四十六話 状況は動いていく

 拳を振り上げて蛇族の集団へと近づき加わっていく者、慌てた様子で何処かへと走り去っていく者、ただ茫然と立ち成り行きを窺う者。混然とした状況のおかげで動揺する僕らが怪しまれることもないのは不幸中の幸いといえた。

 

 「もしこの勢いで彼らが魔族領での主導権を握るようなことになれば……」

 「面白くねぇことになる、それだけは確かだな」

 

 思わず口にした悲観的な予測を、ジオが即座に肯定する。考えるまでもなく、魔族側が好戦的になれば、一番に被害を受けるのは領地を接する鍛冶国家ゴルゴンだ。ジオからすれば、これはすでに最悪の状況が始まる一歩手前まできている。

 

 「け、けど、こんなことになってるってことは、今の魔王さんは友好的ってことだよね?」

 

 安心を求めるようにソルが言ったことは、まったく的外れではない。

 

 「変わって、いや変えられてなければシャフシオンは冷静で理知的な傑物だ。人族に友好的かどうかはともかく……、無益だと判断したことを感情だけで実行はしないはずだ」

 

 そう、僕はゲーム『オルタナティブ』のラスボスたる魔王シャフシオンを非常に理知的な魔族として描いた。渋くてかっこいい悪役にしたくてそう設定してしまったばかりに、ストーリー上で人族に対して宣戦布告する理由をうまく作れず、好戦的な各族長たちに押されてなし崩しに戦争突入という微妙なストーリーにしてしまったくらいだ。

 

 さっきの主戦派の演説内容からするに、シャフシオンの人物像はそこから違っていないようだ。僕なんかが用意した“ストーリー”なんてものを跳ね除けて、人族領への侵攻を拒んだのだろう。……そしてそれ故に、僕やツールたちにとっても全く未知な今の状況に辿り着いてしまった、と。

 

 「お前ら……熊族か。こんな所に珍しいな」

 「あ、ああ」

 

 そこで、目の前を走って通り過ぎようとした大柄な女魔族が声を掛けてきた。頭の上の耳と腰の後ろに見える尻尾からして、犬族だ。表情を見るに怪しまれているとかではなさそうに思えるけど、重厚な鎧と分厚い刃の斧で武装していて威圧感はある。

 

 「どうするんだ?」

 「え……と」

 

 思わず言いよどむ。ソルとジオは僕の表情を窺いつつ様子をみている。この犬族の彼女の意図はなんだろう……? それを読み違えるとこの場でトラブルに巻き込まれることにもなりかねない。

 

 「旅をしてきてここにはついたばかりなんだ。何が何やら……」

 

 結局、なるべく嘘にならないように気を付けて言葉を紡いだ。何が切っ掛けで疑われるかわからないしな。

 

 「ああ、世情に疎い熊族だものなぁ。見ていたならある程度はわかっているだろうけど、お前らはあれには近づくんじゃないぞ」

 

 そういって、その犬族の女は盛り上がりが過熱する広場へ向けて顎をしゃくった。よし、この人は別に主戦派という訳ではないらしい。

 

 そのまま続けて何を話すことも無く、犬族の女は路地の奥へと駆けて行ってしまった。そっちの方へ用があって、道の端にいた僕らの横を通り過ぎただけだったか。

 

 「一旦引くか?」

 

 近くに魔族がいなくなってから、ジオが確認してくる。

 

 「そうだな、こうなったら情報収集どころでもなさそうだし、焦って下手に動いてもぼろを出しそうだ――」

 

 だから町をでて人気のない場所まで移動しよう――そう言葉を続けようとしていたところで、さっき犬族の女が駆け去って行った路地からフード付きの外套を纏った二人組が現れたのを横目に確認して口をつぐむ。

 

 「……あれ?」

 「んん?」

 

 咄嗟に言葉を切った僕ではなく、現れた二人組の方をソルとジオがまじまじとみている。今の僕と同じくらい長身でかつ厚みも感じさせる大柄な体躯のおそらく男と、ジオよりは少し背が高いくらいの比較的小柄でフードから綺麗な黒髪の毛先が出ているおそらく少女という二人組。口元しか見えないけどたぶん初対面だ……、だけどこの少女の方が妙に気になる。ソルとジオが見ているのもそっちの方のようだ。

 

 そして気になるのは向こうも同じようだった。こちらに気付くと足を止めて、じっとこちらを、というか僕を注視している。

 

 やがて後ろにいた大男が急かす様子で少女の肩に手をかけようとしたところで、唐突に少女はフードを下ろした。

 

 現れた顔は予想通りに少女。黒髪の似合う、清楚な顔つきをしていて、ひと際静謐な黒目が揺れることなくじっと僕を見据えている。

 

 あ――。

 

 「あぁ!」

 「おぉ!」

 

 ソルとジオも僕が内心で確信すると同時に快哉をあげる。

 

 「予想経路は辿ったけど、比較的早い段階で合流出来て、僥倖。あるじと、それにソルとジオも元気そうで何より」

 

 淡々と、しかしその内には熱のこもった口調で告げるこの子は、僕らがこの魔族領へときた目的――データ担当のデータム・ツールに違いなかった。

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