四十五話 揺れる魔の大地
内心で変装の出来を心配しながらも、僕たちは魔族領側の国境から近い町、アインスへと辿り着いていた。
「大丈夫かな……?」
「堂々としていればな」
「う、うん」
頭頂のクマ耳を触りながら聞くソルに、僕の内心の不安は隠してなるべく自信のある態度で返す。この変装を用意した僕まで不安がったら、きっとソルもジオももっと落ち着かなくなるだろうし。
……と、ジオの方は心配しなくてもそこまで不安がっていないようだ。
「少なくともここではバレないだろ」
さりげない仕草で鋭い視線を周囲に向けているジオは、小柄な体躯をすっと伸ばして胸を張って歩いている。そんなジオの言葉を受けて僕とソルも周囲を見るけど、僕としてもジオの意見には同意だ。
「一応聞かれたら故郷が退屈になって飛び出してきた熊族の姉妹と、保護者役で後からついてきた親戚のおじさんってことにしとこう」
本当に一応というか、今考えた適当な
そして周囲は色々な種族の魔族が行き交っている。ぱっと見ただけでも蛇族、猫族、犬族、羊族に鳥族もいる。やや蛇族が多いかな?
魔族は基本的に部族ごとに集まって暮らしているけど、ここは国境近くの防衛拠点としての役割もある町だから、どの部族の集落ということでもない。だからジオのいうように、ここにいる間は人族だとバレる心配をしなくても大丈夫そうだった。
「……うー」
「ん?」
ふと気づくと、ソルがこちらをじっと見ていた。明らかに「不満があります!」という据わった目をしている。
「幼馴染の仲良し三人組とかでいいのに……」
「いや、僕の見た目でそれは無理があるでしょ」
“本来の”僕の外見ならあるいはそれでも良かったかもしれない。けど、テスト・デ・バッガこと今の僕は、バルボスタイルの髭が燦然と輝く押しも押されぬイケオジ。言い方を変えると中年のおっさんだ。外見上は十代の少女にしか見えない二人とその設定は逆に怪しい。
「なら、年の離れたふ、夫婦とか……でも」
「おい、ぬけが――いや、そうじゃなくて! それだとついてきてるオレが不自然じゃんかよ」
「もちろんアタシとジオの二人が妻だから大丈夫。“ふうふふ”だよ!」
「――っ!? そ、それなら、まぁ……」
二人がなんか楽しそうに話し込んでいる。さっきの僕が考えた設定だとなんとなく僕一人だけ距離がある感じの立場だから、そうならないように気を使ってくれているのだろう。本当に我が仲間ながらいい
「それはそうと、やけに蛇族がおおいなぁ」
「いやこれは大事な話だろ! ……と、確かに」
なんか反射的に噛みついてきたジオが、急に冷静になって同意してくれる。さっき見渡した時も蛇族が目に付いたけど、町の中心へ近づくにつれてさらに多くなっているように感じる。蛇族の本拠地、というか集落はここからは少し距離があるはずだけど……。
「もしかして宣戦布告の準備……とか?」
先ほどまで楽しそうにしていたソルが、不安そうに自分の肩を抱いている。それは根拠のない考えなのかもしれないけど、魔族領で何かあればどうしてもそこと繋げて考えてしまう。僕がゲーム『オルタナティブ』のイベントとして設定していた魔族から人族への侵攻。それがついに現実のものとなってしまうというのだろうか。
「あれは……」
「何か話すみたいだな」
特に目立つ一団を見つけて呟くと、そこに目ざとく変化を見て取ったジオが緊張感を漂わす。
蛇族が特に多く集まっているのは、町の中央付近に位置する広場だった。もちろん他の部族もいるけど、半分以上は蛇族の集団だ。その広場へと続く通りの一つから、なるべく目立たないようにして様子を窺っていると、ひと際目立つ武装をした蛇族の若い男が何やら話そうとしていた。
少し距離はあるけど、大きな声なら聞き取れそうだ。
「皆、心して聞いてくれ……」
神託を民に伝える聖職者のような厳かな雰囲気で、その蛇族の若い男は話し始めた。
「我らの族長シューラングラゥメン様より、つい先ほど伝達があった。……非常に残念な内容だ」
蛇族の族長からの連絡事項を伝えに来ていたのか。それにしても残念? 何か事件でも起こったのだろうか。
「我ら魔族が敬愛する……いや“していた”族長代表シャフシオン様が人族領域への侵攻計画の全面中止と、和平条約の提案をしたということだ」
戦争が回避される!? ゲームではないこの世界の住人は戦争を無為なものと判断してくれたか……。
しかしあの蛇族の若い男も、その周囲でざわついている連中も、明らかにその情報を歓迎していない。つまり彼らは魔族における主戦派という訳だ。
そこで、これまで厳粛に話していた蛇族の若い男が、表情を一変させて拳を振り上げる。
「もはやシャフシオンが人族と通じた裏切り者であることは疑いない! これより我らの手に魔族領を取り戻すため……統一府へと攻め上がる!」
「「「おぉぉぉおおぉぉおっ!!!」」」
広場を覆う熱狂と喧騒に押されるように、僕の足はふらつきよろめいていた。
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