動かしながら、いっそうにんまりと無邪気に笑みを深めた。

 

 「世界を救うゲームクリア、だよ」

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