五十六話 繋がり拡がり、崩れゆく世界
マレの見事な統率力というか権力によって、あっという間に僕らは船上にいた。北へ向かって船を出すことに対して、もっと渋られたり止められたりするかと思ったけど、指示された関係者は皆即答で全肯定だった。
「問題ないですわよネ?」
「ん、順調」
マレの確認に、船縁から周囲を見ていたデータムが首肯する。
マーマルから北へ向かうのが危険なのは、水棲の強大で凶暴な獣である海獣がマーマル以北の海を縄張りとしているからだ。そこを通るには船上から海獣を蹴散らせるくらいの戦闘能力が必要で、それだけなら僕だけでも十分だ。だけどマレが仲間に加わった今では、戦闘の必要すらない。
「すげぇ、流れが……」
少し離れた場所から船員の呟きが聞こえてくる。今乗っている船の周囲は、明らかに不自然な流れが取り巻いていた。海獣ですら近寄れないような流れを作り出して、かつ船の航行には支障が出ないようにする。そんなマレの“神業”によってこの危険な海域の快適な船旅は成立している。
「液体操作はワタクシの得意とするところですワ!」
「うん、助かってる。ありがとう、マレ」
「ひぅっ!?」
素直に褒めるとマレは奇声を上げて固まった。真正面から褒められるのは弱いのか……。
「じゃあ、行こうか」
動作がぎこちないままのマレと、横で見ていたデータムを連れて、僕らは船内に用意された船室の一つへと向かう。
すぐに辿り着いて、船長室よりも広い綺麗なその部屋に入ると、中にはソルとジオ、そしてゴーストがいた。
「あ、あは……はは」
部屋の奥側の椅子にちょこんと座るゴーストを、扉の近くにいるソルとジオが無言で見て……いや見張っていた。
「ありがとう、大丈夫だよ」
「うん」
「おう」
緊張した空気をほぐそうと、意識して柔らかくそういってから、部屋中央のテーブルへと向かう。ソルとジオ、そして甲板から一緒に来たマレとデータムが僕と並んで座り、大きなテーブルの向かい側には、ちょこちょこと寄ってきたゴーストが座る。
「や~、変な空気だったから来てくれて助かったよ」
へらへらと笑いながらゴーストは冗談なのか本当に困っていたのかよくわからない雰囲気で言ってくる。……こういう振る舞いをするから警戒されるのだと思うけどな。なんというか根本的に胡散臭い。
「まあそういうな。こっちとしてもゴーストをどう扱っていいかよくわからないんだよ」
「敵か、味方かってこと?」
素直に告げると、ゴーストからも直球で質問が返ってくる。椅子がぎしりと軋む音がして、ジオがほんの少しだけ腰を浮かしたようだった。わかりやすく警戒態勢になったのは、「ふざけたことすると海に放り出すぞ」という脅しを込めてだろう。
「でも正直にいうと、ジブンの方が聞きたいんだよね、それ」
一瞬どういうことかがわからなくて混乱した。こいつにとって、僕やツールたちが敵対的かどうかなんて、何の意味がある?
「そうだよね、意味わからないよね」
僕の思考を呼んで先回りするようにどんどんと告げられる言葉に、焦りとほんのすこしの苛立ちを覚える。
「船に乗る前も聞いたけど、この世界は何だ? ゴースト、君は何を知っている?」
少し気持ちを落ち着かせつつ、ペースを握り直そうと、改めて質問をする。
「この世界はゲームだよ、テスト君が作った『オルタナティブ』だよ」
何を言っている? だって――
「それはおかしい、街も人も、木も草も、獣も……、ここには世界がある。依頼センターの職員や、ゴルゴンの五指職人会議、それに魔族領の主戦派だって自分たちの意思で生きている。だから“僕”の思い通りにはいかないこと……、助けられない人だっていたんだ」
「そうだね、正確には君の『オルタナティブ』そのものじゃない。外的に少し改変されたもので……まああれだよ、『オルタナティブ完全版』とか『オルタナティブGOTY』とか、そんなんだよ」
ふざけた言い回しで返されたけど、ゴーストの瞳も声音も揺るぎが無い。教師がいじわるな捻りのあるテスト問題の解答を開陳するような……、そんな話し方だ。
「それに、だったらこの僕はなんなんだよ!? 知らない間にどこかに拉致されてVRゴーグルでも被せられたとして、全身感覚も全て入り込む訳じゃないんだ」
われ思う、ゆえにあり得ない。とでもいえばいいのか、僕がこの世界でこうして戸惑い悩んでいることが、ここがゲームなんかではありえない証拠だ。
だけどゴーストの瞳はやっぱり揺るがなかった。
「あるんだよ、電脳空間に世界をまるごと構築するような……、ゲームのNPCや過去の人間をAIとして生まれさせるような……、そんな君にとっては魔法のようなプログラムが」
“過去の人間”……?
「そんなの本物の神様のすることだろ……」
「そうかもしれないね。その機械仕掛けの神の名は『DEUS』……、君が、
“死亡”……。
ちょっと待て、僕は、ぼくは…………?
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