七十四話 決戦の行方

 「ふふっ」

 「何がおかしい?」

 

 吹き出して笑った秋吉あきよしはじめの態度に単純に苛ついて、声音に感情が乗ってしまった。

 

 「いえ単純にうれしくてね……違うな、ほっとしたかもしれません」

 「まさか……っ」

 

 ゴーストの慄きに気分を良くしたように、秋吉一は言葉を続ける。

 

 「そちらで時間をかけてくれたおかげで準備が万事整いました。この世界の拡散が実行されるまでにはもう少し時間が必要ですが、もう止められませんよ」

 

 “外側”で抑えてくれているという人たちを振り切ったということだろう。けど……

 

 「はったりだ、時間がないのは本当だろうけどな」

 

 言いながら、左手の盾を掲げてロングソードを持った右手を引いた半身に構える。ゴーストは動揺はかなりしているようだけど、ここは無言で二歩三歩とさがってくれる。実際にそれがはったりか事実かをこちらで議論推察しているような時間はない。

 

 「そうですか」

 

 そもそもそれで僕の動揺を誘えるとも思っていなかったのか、あるいは事実だからか、秋吉一は残念そうな様子も無く小さく何度か頷いた。

 

 「とはいえ、どうするのですか? 君のそれがどれだけ特別だろうと、ゲーム的な意味での攻撃は通じないと、もう分かったはずですが」

 

 秋吉一は余裕の態度も表情も崩さない。

 

 「さっき言っただろ、ここからは創造神として相手するって」

 「それは――」

 

 まだ何か言おうとする秋吉一の言葉を、わざわざ最後まで待ちはしない。このテスト・デ・バッガの身体能力だと、スキル無しでもそれこそ瞬間移動にも見えるような高速の踏み込みが可能だ。

 

 しかし反応もできていないように見えて、どうやってか秋吉一はしっかりとこのスピードを捉えていたようだ。さっきはそれに気づくこともできずに踏み込んでから止められたけど、今度は違う。

 

 「迎撃のハック……」

 

 一歩を踏み出した僕を迎え撃つようにして、秋吉一からデジタルノイズのような線が三本伸びてきている。ゲームの仕様外の機能による、こちらへの干渉。つまりはチート攻撃の視覚化だ。スピードは緩めずに、細かくステップを踏んで躱して進む。

 

 言うまでもなく、兜の――データムの能力。もっといえば、ツールとしての能力にのみ専念する状態になったデータムを僕が身に着けた、いわばシンティーネ形態だからこそ、ることができるものだ。

 

 「っ!?」

 

 薄笑いを消した秋吉一が少しだけ目を見開いた。

 

 さらに踏み込む、あと一歩で玉座まで辿り着けるような位置に到達する。この間はまさに一瞬。しかしこの世界のキャラクターとしては平凡なはずの秋吉一はしっかりと、おそらくは素の反射神経で反応できているようだった。

 

 つまりはさっきの線をかわしただけでは終わっていない。

 

 「ぐっ」

 

 思わず苦鳴を漏らす。前へとしっかりと掲げていた盾が、デジタルノイズのベールのようなものにぶつかった衝撃からだった。

 

 さっきは少し開かれた秋吉一の両目が、今度はすっと細められる。

 

 なにか……くるっ!

 

 「っ!」

 

 歯を食いしばって不可視の衝撃に耐えた。単純な衝撃ならテスト・デ・バッガの身体で十分に耐えられるけど、これは本質的に違う。データとしての僕の身体や装備、そして人格AIそのものを蝕もうとするチートが感覚的に理解できるよう変換されたものだ。

 

 そして今の僕はそれを知覚できるだけじゃない。重厚な盾となったジオはしっかりと受けて流し、そしてそれすら回り込んでくる余波はマレ自身のように優美な鎧が僕に干渉する前に弾き返す。

 

 「受け流しましたか……」

 

 まだ余裕のある秋吉一だったけど、それも次の瞬間までだった。

 

 一瞬鎧が青い光を放ち、それを内から受けた盾は外、つまり厄介なベールへと衝撃波として叩きつける。

 

 「な……っ! は?」

 

 割れ落ちて消えていくデジタルノイズの向こう側で、今度こそ完全に驚愕した秋吉一の表情が見える。そしてはっきりと顔が見えるほどの距離で、もう隔てるものはない。

 

 スキルは使わない。技のような大層なものでもない。ただ右手に持ったロングソードを前に突き出しながら最後の一歩を進め、くたびれたスーツ姿の胴体へと太陽光で赤熱する刀身を差し込んだ。

 

 「がっは……は、はは、はははははは……。まぁ……無駄……ですけどね。これはAI化した私が操作する端末ですから、すぐに別を用意して移動コピー&ペーストするだけ……」

 「いや、そうはいかない」

 

 強く否定した僕の言葉を怪訝そうに聞いた秋吉一の表情は、次に強い憎しみへと歪んでいく。

 

 「このっ……剣……、そうか……これ、で……せ、つぞ――」

 「BAN!」

 

 この世界の創造神として、秋吉一チーターを完全に追放した。そしてここに入ってくるために自ら外の世界での体を放棄していた彼は、本当の意味で死んだことになるのだろう。

 

 僕だけじゃなく、ソル、ジオ、データム、マレ、皆がいたから魔王すら寄せ付けないこの最悪の相手を排除することができた。そして協力してくれたということではゴーストも……。秋吉一を父と呼ぶゴーストには悪いとは思うけど、これ以外に僕らがとれる方法はなかった。

 

 一抹の気まずさを胸に抱きながらも、誰も居なくなった玉座から視線を剥がした僕が振り向くと、そこでは予想とは違った雰囲気のゴーストが、取り乱している姿があった。

 

 「ま、まずいっ! テスト君! 親父の言っていたのは本当だった。もう……『オルタナティブ』はウイルスごと世界中への拡散を始めている!」

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